そして、その感情がコウチーニョの交代をきっかけに爆発したのである。
 
 高給を捨て、心から応援するクラブでプレーする道を選んだはずの男が、スタジアムではなくネット上でサポーターに押しつぶされたのだ。
 
 2月18日、コウチーニョは自身のインスタグラムに長文のメッセージを投稿した。
 
「自分の人格とはまったく違うことで、多くの人から批判されるのは本当につらい。僕はサポーターにもチームメイトにも、ヴァスコにも、誰に対しても敬意を欠いたことは一度もない。僕を知る人なら、それはわかっているはずだ。(2月15日の試合で)ブーイングを受けながらロッカールームに向かったとき、僕はとても悲しかった。ソーシャルメディアでプレッシャーを感じ、理由もなく嫌われているのを見たとき、悟ったんだ。自分のこのクラブでのキャリアは終わったのだと」
 
 メッセージはさらに続く。
 
「ヴォルタ・レドンダ戦にベンチに戻らなかったのは、自分の心を守るためだった。とてもつらい決断だった。正直に言う。僕は精神的にとても疲れている。僕はいつも内に秘めるタイプだから、ここでこうして伝えるのは簡単なことではない。それでも、正直でいたい。僕とヴァスコの関係は、愛だ。そしてそれは、これからも永遠に変わらない。胸が締めつけられる思いだが、いまこそ一歩引き、このヴァスコでのサイクルを終える時なのだと思う。ここで経験したすべてに感謝している。ヴァスコはこれからもずっと僕とともにある。胸の中に、歴史の中に、人生の中に。心から……すべてにありがとう」
 
 ジニス監督は当然ながら慰留を試みた。だが同時に、その心境を理解もしていた。監督自身もまた、日々大きなプレッシャーのなかにいたからだ。
 
「フィリッペはサッカーを辞めることさえ考えていた。どれほど成功した人であっても、誰にでも助けは必要なのだ」
 
 しかし、コウチーニョの決意は揺らがなかった。ヴァスコの経営陣にとっては寝耳に水の出来事で、慌てて契約更新の提案を行なったが、すでに遅かった。

 2月20日、ヴァスコはコウチーニョの契約解除を正式に発表した。
 
 33歳のコウチーニョは、自身が育った愛するクラブを去った。タイトルをもたらしたいと夢見ていたクラブ、そしてキャリアの終着点にしようとしていたクラブを。
 
 さらにコウチーニョの退団から数日後、ジニス監督もまたクラブを去ることになる。
 
 この問題には、ブラジルの指導者たちも警鐘を鳴らしている。SNSの影響力は、いまや誰にとっても無関係ではない。ローマの元選手で、ヴァスコの次期監督候補とも報じられているレナト・ガウーショは言い切る。
 
「サッカーはソーシャルメディアによって終わりを迎えた。そこは批判の戦場であり、無法地帯だ」
 
 パルメイラスを率いるポルトガル人指揮官アベル・フェレイラはこう指摘する。
 
「選手が良いプレーをするために必要なのは批判ではない。愛情だ。だが、ソーシャルメディアには憎しみしかない」
 
 ブラジルサッカーは、いま新たな問題に直面している。
 
 ソーシャルメディアは経営陣よりも強い力を持ち、インフルエンサーは時に監督以上の影響力を持つ。どんな名選手であっても、インスタグラムやXのコメントによって壊されてしまう可能性がある。
 
 かつてコウチーニョは「小さな魔術師」と呼ばれ、ジーコの後継者とも期待された。ジーコ自身も彼を「計り知れない、唯一無二の才能」と称えていた。
 
 だがその才能は、怪我などが理由ではなく、ネット上の言葉に耐え切れなくなってピッチを離れる決断を下した。この事実を、私たちは重く受け止めなければならない。
 
 
取材・文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
 
【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/1963年8月29日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。ジャーナリストとし中東戦争やユーゴスラビア紛争などを現地取材した後、社会学としてサッカーを研究。スポーツジャーナリストに転身する。8か国語を操る語学力を駆使し、世界中を飛び回って現場を取材。多数のメディアで活躍する。FIFAの広報担当なども務め、ジーコやカフー、ドゥンガなどとの親交も厚い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授として大学で教鞭も執っている。

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