「20億円の借金をまず返さないと…」FC今治はいかにして民設民営のスタジアムを誕生させたのか?〈矢野将文社長インタビュー〉
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民設民営スタジアムができるまで
日本代表を2度のW杯へと導いた指揮官・岡田武史氏が2014年にオーナーに就任してからの12年間で四国リーグ、JFL、J3、J2と着実にカテゴリーを上げてきたFC今治。
今年8月のシーズン移行前の特別大会「2026年J2・J3百年構想リーグ」では、ウエスト-Aの下位に沈んでいるが、まだ序盤戦が終わったところ。ここから巻き返しは十分可能だろう。彼らの最大のターゲットは26−27シーズンでのJ1昇格。そこに向けて、4月8日に就任した塚田雄二監督の下、強固な基盤を作って行くことが最重要テーマと言っていい。
劇的な飛躍を遂げてきたFC今治にとって、非常に大きなターニングポイントとなったのが、2023年1月のアシックス里山スタジアム(通称=アシさと)開業だ。地方自治体が保有するスタジアムを本拠地とするクラブが大半を占めるため、”税リーグ批判”も根強いJリーグだが、アシさとは公的資金に頼らない”民設民営”のスタジアムなのである。
「2014年時点で『2025年にはJ1で優勝争いのできるチームにする』という当初目標を定めましたが、J1に上がるためには、収容規模1万5000人以上のスタジアムが必要不可欠。当時の我々はそういう施設を持っていなかったので、2023年には作らないといけないと考えました。
そのために、2019年までに今治市から土地借用の許可を得て、2021年夏には資金繰りのメドをつけ、工事を開始しなければいけなかった。明確なマイルストーンを作って必死に取り組みました」
「アシさと」で存在価値が一気に上がった
総事業費は約40億円で、財源は約16億3千万円の第三者割当増資に銀行借り入れ、ふるさと納税や個人資産家、企業などからの寄付で賄った。土地を今治市が無償提供してくれたことで、これだけ安価な施設建設が実現した。オープン時の収容人員は5316人で、26−27シーズンが開幕する今年8月には8900人に拡大。目下、工事が進んでいるという。スタジアムがいつも満員になってきたら、さらなる拡張も視野に入れている。
「僕らは信頼とか共感といった目に見えないものを大事にしながらクラブ作りを進めてきましたけど、スタジアム完成時にはやっぱり目に見えるものも大事だなと思いました。『ずっと追い求めてきたものが現実になった』という感慨深い気持ちになりました。
それまでは『FC今治はどこで何をやっているかわからない』と思われていたのが、『アシさとへ行けば、365日賑わいがある』と考えてもらえるようになった。チームの認知度や存在価値が一気に上がったという感覚があります」
2020年からのコロナ禍は観客制限があったものの、パートナー企業からの協賛が増え、収益を伸ばした。しかし、チームは5シーズン連続J3で足踏み状態を強いられるなど、思うように物事が進まないことも多かった。
それでも、矢野社長らは決してネガティブになることはなかった。スタジアム予定地の草引きや地盤整備、公園の管理などできることを全てこなすなど、歩みを止めることはなかった。
「コロナだったからこそ、こういう場所に賑わいを作りたいと強く思ったのは確かです。スポーツや芸術が人生を豊かにしてくれるものであるとみんなが再認識する機会になりましたが、同じ思いを持った地元以外の個人の資産家が『1000万円出します』『5000万円出します』と申し出てくれたんです。本当に有難かったですね。
コロナ禍では通信手段も急激に発信し、さまざまなオンラインミーティングができるようになった。それもネットワーク拡大に寄与しましたね。場所や時間に関係なく、僕らの考えを伝えたり、協力関係を構築できるようになったのも、スタジアム建設のプラスになりました。県外の人が関心を持ってくれたことで、地元の意識も高まりましたし、最終的には目標の2023年1月に間に合いました」
少子化のなか「おもちゃ美術館」をオープン
今治新都市(第1地区)の中の空いていた土地を借りて建てた「アシさと」ではFC今治のホームゲーム開催はもちろんのこと、飲食のできる「里山サロン」、農作物生産拠点の「里山ファーム」、コミュニティビレッジ「きとなる」などが展開されている。そう、365日人が集まる環境が作られているのだ。スタジアム隣接地には、イオンモールなどの商業施設が入っている。3月20日には運営をFC今治が行う「しまなみ木のおもちゃ美術館」もオープンしたという。
