長すぎる髪の少女、聞きなれない異国の声…昼夜を問わず“怪異”が押し寄せる60歳男性が明かす体験集【川奈まり子の百物語】
【前後編の後編/前編を読む】「怪異現象の引き寄せ体質」は実在するか オカルト好きの60歳男性が参加した“百物語”で見たものは
これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集し、語り部としても活動する川奈まり子が世にも不思議な一話をルポルタージュ。
怪異体験を多く持つ60歳の男性、タケダさん(仮名)は10年前のとある日、夜を徹しての怪談会「百物語」に参加した。百物語は新月の闇夜に100本の灯心を備えた行灯もしくは蝋燭と一枚の鏡を用意して、数人で順番に怪談を披露するもの。とある寺院で行われたその会に参加したタケダさんだったが、96番目の話の後、本堂の待合いにつながる引き戸が3度「家鳴り」した。そして本堂全体がグラグラと揺さぶられた。後に確かめると、実はそのとき、地震など起きておらず、「96話目」を話した女性の正体を誰も知らなかった――。

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【写真を見る】「幽霊でもいいから会いたい」残された遺族の心を救う“死者との再会”
とある夏の夜の午前1時過ぎ、タケダさんは終電を逃して、徒歩で帰宅することになった。
2駅ぶん歩かなければいけない。
線路沿いに2車線の道路がある。この歩道をひたすら進めばよい。
猛暑の季節だが、この時刻では、さすがに気温が下がっているのが不幸中の幸いだった。ずんずん歩いて、あともう少しというところまで来た。
時計を確認すると、午前2時を回っていた。
ここからは道を折れて、住宅街の中へ入ってゆくのだ。
小柄な女性
左右に家々が建ち並んだ路地に入り、ふと前方を見ると、200メートルほど先の道の真ん中に何か白っぽいものが置いてあった。
最初は、詰め物をした布袋かと思った。
工事関係のトラックが、土嚢かセメントの袋を運んでいる最中にうっかり落としたのに違いない、と……。
ところが、近づくにつれて、それが小柄な人間だということが明らかになってきた。
地面にペタリと座り込んでいる、ごく若い女性のようだった。
線の細い体つきだ。まだ年端もいかない少女かもしれない。
小さな淡い水色の花柄を散らした白いワンピースを着て、深くうなだれている。
そして髪の毛が恐ろしく長かった。
どれほど長いかと言えば、地面について大きくとぐろを巻くほど長い。
さらに接近すると、いわゆるガラケー、旧式の二つ折りの携帯電話を持っていた。
事件の匂い
右手をだらりと下げて、手の甲を地面につけている。その手に開いた携帯電話を力なく持っているのだった。
液晶画面が点灯していないところを見ると、少なくとも数分間はその状態でじっとしていたのだと推察できた。
事件の匂いがすると彼は思った。
この女性の身には何か大変なことが起きたのに違いない。
助けなければ……と、彼は歩を速めたのだが。
その足は、3メートル手前でピタリと止まってしまった。
なぜなら、座り込んでいる彼女の周りを取り囲むように直径1メートルあまりの円を描いて、何かの液体が地面に広がっていたからだ。
横顔
まるでコンパスで引いたかのような真ん丸な円形の液体の上に座っているのである。
どう見ても完全な正円を形づくっている。エッジにも乱れが一切ないようだ。
街灯から離れており、薄暗い中では液体は真っ黒に見え、底知れない穴を満たしているようでもあった。
いつでも走って逃げだせる心構えで、ゆっくりとそばに寄って行って、1メートルを切りそうな至近距離で、腰を屈めて女の横顔をまじまじと覗き込んでみた。
顔は、長い髪の陰に完全に隠れてしまっていた。
