こんなことくらいは、天皇の自由になります。後水尾天皇、さらに亡き父をコケにするのですが、それは六十三年も後の話。

◆さっさと他に妻子をつくっていた後水尾天皇

 大御所家康に後陽成上皇と、幕府と朝廷に不幸が続き、将軍・徳川秀忠の娘・和子の入内が先延ばしになっていましたが、一六一八(元和四)年に本格化させます。

 しかし後水尾天皇は、さっさと他に妻子をつくっていました。妻は通称・およつ御寮人。猪熊事件の猪熊教利の実妹。息子は賀茂宮です。さらに、秀忠が外様大名の福島正則の改易問題で忙殺されていた時に、およつが子ども(女の子で、梅宮)を生んだので大爆発。およつの兄や関係者を追放しています。およつ御寮人事件と呼ばれます。

 この時、天皇が「私の不徳の致すところで公家諸法度を押し付けられた。そんなに私が気に入らないなら、私は出家し、弟の誰かに譲位して和子と結婚させればよい」と信尋に送った手紙が残っています。後水尾天皇の譲位願望は本気でしたが、藤堂高虎に恫喝されて断念。「先例を言うなら、武家に逆らって島流しになった天皇もいるぞ」「譲位をするなら、御所で腹を切る」とまで激昂。さすがに天皇に面と向かっては言わなかったですが、摂家衆には「被仰候て、高虎公御退出」だそうで(『藤堂家記』)。要するに、宮中で啖呵を切って出て行きました。藤堂高虎、外様ながら家康・秀忠に譜代の如く信頼されたのですが、こういう汚れ仕事を引き受けたからです。

 ちなみに梅宮(文智女王)、後に後水尾上皇や和子の側近になるのですから、世の中わからんものです。

◆天皇の子どもが徳川に「間引かれている」との噂

 一六二〇年六月、和子入内が実現。前後して、およつの兄らが赦免されます。すべて幕府の意向通り。

 ちなみに、朝廷が和子(かずこ)の読み方を「宮中では濁音はよろしくない」などと「まさこ」に改名させる細やかな嫌がらせで抵抗したとの説もありますが、本当かどうかわからないそうです。なぜなら、本当に初名が「かずこ」と読んだかどうか、わからないからだそうで(久保貴子『徳川和子』吉川弘文館、二〇〇八年、七頁)。

 ほどなくして、「和子が産んだ子供以外は、徳川の手の者によって間引かれている」との噂が流れます。確かに、およつ御寮人事件以来、側室が産んだ子供はいません。

 賀茂宮が四歳で夭折したから信憑性が出たのですが、本当でしょうか。

 天皇と和子との子も、七人の内三人が夭折しています。江戸時代は幼児死亡率が高い時代ですから。ただ、「そういう噂が流れた」という事実が大事です。秀忠と後水尾天皇の関係、完全に冷え切っていましたが、角逐の激しさがわかります。

◆元号に関して主導権を放さない歴代幕閣

 一六二三年、秀忠は上洛。息子家光への将軍宣下を要請します。と言っても、天皇に拒否権はありませんが。秀忠は、その手数料の如く、禁裏御料を一万石増額して計二万石に増やしてあげます。

 翌年、寛永に改元します。さすがに日本の先例に習って、漢籍から二文字を取って名付けました。ただ、将軍の代替わりだから改元したとの説もあります(山田忠雄「近世の元号雑感―改元をめぐる民衆の反応あれこれ―」『歴史評論』三四九、一九七九年)。だとしたら、トコトン、秀忠は朝廷をコケにしています。

 こんな調子で歴代幕閣は、元号に関して主導権を放しません。幕末には嘘のように、朝廷にやりたい放題やられますが、今はまだまだ江戸前期。

◆一刻も早く「天皇の外祖父」になりたい幕府

 この年十一月、和子が女子を産みました。後の明正天皇です。

 天皇、女性には優しかったらしく、和子さん個人との関係は良好だったようです。ちなみに摂関政治の時代から、「天皇は正室との間に子供をつくるまでは、ヨソでつくるな」が不文律でした。そうしないと、正室の実家をコケにすることになるからです。天皇に娘を嫁がせるとは、産んだ子供が天皇になった時、「天皇の祖父」になりたいからです。外祖父でも、お爺さんはお爺さんです。それを阻まれるのは死活問題になりかねませんから、子作りは監視されているのです。

 一六二六(寛永三)年、和子は無事に男子出産。即座に親王宣下、高仁(すけひと)親王です。天皇は一六二九年に高仁親王に譲位する意向を伝えます。幕府も同意します。そらそうでしょう。なれるものなら、一刻も早く「天皇の外祖父」になりたい。

 この一六二六年、大御所秀忠と将軍家光は揃って上洛。秀吉の時代の聚楽第行幸に倣って、天皇に二条行幸を仰ぎ、豪勢に接待しました。徳川の権力を誇示するためだから、湯水のごとく金を使います。

【倉山 満】
皇室史家。憲政史研究家。1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『噓だらけの日本近世史』が2月28日より発売