世界は負のエネルギーの電子で満ちている。物理学の傑作「ディラック方程式」の解釈を考えてみる。「電子が時間を逆行する」は、どう理解すればいいのか

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世界は「場」でできている!

物理学習者にとって難所となる「場」という概念。この「場」について、電磁場から量子場、そして重力場へと、マックスウェル、パウリ、アインシュタイン、ディラック、朝永振一郎、ファインマン――天才物理学者の思考の軌跡をなぞりながら、軽妙な語り口で見通しよく解説する話題の書『「場」がわかれば世界がわかる 電磁場・量子場・重力場 なぜ波が伝わるのか』(講談社ブルーバックス)

この記事では、天才ファインマンの考えた「ファインマン図」を使いながら、物理学の傑作「ディラック方程式」から導かれる「世界は負のエネルギーの電子で満ちている」という解釈について考えてみます。

●本記事は、『「場」がわかれば世界がわかる 電磁場・量子場・重力場 なぜ、波が伝わるのか?』(竹内 薫・著/講談社)を再編集したものです。

ファインマン図の登場人物を紹介

ここからファインマン図を見ていくが、ここには、きわめて少数の登場人物しかいない。もうお馴染みの顔ぶれだが、もう一度、ご紹介しておこう。

登場人物の紹介

電子:上側向き矢印付きの実線

陽電子:下側向き矢印付きの実線

光子:波線

この素粒子のダンスであるが、一つだけ、規則がある。それは、電子と陽電子と光子が手をつなぐ規則である。

登場人物が手をつなぐ規則

電子1個と陽電子1個と光子1個が手をつなぐ

図1は、電子と陽電子がぶつかって、光子になる過程をあらわしている。あるいは、光子が消滅して、電子と陽電子が生成される過程。

専門用語では、vertex(バーテックス)という。「頂点」という意味ですね。この頂点は、実は、非常に重要で、電子と光子は、こういう形でしか相互作用しないのである。その意味で、電磁気学を量子(場)化したときの相互作用のすべてが、この一つの図形に集約されているといっても過言ではない。

物理学者を悩ませた「負のエネルギー」

もっとも、陽電子というのは今だからこそいえるのであって、1930年代には、ちょっとしたパラドックスがあった。

電子を記述する量子力学の方程式は、シュレディンガー方程式ではなく、ディラック方程式と呼ばれるものだ。

電子は軽いので光速に近い速さで動くし、スピンと呼ばれる量子力学的な「自転」もしている。そういった性質は、ディラックが発見した方程式でしか正確に記述することができない。ところが、ディラック方程式には、ふつうの正のエネルギーの電子のほかに、「負のエネルギー」をもつ解が存在したのだ。

エネルギーというのは「正」だと思われる。だから、この負のエネルギーは物理学者の頭痛の種になってしまった。

ディラックの考えた秀逸なアイデア

ところが、ディラックは、この問題を解決する、とても面白いアイディアを思いついた。

この本の冒頭に登場したパウリの有名な業績に「パウリの排他律」というのがある。これは、今の状況にあてはめると、

「二つの電子は同じ状態を占めることはできない」

というもの。

なんだかわかりにくいが、これは席取りゲームのようなものなのだ。席が一つしかないのなら、そこには一人しか座れない。同じ状態を占めるとは、その席に座る、というような意味。

そんなこと、当たり前じゃないか、といわれるかもしれないが、量子は幽霊のように重ね合わせることが可能な存在なので、同じ席に二人座る可能性もあるのだ。

電子の場合、同じ席には、同じエネルギーをもつ電子が二つまで座ることができる。電子は自転をしているので、右回りが一人と左回りが一人である。三人目がやってきたら、排他されてしまう。だから、排他律というのだ。

「世界は負のエネルギーの電子で満ちている」

ちなみに、光子の場合は、驚いたことに、二人どころか、何人でも座ることができる。え?

無限に大勢でもいいのか? それが、いいのです。先に挙げた、箱の中に光子を投げ入れる実験で、顔の区別がつかないから確率が3分の1になるといったけれど、何人でも座れるということは、実は、顔がないということと同じ。

おっと、脱線しかかった。

ディラックのアイディアというのは、つまるところ、世界は負のエネルギーの電子で満ち満ちているので、負の世界には、もはや、席が残っていないということ。

ところが、なんらかの原因で、その負のエネルギーの海に空席ができると、それは、負のエネルギーの電子がない状態なので、言い換えると、正のエネルギーの電子がある状態と解釈することができる。ただし、この電子は、電荷が逆に見えるのだ。

くり返します。

ディラックは、宇宙全体が負のエネルギーの電子の「海」で満たされていて、その海にある電子がなくなると、海の中に「孔」ができて、その孔が正のエネルギーの陽電子に見える、と考えたのだ。

何度くりかえされても、この説明、よくわからん。

だいたい、どうして、宇宙が負のエネルギーの電子の海になっているのか、理由がわからない。

そこで、ファインマンとシュトゥッケルバーグによる、もっと現代的な解釈をご紹介しよう

ファインマンとシュトゥッケルバーグによる解釈

ふたりは、次のように考えた。

負のエネルギーと負の電荷をもった電子が時間を逆行する

正のエネルギーと正の電荷をもった陽電子が時間を順行する

どうしてこうなるのか?このアイディアを理解するために、まず、電流を考えてみよう。

電流というのは、電荷(−e)をもった電子が、運動量pで決まる方向に動いている状態だ。

だが、われわれが日常生活において使っている電流の流れる方向は、電子が動く方向とは逆なのである。負の電荷をもった電子が運動量ベクトル(+p)の方向に流れているのを見て、われわれは、正の電荷をもった「電気」が運動量ベクトル(−p)の方向に動いていると考える。

(−e)×(+p)

(+e)×(−p)

実際には、負電荷をもった電子が動いているのに、われわれは、それをちがったふうに解釈して、正電荷が逆方向に動いているのだと言い張るのである。

結果は同じなのだから、それでいいのだ(僕は中学のころ、なんだかインチキだと思いましたけど。無駄というか……電子の電荷をプラスと定義して、その流れる方向を電流の方向としたほうが素直で自然だと思った)。

「時間を逆行する」ってどういうこと?

