検事6名全員が「取調べ時のメモはすべて廃棄した」と証言…まるで旧日本軍のような検察組織の「異常な体質」
約1分の勾留質問で164日間勾留、検事の作文で作られる供述調書、証拠改竄や捏造……。
『おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』(村木厚子 著)では、冤罪に巻き込まれた著者がみた驚愕の刑事司法の実態が明かされています。
本記事では、〈村木厚子氏を追い詰めた検察のストーリーが、初公判で「破綻」した理由…客観的証拠をあえて無視する検察〉に引き続き、検察組織の歪んだ体質について詳しくみていきます。
(※本記事は村木厚子『おどろきの刑事司法』より抜粋・編集したものです)
取調べメモの廃棄が示す検察の体質
証人尋問の最後には、驚きを通り越して呆れました。検察側証人として出廷した取調べ検事6名全員が、「取調べ時のメモはすべて廃棄した」と証言したのです。これこそ口裏合わせです。
取調べメモは、客観的な証拠が少なく関係者の供述が重要な事件で、その供述がなされた時期や経緯を判断する手掛かりとなります。最高裁の判例では、取調べ時のメモは証拠開示の対象になるとされており、当然、彼らもその判例を知っていたはずです。
にもかかわらず廃棄したのは、密室取調べのメモを捨ててしまえば何の証拠も残らないから調書はどうにでも書ける、と思っているからにほかなりません。
この時、私は、「取調べの録音録画は絶対に必要だ」と確信しました。
6人の検事は、「たまたま全員が、公判前整理手続が始まった頃に、各自の判断でメモを廃棄した」と、普通ではあり得ないようなことも言いました。そんな証言が通用するとは、彼ら自身も思えなかったでしょうが、検察組織にいると、上から命じられたことには絶対に従わなければならないのでしょう。いまだに旧日本軍の軍隊的体質を引きずっているかのようです。
「Bは上司の村木に命令されてやった」「上の言うことは絶対で、嫌な仕事は全部部下がやらされている」という國井検事の主張も、自分たちの組織の体質や発想、仕事のやり方を反映したものなのでしょうか。
その意味では、ある種の日本社会の精神病理が、検察という組織に象徴的に表れているように思えてなりません。
起訴した以上は有罪にするしかない
弁護側証人が次々と供述調書の内容を否定し、私の無罪を証明する客観的証拠も積み重なっているにもかかわらず、検察は懲役1年6ヵ月を求刑しました。
「この期に及んでも、検察は立ち止まることも、過ちを認めることもできないのか」
私は絶望しました。検察、とりわけ特捜部には、起訴した以上はどんなことをしてでも有罪にするしか選択肢がない。走り出したら止まれないのです。
求刑を行ったのは、なんと証拠を改竄した前田検事です。しかも、その時点で、検察庁内部では彼が証拠を改竄したことを把握していたはずです。
前田検事は、その時点では「証拠改竄はバレない」と信じていたと思います。なにしろ検察には起訴した事件を99.9%有罪にしてきた「実績」があり、彼らから見て「この証拠、まずいな」と思うようなものがいろいろあっても露見していなかったので、大抵のことはバレないと、本気で信じていたのではないでしょうか。
証人尋問のあと行われた証拠整理で、大阪地裁は、検察側が証拠として申請した40通以上の関係者の供述調書のうち8割を、「信用性がない」として却下しました。事件の立証に最も重要なBさんとCさんの調書は、すべて却下。関係者が関わったとされる面談や電話での会話については、19件中18件が現実には存在しない架空のものだったことを裁判所が認めています。
2010年9月10日、私は無罪判決を得ることができました。
ホッとしましたが、大喜びしたわけではありません。ここで喜んでしまったら、控訴された時に心が折れてしまいそうだったからです。それまでも、「頑張って無罪を取らなきゃいけないけど、無罪になっても喜んじゃいけない」と、強く思いながら闘ってきました。
実際、検察が控訴の準備を進めているという話も耳に入ってきましたが、9月21日、最高検は証拠を改竄した前田検事を証拠隠滅容疑で逮捕すると同時に、控訴を断念しました。
こうして無罪判決が確定し、その翌日から私は仕事に復帰することになったのです。
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さらに〈誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」〉では、村木氏が逮捕された経緯を詳しくみていきます。
●特に言及のない限り、登場人物の所属・肩書、法律や制度の名称・内容は、すべて当時のものである
