連載:アナログ時代のクルマたち|Vol. 73 ランチア・アストゥーラ・エアロディナミカクーペ
ランチアは、それまでアルファから始まるギリシャ文字を車名として使ってきたが、アストゥーラはその慣例を破った最初のモデルであり、同時にナショナリズムに迎合した最初のモデルでもあったようだ。ちなみにアストゥーラの名はローマ郊外、ネットゥーノにある歴史的なお城に由来する。
そんなわけでアストゥーラは、イタリアが世界の舞台で存在感を高めようとしていた時代に、イタリアの卓越したエンジニアリングと特注の贅沢を象徴する存在だったのである。シャシーはボディ・オン・フレーム構造に戻ったものの、ラムダ時代のpianale ribassato(ピアナーレ・リバッサート)と呼ばれた低床構造は引き継がれ、剛性を高めるために、X字型の補強を加えたボックスセクションのフレームレールを採用していた。
ロッソビアンコに収蔵されていたアストゥーラは、シリーズ3のモデルで、カロッツェリア・カスターニャが手掛けた、美しいエアロディナミカの名を持つクーペボディが架装された車だ。このシリーズ3のみ、ホイールベースがショートとロングの2種用意されていて、4台つくられたというエアロディナミカのうち、シャシーナンバー30-101のこの車だけが、ショートホイールベースであった。
ボディ自体は元々アルファロメオ8C2300ルンゴのシャシーに載せられていたものだったが、ムッソリーニの息子、ヴィットリオとブルーノの指示によって、アストゥーラに移植されたのだという。そして彼らはこの車でレースにも出場したそうだが、結果は残していない。80年代にピーター・カウスのもとに来て、赤に塗り替えられたが、現在は元の色である淡いグリーンに戻された。現在のオーナーの元で、2016年にはヴィラ・デステのコンコルソ・デ・レガンツァにおいて、コッパ・ドーロ賞を受賞している。
文:中村孝仁 写真:T. Etoh
