深沢不動前を起点としたバス路線

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 バスが減っている。そう聞いても、都会で暮らす多くの人はどこか遠い話だと受け止めるだろう。だが実際には、2024年4月から同年12月の間だけで、関東運輸局管内の62%の自治体がバス減便または路線廃止の判断をおこなっている。特筆すべきは、減っているのが「過疎地」ではなく、多くの人が集まる「都市部」である点だ。(マン点/マンションブロガー)

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【写真を見る】人口減少とは別だった 都心部でバス減便が進む「斜め上」な理由

62%の自治体がバス減便または廃止

 春のダイヤ改正が一巡し、ゴールデンウィークを前に人の移動が増えるこの時期、普段は意識しない公共交通機関の小さな変化が目につきやすくなる。

深沢不動前を起点としたバス路線

 一見すれば、小さな変化に見えても、その積み重ねは、「バスがあれば成り立つ」という暮らしの条件を静かに揺るがしていく。

「駅から遠くても、バスがあるから問題ない」

 その考え方は、これからも通用するのだろうか。

 路線バスの減便や廃止は、地方の過疎地で起きる問題だと思われがちである。だが、この認識はすでに現実とずれている。

 関東運輸局の調査(2025年3月)によれば、関東運輸局管内(1都7県、山梨県を含む343市区町村)において、2024年4月から同年12月の間に62%の自治体がバスを減便または廃止している(該当設問の有効回答ベース)。

 しかも、その傾向は継続している。同調査では、2025年1月以降についても廃止を予定している自治体が一定数存在することが示されている。

 調査によれば、「減便または廃止」のあった自治体は2021年度が29%、2022年度が28%。ここまでは大きな動きはない。ところが2023年度に58%へ跳ね上がり、2024年は62%に達している。

 2023年度を境に水準が変わっている背景には、コロナ禍後の需要回復に対して運転者数が戻らず、さらに労働時間規制の強化により供給が制約されたことがあると指摘されている。

 ただ、日常生活の中では、この変化は見えにくい。ダイヤ改正は1本ずつ“静かに”行われるケースも多いからだ。

 首都圏では、バスは鉄道を補う条件として機能してきた。だが、その条件はすでに揺らぎ始めている。減便は今や珍しいものではなくなってきているのだ。

「どこを残し、どこを削るか」

 次に注目したいのは、減便や廃止が「どこで起きているのか」である。

 同じ調査によれば、廃止された路線の沿線が人口集中地区(都市部)だった自治体は58%にのぼる。一方で過疎地域ではそれが19%にとどまる。

 これは一般的なイメージとは逆の動きである。

 理由の内訳を見ると、その動きの背景が分かる。コロナ禍までは「利用者の減少」が7〜8割と主因だったが、その後は「運転者不足」が急増し、2023年度には64%、2024年度以降は85%に達している。

「利用者が減ったから縮小する」から「運転する人がいないから維持できない」へ、廃止理由のシフトが見られるのである。

 同調査では輸送人員が回復傾向にある一方、運転者数は減少していると指摘したうえで、「2024年度は2023年度と同程度の輸送サービスの維持は困難」と報告している。

 都市部は路線密度が高く、必要とされる運転者数の絶対量が大きい。そのため人手不足による影響はより如実に表れるのである。その結果、自治体は「どこを残し、どこを削るか」という選別を迫られることになる。

 しかも、減便・廃止の事前打診を受けた段階で、代替策を講じずそのまま受け入れた自治体は60%にのぼる。さらに、事後的な報告に対しても対応策を実施しなかったケースは74%に達するという。

世田谷・深沢で何が起きているのか

 ここまで見てきた変化は、統計の世界から抜け出し、街の中へと視線を移すと、より具体的な形で現れていることが分かる。

 世田谷区の深沢〜駒沢周辺は、鉄道駅から距離がある一方で、低層住宅が広がる住宅地であり、バスが主要な移動手段となっているエリアである。こうした条件に当てはまるエリアは首都圏に広く見られ、世田谷区・深沢の事例は「バス便住宅地」に共通する問題を浮き彫りにする。