「おもちゃ美術館は全国都道府県に1つずつ作るというフランチャイズ展開をしているんですが、愛媛県に関してはアシさとのすぐ隣のいい場所に作ることが決定し、僕らが運営することになりました。屋内で子供相手のおもてなしをする『おもちゃ学芸員』を140人登録して、一緒に遊べる環境を作るというのが非常に斬新だと考えています。
ご存じの通り、地方は少子化が進んでいて、今治市も小学校6年生が約1100人しかいません。1年生に至っては約950人しかいない。そういう地域だからこそ、さまざまなところから子供たちに来てもらい、楽しんでもらえる施設を作りたいと思ったんです。
『次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する』というFC今治の企業理念の一環です。岡田氏が中心となって2024年4月に開校した『FC今治高校里山校』もそうです。
偏差値や進路重視でない『予測不能な世界を生き抜く力』の育成を目指していて、岡田氏が学園長を務めています。そういった”営み”で人が自然と集まってくるような環境を僕らは作りたかった。アシさとの存在意義は非常に大きいですね」
今治は海事産業の要衝
とはいえ、今治市は人口14万ほどの地方都市だというのは紛れもない事実。愛媛県全体でも125万人と広島市と同程度で、その限られたエリアに愛媛FCとFC今治という2つのJ2クラブが存在するのだから、今後の発展を考えると難しさ少なからずありそうだ。
「商業的なポテンシャルという意味で見ると、僕は240万人規模だと捉えています。愛媛県内で言うと、今治市、西条市、新居浜市、四国中央市の合計44万人がコアターゲットになってきます。さらに120分圏内に視野を広げると、広島市や岡山市も含まれますし、福山市も範囲内ということになる。それぞれサンフレッチェ広島、ファジアーノ岡山という素晴らしいJ1のクラブがありますし、福山市にも福山シティという中国リーグ(5部相当)のチームがこれから上に上がってこようとしているので、我々に目を向けてもらうのは難しいかもしれませんが、応援してもらえる余地はあるのかなと感じています。
サッカーはグローバルなスポーツですが、今治は世界の海事産業の要衝なんですよね。我々のエグゼクティブパートナーに名を連ねている今治造船はもちろんのこと、CTM、BEMAC、Navios(ナビオス)、Ultrabulk(ウルトラバルク)、新来島どっく、潮冷熱などは全て海事産業。そういうパートナー企業が応援してくれているのはすごく大きいですね。
世界的海運会社のイースタン・パシフィック・シッピングのオーナーであるイダン・オファーさんがアトレチコ・マドリードの第2のスポンサーになっているように、世界のビッグクラブも海事企業が関わっている例が少なくない。そこはFC今治の大きな力になりますね」
こうしてクラブ基盤を着実に固めつつある矢野社長。ここから先はJ1昇格へ機運を高め、できるだけ早く最高峰リーグに到達し、クラブ規模を引き上げていくことが肝要だ。彼の東京大学・ゴールドマンサックス時代の先輩にあたる木村正明氏がオーナーを務めるファジアーノ岡山も、2025年のJ1初昇格によって、クラブ売上規模が20億円から35億円へとジャンプアップしている。2024年度の今治の売上高は13億円程度だが、さらに右肩上がりに推移していけば理想的なシナリオだ。
「2025年にJ2に上がって収入は確実に増えています。ただ、僕らは20億円の借金をしているんで、まずはこれをきちんと返さないといけない。親会社のないクラブが民設民営のスタジアムを作ってクラブ運営をするという最初の例なので、自分たちがうまくいかなかったら次に続くところが出てこなくなってしまう。先駆者として失敗できない立場にあるので、『地方クラブでも自前のスタジアムを持って十分経営できる』というところを示していかなければいけない。まだまだやるべきことは多いですよ」
矢野社長は毅然と先を見据えたが、彼はまだ50歳。フル稼働できる気力と体力がある。30代の頃はさまざまな挫折に直面したが、その経験があるからこそ、誰よりも強く逞しく前進していけるはず。その胆力が彼の最大の武器。岡田氏という傑出したリーダーから多くを得て、この先も日本屈指のスポーツクラブ経営者として、大いに手腕を発揮してほしいものだ。
