和田アキ子

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 3月29日、TBSの情報バラエティ番組「アッコにおまかせ!」が40年余の長い歴史に幕を下ろす。近年はSNSの標的に成り下がっていたものの、これほど長く続いたのには理由があるはずだ。「アッコにおまかせ!」の功罪とはなんだったのか。

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【写真を見る】全盛期の迫力はどこへ… さすがに衰えたように見える「和田アキ子」現在の姿

「アッコにおまかせ!」がスタートしたのは1985年10月6日。この日のラテ欄を見ると、日曜昼の番組は以下の通り。

●NHK「ニュース」(12:00〜12:15)、「のど自慢」(12:15〜13:00)
●日本テレビ「鶴ちゃんのトッピング」(12:00〜13:00)
●TBS「アッコにおまかせ!」(11:45〜12:30)
●フジテレビ「クイズ・ドレミファドン!」(12:00〜13:00)
●テレビ朝日「やすきよ笑って日曜日」(12:00〜12:45)
●テレビ東京「我らゴルフ仲間」(12:00〜12:30)

 言うまでもないが、NHKの「ニュース」と「のど自慢」は別格として、今も民放で残っている番組は「アッコにおまかせ!」以外はない。片岡鶴太郎がMCを務めた日テレの「鶴ちゃんのトッピング」もこの日にスタートした新番組だったが、1年で終了。ウラ番組を蹴散らしてきたのが「アッコにおまかせ!」だった。民放プロデューサーは言う。

和田アキ子

「やはり日曜お昼にファミリーで楽しめる生放送番組を確立したことが『アッコにおまかせ!』の功績だと思います。スタジオ観覧はもちろんですが、視聴者参加型の情報バラエティとして成功しました」

 視聴者参加型の番組だったっけ?

生中継を活かした企画

「番組スタート当初より、ものまねタレントの吉村明宏を中継リポーターに起用した『みんな見て来い来い来い』という企画が人気でした。中継映像にはほとんどヒントがないにもかかわらず、『彼が今いる場所がわかる人は集合してください』と言うと中高生を中心に何十人も集まるといった生放送を活かした企画でした」

 昭和っぽくもある。SNSがある今ではできない企画かもしれない。

「また、スタジオにゲストを招いたトーク企画も名物で、和田アキ子さんが“芸能界のご意見番”として聞きにくいことをツッコむところが話題でした。視聴者参加の中継企画と和田さんのトーク企画、生放送を存分に活かした90年代が『アッコにおまかせ!』の最初の全盛期と言っていいと思います」

 当時は原宿の竹下通りに「アッコにおまかせの店」までオープンしたほどだ。だが、98年に番組は大幅にリニューアルされる。

「生中継が主体だった番組は一新され、パネルを使ってワイドショー的に芸能ネタを取り上げるようになりました。2000年代はこれが人気となり、和田さんのご意見番としての面白さに視聴者が虜になりました。この時期が第2の全盛期と言っていいと思います」

 ところが、和田のトークが番組の中心に置かれたことで、彼女の発言がメディアに取り上げられることが自ずと増えていく。

BPO案件に

 2005年には「週刊新潮」に「『ヤンキーの過去』を和田アキ子にバラされた『小倉優子』」という記事が掲載された。同年1月23日の放送で“時の人”として紹介された小倉について、和田は写真を見るなりこう語ったのだ。

《「この子はサア、(舌足らずの口調をまねて)何々で〜す、なんて言ってるけどサ、昔はヤンキーだったらしいよ」/この和田発言に、峰竜太をはじめ、他の出演者は目を白黒させて大慌て。(中略)「だって、コリン星から来たとか……」/と、出演者の一人が言っても、和田は遮る。/「ううん、違う違う。(オートバイのハンドルを握る格好をして)何々族から来たらしい」》(「週刊新潮」05年2月3日号)

 こんな発言が目につき始めると、メディアにも変化が現れる。

 12年には「週刊文春」(7月19日号)が「小林幸子バッシング はしゃぎすぎだよ和田アキ子」と題した記事を掲載。和田が「アッコにおまかせ!」内で“天敵”小林幸子の個人事務所の社長解任騒動について暴走発言を続けていると報じた。14年には「アサヒ芸能」(6月26日号)が「『毒舌ご意見番』和田アキ子は何でそんなにエラいのか!」、さらに「週刊文春」(6月26日号)も「もう和田アキ子に『おまかせ』できない? 30周年目前の不協和音」といった記事を掲載し始める。

 ちょうどその頃、作曲家・佐村河内守氏のゴーストライター騒動に関する謝罪会見を番組で取り上げる。和田は佐村河内氏の聴覚障害について「嘘なのよ」などと発言。これが名誉毀損に当たると佐村河内氏がBPO(放送倫理・番組向上委員会)に申し立てたのだ。翌年11月、BPOは番組内容が人権侵害に当たると結論づけ、是正勧告を発表した。

SNSの標的に

「BPO案件となり、是正勧告を受けるとなると、番組終了となってもおかしくありません。しかし、TBSは打ち切りにはしませんでした。もちろん不適切な内容だったわけですが、和田さんと番組の人気がそれだけあったということかと思います」

 もっとも、TBS内では許されたが、ネット民はそれを許さなかった。彼女の発言は逐一チェックされ、やり玉に挙がるようになったのだ。

「この頃から番組の人気も下降気味となり、和田さんの神通力も急速に弱まってきたように思います。アンチの声も大きくなってきました」

 中でも大きな騒動となったのは、24年8月11日の放送内で発せられた、パリ五輪女子やり投げで金メダルを獲得した北口榛花選手に関するコメントだ。競技場内でうつ伏せになってカステラを食べているシーンを見て――

「なんかトドみたいのが横たわってるみたい。かわいい」

 これが容姿をおとしめる発言としてSNS上で非難の的になったのだ。翌週の放送で和田は2分半にわたり謝罪した。

「コンプラでがんじがらめにされたSNS隆盛の時代となり、昭和の価値観を引きずった和田さんの発言は不適切認定されました。また、彼女の体力的な問題もあり、ご意見番としての切れ味も鈍ったことが番組終了のきっかけになったと思います」

 3月25日、TBSの龍宝正峰社長は定例会見で「アッコにおまかせ!」についてこう語った。

「何より40年以上という長きにわたり日曜のお昼を支えていただいた。長年愛された番組、さらにこの番組をご覧になっていたいた多くの皆さまに心より感謝申し上げるとともに、ぜひ最終回、皆さん見ていただければと思います」

 40年半続いた番組の最終回、和田は何を語るのだろう。

デイリー新潮編集部