 なお、このエリアの路線バスは東急バスがほぼ一手に担っており、同一または類似ルートを他社が補完する関係にはない。

 地図で見ると、同じ停留所でも役割は分かれる。

 渋谷と世田谷南部を結ぶ「渋82」路線は幹線として機能し、朝ピーク18本、日中31本と高頻度が維持されている。

 一方、世田谷方面へ北上するルートを通る「等11」・「等13」は補完路線として位置づけられ、本数は朝5本、日中12本にとどまる。2022年時点ではそれぞれ6本、14本であり、いずれも減少している。間隔は30分前後まで開き、最終も早い。ちなみに「等」は等々力の頭文字である。

※本数は、深沢不動前から「駒沢〜世田谷方面へ北上する区間の移動手段」としての実態を比較するため、「等11」・「等13」を合算している。

 つまり幹線の本数は維持される一方、補完路線の本数はかなり少なくなっているのである。

 都立大学駅と成城学園前駅を結ぶルートを通っていた「都立01系統」の2021年廃止は、採算性(利用者減少)を背景としたものである。一方、現在の深沢で起きているのは、それとは性質の異なる運転者不足による供給制約である。廃止理由そのものが変化している。

 同じ地域の中で、路線によるバス本数の濃淡が広がり、さらには路線自体が消える段階に入っていることを示している。

バス減便で生活に起きうる変化とは

 ここまで見てきた差は、単なる「本数の違い」にも見えるかもしれない。しかし実際には、日常の行動の組み立て方そのものに影響する。

 朝の通勤時間帯は、大きくは変わらない。幹線では本数が確保されているため、これまで通りの移動が成立する。「待てば来る」という感覚に変化はない。

 変化が出るのは、「それ以外の時間帯」である。

 例えば日中。買い物や通院といった用事で外出する場合、補完路線では間隔が30分前後に広がる。ここでは「どの便に乗るか」を先に決めなければならない。乗り遅れれば次まで待つことになり、外出全体の時間が大きく伸びる。

 本数が多かった頃には「買い物のついでに別の用事を済ませる」といった動きが成立していたが、今はバスの時間に合わせる必要があるため、用事ごとに移動を分ける必要が出てくる。

 さらに影響が出るのが「帰り」である。行きは時間を合わせられても、帰りは滞在時間によってバスに乗りたい時間がずれる。結果として、想定外の待ち時間が発生することもある。

 夜間になると、その制約はより強くなる。最終便が19時台後半から20時前後で終わる場合、それ以降はバス移動がそもそも選択肢から外れる。外出そのものを早めに切り上げるか、別の移動手段を考える必要がある。

 行動の自由度が下がることで、外出の回数や組み合わせそのものが変わってしまう。

市場に織り込まれていない「バス便物件」の不確実性

 バス路線に起きている変化は、交通手段の話にとどまらず、住宅の選び方にも影響するだろう。

 特に都内では、「駅からの距離」が不動産の価値を測る大原則となっているが、バスはその距離を補う手段と目されてきた。

 しかし、その前提はもはや安定したものではないことが分かった。

 重要なのは、この影響が不動産価格に表れるまでにはタイムラグがあるという点だ。

「バスが前提」という条件に不確実性が生じたとき、その立地はどのように評価されるのか。駅からの距離という「変わらない条件」を、バスという「変わりうる前提」で補ってきた物件は、その前提が崩れたときに何が残るのか。

 この問いに対する明確な答えは、まだ住宅市場に十分には織り込まれていないように見える。

【著者プロフィール】
マン点(まんてん) マンションアナリスト。一級建築士。20年以上続けている不動産ブログ「マンション・チラシの定点観測」の管理人
X(旧Twitter):https://x.com/1manken

デイリー新潮編集部