さて、電子が動いているところを8ミリカメラで撮影しよう。もとい、デジタルビデオカメラで撮影しよう。実際にはできないけれど、一種の思考実験である。

撮影ができたら、それを逆回ししてみる。すると、電子の動く方向が逆になる。つまり、運動量pの符号が変わる。あたりまえの話だが、ビデオを逆さに回すというのは、時間を逆行させることにあたる。時間が逆行すると、運動の方向が変わるのである。

負の電荷をもった電子が時間を逆行する

正の電荷をもった電流が時間を順行する

ということである。

この「電流」のところを「陽電子」と置き換えれば、なんとなく、納得がいくはずだ。ただし、運動量だけでなく、エネルギーまで逆さまになるのは、まだ、納得できないでしょう。

特殊相対性理論では、ベクトルは4次元に拡張される

ここで特殊相対性理論の考え方が必要になる。

相対性理論では、ベクトルは、4次元に拡張される。だから、ニュートン力学におけるベクトルpは、4元ベクトルに拡張しなくてはならない。3次元ベクトルpは、成分であらわすと、x方向、y方向、z方向の三つの成分からなる。たとえば、

p=(px, py , pz)=(1, 3, −5)  *x,y,zは下付き文字

という具合に。

ところが、相対論では、この空間成分にくわえて、時間成分も一緒に考えなくてはならない。それが、3次元ではなく4次元で考えるということの意味。相対性理論が「4次元の物理学」と称されるゆえんである。

4元ベクトルは、だから、こんな恰好になる。

p=(E, px , py , pz)=(6, 1, 3, −5)  *x,y,zは下付き文字

この本は相対性理論の解説が主眼ではないので、あまり深入りはしないが、ようするに、エネルギーは、4次元の運動量の時間成分なのである。

だから、さきほどの、電子と電流の関係と時間反転のアナロジーは、運動量だけでなく、エネルギーにもあてはめることができて、時間反転によって、エネルギーも運動量も符号が変わると考えてもらいたい。

ファインマンとシュトゥッケルバーグは、ディラック方程式に出てくる負のエネルギーの解を「電子が時間を逆行する」と解釈し、さらに、正のエネルギーをもった「陽電子が時間を順行する」と言い換えたのである。

くり返しますが、われわれが日常生活で、電子を「逆行」させて電流を考えるのと同じこと。

物理学的な観測装置では、エネルギーは常に正であるし、時間も順行するだけである。だから、この言い換えは、物理学の危機を救うほどの素晴らしい発想の転換なのである。そのかわり、正の電荷をもった陽電子という新種の素粒子が必要になる。

ちなみに、シュトゥッケルバーグの論文は1941年、ファインマンの論文は1948年に出

ている。

電子と陽電子の誕生

さて、1930年当時、電子の存在は確かめられていたが、反対の電荷をもった陽電子は架空の存在にすぎなかった。だが、ディラックの空孔(くうこう)理論により、ディラック方程式は、陽電子の存在を「予言」しているとみなされるようになった。

そして、陽電子は、この予言どおり、1932年にアメリカのカール・アンダーソンによって発見され、ディラックは1933年に、アンダーソンも1936年にノーベル物理学賞をもらったわけである。

図2は、陽電子の軌跡を示している。

電荷をもった粒子は、磁場の中で曲がる。電子と陽電子は電荷が逆さまなので、逆方向に曲がるわけ。中性の粒子が消滅して、電子と陽電子が生成されて、磁場によって曲げられているのがよくわかる。

これは有名な逸話なのだが、実は、当時、日本の理化学研究所でも、これと同じような写真が撮影されていた。ということは、アンダーソンの代わりに日本の研究者がノーベル賞をもらう可能性があったのだ。

だが、哀しいことに、アンダーソンはディラック方程式による「陽電子」の予言を知っていた。そして、日本の研究者は、当時の最先端の理論であったディラックの理論と陽電子の予言を知らなかったのである(あるいは思いつかなかった?)。

だから、同じような写真を撮っていたにもかかわらず、中性粒子が消滅して電子と陽電子が生まれた、とは解釈せずに、電子が何かにぶつかって跳ね返った、と解釈して、自分が大発見をしたことに気づかなかった。

3人の登場人物によるファインマン図と素粒子のダンス

この節の最後に、 図3として、パーツを使って素粒子のダンスが組み立てられる様子をご覧いただこう。

どうでしょう? すべての素粒子反応は、わずか3人の登場人物たちと一つの規則によってつくることができるころがわかりますね。ただし、あとで、登場人物はもっと増えますけど!

量子の<生成と消滅>を描く天才ファインマンの考えた「ファインマン図」。時空の中での「量子」の不思議な振舞を眺めてみる