高中正義公式サイトより

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 今年73歳を迎えたベテランギタリスト、高中正義の海外ツアーが大盛況だという。なぜ今? どこが受けているのか? 音楽ライター、神舘和典氏は「演奏能力」と「湿度」がポイントではないかと言う。
 
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なぜかフュージョンが人気

 日本人アーティストの海外公演が大受けしているという報道が相次いでいる。特徴的なのは、かなりのベテランが人気を博しているらしい、ということだろうか。

 長年、日本のロック・ポップス界、ジャズ・フュージョン界に君臨してきたギタリスト、高中正義(73)がワールド・ツアー中。5月に行われる杏里(64)の米国ツアーも追加公演が発表された。2人とも1970年代から活躍しているから「超」ベテランといっても差し支えあるまい。

高中正義公式サイトより

 高中はツアー「SUPER TAKANAKA WORLD LIVE 2026」として、3月31日と4月1日にロンドン公演を行った。会場はキャパ5000のO2アカデミー・ブリクストン。4月4日と5日はニューヨーク公演で、キャパ2700のブルックリン・パラマウントに集まったファンを熱狂させた。彼の公式サイトを見る限り、海外公演には「ソールド・アウト!」の文字がずらりと並んでいる。

 1970年代からずっと日本人アーティストは海外進出しているが、苦戦を強いられた。とくに歌モノの場合、長い間言葉の壁は厚かった。「チケットはソールド・アウト!」という報道は珍しくないのだが、実は現地の日本人ファンや、アーティストと一緒に行ったファンクラブの会員が客席を埋めているなんてケースも多かった。つまり日本向けのPRや熱狂的なファンとの親睦を深める企画の一環である。

 ところが、今回の高中のワールド・ツアーには現地のイギリス人やアメリカ人が集まっている。しかも、楽曲をしっかり聴いて会場に来ているのは、観客がアップした動画を見ると明らかだ。「Blue Lagoon」も「Ready To Fly」も演奏に合わせて、客席がメロディを大合唱。「黒船」「You Can Never Come This Place」など美しいバラード曲も歌っている。若い観客も多いようで、日本でのライヴよりもダイレクトな反応が目立つ。

シティ・ポップブームの恩恵

 高中や杏里の人気の背景には、いわゆる“シティ・ポップ”ブームがあると見ていいだろう。YouTubeやサブスクリプションサービスのおかげもあり、この6、7年ほど、1970〜1980年代の日本の“シティ・ポップ”が海外で人気だというのはよく知られている。

 松原みきが歌った「真夜中のドア〜Stay With Me」がSpotifyで2300万回再生され、グローバル・チャートで18日間連続1位になったり、竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」がYouTubeで非公式にアップされ2400万回再生されたり――こうした下地もあり、日本のポップスへの関心が高まっているとも言える。

 これら海外で受けている日本の楽曲には共通点があるように思う。楽曲そのものはもちろん、演奏のクオリティが高いのだ。

 高中のワールド・ツアーのリズム隊は、宮崎まさひろ(ドラムス)と岡沢章(ベース)。1970年代以降の日本のポップシーンの音を支えてきたレジェンドたちが起用されている。コーラスはAMAZONSの大滝裕子と斉藤久美。松任谷由実、久保田利伸、スガシカオのツアーで活動してきたメンバーだ。

 こうした一流のミュージシャンが海外のステージでもキレのあるパフォーマンスを披露している。

 ブームの原点とも言える「真夜中のドア」も腕利きが演奏を担った曲だ。元キャラメル・ママの林立夫(ドラムス)、元サディスティック・ミカ・バンドの後藤次利(ベース)、松任谷由実の「恋人がサンタクロース」のレコーディングで抜群のソロを弾いた松原正樹(ギター)など。

「プラスティック・ラヴ」も青山純(ドラムス)、伊藤広規(ベース)、山下達郎(ギター)らによる演奏のクオリティが極めて高い。

日本で生まれた楽曲だからこその“湿度”

