渡辺直美、ネタやトークができなかった「ピン芸人」はなぜ、東京ドーム公演を即日完売できたのか
2月11日にライブ
2月11日に東京ドームで「渡辺直美 (20) in 東京ドーム」というライブが行われる。ピン芸人の単独イベントとしては空前の規模で開催されるこの公演は、チケットも即日完売。いまやカリスマ的な人気を誇る渡辺直美が、どのようなステージを見せてくれるのか、期待が高まっている。彼女が従来の芸人像をどのようにアップデートしてきたのか、その軌跡を振り返ってみる。【ラリー遠田/お笑い評論家】
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【写真】「ビックリした」「VIVANTドラム?」…渡辺直美、衝撃の免許証写真
彼女のブレークのきっかけとなったのは、ビヨンセの口パクものまねである。ふくよかな体型の彼女がピンクのワンピースを身にまとい、表情や動きを完全コピーしてビヨンセになりきる姿は、当時の人々に強烈なインパクトを与えた。このネタで一気に知名度が上がったが、本人は内心で焦りを感じていた。ネタ、大喜利、フリートークなどの芸人らしい仕事を苦手としていたからだ。

当時のお笑い界では「ネタやトークができないと一人前の芸人ではない」という考え方が根強かった。言葉を使わず、動きや表情だけで笑いを取ろうとする渡辺のスタイルはなかなか理解されなかった。それでも、彼女はひたすら自分の強みを伸ばすことに専念した。歌、ダンス、変顔、ファッションなど、得意な分野を掘り下げていくことで、渡辺は徐々に自分らしさを発揮できるようになっていった。
2014年、渡辺は自分の表現力をさらに高めるために重大な決意をした。日本での仕事を一時休業して、3カ月間ニューヨークに行くことにしたのだ。エンターテインメントの聖地で英会話とダンスを学びながら、さまざまな人に会い、ライブを見ては刺激を受けた。そこで彼女はさらに一回り大きく成長した。
帰国後はデザイナーやダンサーなどお笑い以外のジャンルのクリエイターと仕事をする機会も増えてきた。その中で、ジャンルが違っても「伝えたい」という強い思いがあることには変わりがないのだということを実感した。こうして渡辺は「芸人かくあるべし」というルールから完全に解放された。既存の枠に囚われず、ますます幅広い分野に進出していくようになった。
フォロワー数で日本一
インスタグラムでアップする写真がおしゃれで面白いと評判になり、フォロワー数で日本一になった。ぽっちゃり体型の女性向けのファッションブランド「PUNYUS」をプロデュースし、ファッションイベントへの出演も増えた。
2016年には自身初の海外ツアーを開催し、ニューヨーク、ロサンゼルス、台北の3カ所を回り、言葉を使わないパフォーマンスで会場を沸かせた。2021年には本格的にニューヨークに拠点を移した。2023年には全米7都市を回るライブツアーを行い、2024年にはニューヨークで初のスタンダップコメディ単独ライブを開催した。
今では言葉を使わないパフォーマンスだけではなく、英語で漫談をするようになっている。BBCが発表した「2024年を代表する女性100人」にも選出され、「日本で最も有名なインフルエンサーの1人」と紹介された。
従来の「ネタやトークができないと一人前の芸人ではない」という価値観に縛られず、自分の得意なことを徹底的に磨き上げることで、渡辺直美は新たな芸人像を確立した。彼女の芸の根底に流れているのは「目の前の人を楽しませるために全力を尽くす」というニューヨークで学んだ表現者としての魂である。
東京ドームという日本最大級の会場での単独公演は、彼女のこれまでのキャリアの集大成となるイベントである。芸人の枠を超え、日本という枠も超えて世界的なエンターテイナーへと成長した渡辺直美。彼女の挑戦は、日本のお笑い文化の新しい可能性を示している。
ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。
デイリー新潮編集部