 こうした日本のミュージシャンたちは演奏技術が高いだけでなく、海外のミュージシャンとは質の異なる情緒が音ににじむ。日本人が得意とする歌心ある楽曲と演奏が、外国人リスナーの心に響いているのではないだろうか。

 高中のライヴでは前述の通り、インスト曲で大合唱が起きている。それが可能なメロディが存在しているのだ。

 上記の松原のギターで言えば、松任谷由実の「真珠のピアス」での名演が代表的だろうか。シャープで輝くような洗練されたAORテイストのリフ。そこにミュート(減音しながら弾く奏法)が効き、失恋の歌詞はさらに切なさを増す。

 山下のギターを聴いてほしい曲はたくさんあるが、よく知られた作品からあげるとすれば、竹内まりやの「駅」での演奏も印象深い。ちょっと野蛮なカッティングが気持ちいい。「駅」は、アレンジャーによっては上質な歌謡曲のようなナンバーになっただろう。しかし、山下のソウルフルなアレンジによって切なさやはかなさ、日本の黄昏の景色を感じさせ、洗練されたポップスの名曲に仕上がっている。

 日本で生まれた楽曲だからこその、こういう“湿度”が、海外のリスナーやオーディエンスには新鮮に感じられ、愛聴されているのではないだろうか。

 私見だが、山下や松原のギター、青山のドラムス、伊藤のベースは、一度聴いて、その魅力に気づくと生理的にまた聴きたくなる。中毒性を持つ。身体があの音が欲しくて欲しくてしかたがなくなるのだ。そのあたりを海外のリスナーも感じるのかもしれない。

「日本人からしか生まれない音楽だ」

 筆者は、広く世界レベルで、多くのリスナーを獲得している日本人ピアニスト、上原ひろみをデビュー以来20年以上取材している。ニューヨーク公演やボストン公演を観に行くと、その土地のファンで会場はぎっしり埋まっていた。

 上原はアメリカのメジャーレーベルと契約。海の向こうでデビューした。ほとんどの作品をアメリカでレコーディングしているので、海外進出というよりも、日本が逆輸入しているかたちになる。

 超絶技巧の演奏なので、激しいイメージが強いが、上原が演奏するバラードはとてつもなく美しい。音の一粒一粒が艶やかで、音が磨き上げられている。たとえば「Place To Be」というバラード。オリジナル録音は、浅田次郎原作の映画「オリヲン座からの招待状」(2007年)のテーマ曲としてだった。この曲はジャズ、クラシック、ときにブルース、そして童謡まで感じさせる。

 この「Place To Be」はアメリカ人でジャズ・ピアノのレジェンド、チック・コリアとデュオで演奏したヴァージョンが、アルバム「DUET」に収められている。そのチックもこの曲を大絶賛していた。筆者がどこに魅力を感じるのかを問うと、「日本人からしか生まれない作品だ」と話してくれた。

 この曲は、亡き夫の遺志を受け継ぎ小さな映画館を守り続けた妻と、彼女を支え続けた弟子のプラトニックな恋愛映画のサントラ。音楽はただただやさしい。演奏を聴きながらまぶたを閉じると、見えてくるのは四季折々の日本の風景。チックのまぶたの裏のスクリーンに映った景色もアメリカの大地ではなく、日本の輝く緑だったのかもしれない。

 ここに挙げた日本人ミュージシャンらの海外での人気は大資本の仕掛けなどと関係なく、自然発生的なものばかりだ。それゆえに余計に何だか誇らしく思ってしまうのである。

神舘和典
1962(昭和37)年東京都生まれ。雑誌および書籍編集者を経てライター。政治・経済からスポーツ、文学まで幅広いジャンルを取材し、経営者やアーティストを中心に数多くのインタビューを手がける。中でも音楽に強く、著書に『不道徳ロック講座』など。

デイリー新潮編集部