……それとも、玉ねぎの皮を剥くような感じで、髪をどけてもどけても、中からまた髪が出てくるのかもしれなかった。
それに、微動だにしない。
タケダさんは急に恐ろしくなってきて、小走りにその場から逃れた。
20メートルほど離れたところで振り返ってみたら、それは微塵も動いた気配がなく、先ほどと同じ姿勢を保っていた。
幽霊だ
帰宅してから、彼は家族にこのことを話して、
「あまりにもはっきり見えたから、あの女性は人間やったかもしれん」と言った。
しかし家族は口を揃えて「幽霊っていうんは、はっきり視えるもんや」と彼に応えた。
だから、やっぱりあれは幽霊だったのだと彼は思うようになったとのこと。
正円の液体に漬かって座っていた長い髪の女の話を、タケダさんは家族以外の2〜3の人にも話してみた。
そのうち一人は、いつも髪を整えてもらっている女性の美容師だった。
「へえ。怖いですねぇ」と、彼女は感心したそぶりを見せて、
「長すぎる髪と言えば……」と言って、こんな話を聞かせてくれた。
美容師の彼女は、その日、営業時間後に仕事場でヘアカットの試作に励み、すっかり帰りが遅くなってしまった。
濡れた腰ひも
自宅マンションのそばまで帰ってきたときには、午前1時を過ぎていた。
マンションの建物に隣接して、ここの住人専用のゴミステーションがある。
簡易な壁と屋根を備えたゴミの集積場だ。
その壁面に顔と体の腹側をぴったりと押しつける感じで、髪が長すぎる女が立っていた。
後ろを向いているので着物かドレスか判然としないが、何か丈の長い物を着てうなじの辺りで紐で縛っている。
その毛束の先端が、地面に届いているのであった。
なんやあれ。気持ち悪ぅ。
そう思いつつ、女の横を通り過ぎたところ、髪を結わえている紐が、和装用の腰紐であることに気がついた。
その腰紐はぐっしょりと濡れて、ポタポタとしずくを垂らしていた……。
切り傷
彼女は慣れた手つきでハサミを操りながら話していたが、そこでビクッと手を震わせたかと思うと、急に動きを止めた。
どうしたのかと思い、タケダさんは鏡に映る美容師の顔に注目した。
すぐに目が合い、「どないしましたん?」と彼が訊ねると、彼女はすぐには答えずに、
「ちょっと失礼します」と言って奥に引っ込んでしまった。
2〜3分すると出てきて、黙って作業に戻ろうとする。
「なんかあったん?」と彼は再び訊いた。
すると美容師は、右手の親指の付け根に貼った真新しい絆創膏を彼に見せた。
「……ハサミで手を切ってしもたんです。ウチは右利きで、こっちの手でハサミを持ってるんやで? つまり絶対に切れへんはずのところが突然スパッと切れたんです!」
知らんけど
タケダさんは大型犬を飼っている。朝晩の散歩が必要な犬種だが、朝はともかく、夜はいつも早く帰れるとは限らない。
家族も全員働いているから、ときには深夜に犬の散歩をするはめになる。
その日も、犬を連れていつもの公園に着いたときには夜の23時近くなっていた。
昭和の終わり頃に出来た児童公園で、周囲は一戸建ての多い住宅街だ。住民の高齢化が進んでいるから、もう明かりをすべて消して寝静まっているような家が多い。
こんな環境だから当然のこと、公園には誰もいなかった。
広場で犬を放して15分ほど遊ばせてやり、再びリードを付けて園内を歩いた。
やがてブランコのそばを通りかかると、犬が急に立ち止まった。
「なんや?」
犬の視線の先にブランコが2台あり、うち1台が揺れていた。
呆気に取られて見つめたら、それは振り幅を急に大きくしはじめて、ブンブンと派手に揺れだした。
力いっぱいブランコを漕ぐ子どもの姿が視えてしまいそうな気がして、彼は慌てて公園を後にした。
そのとき彼は、子ども時代に耳にしたこんな噂話を脳裏に蘇らせた。
「タケダのうちの近くの公園に俺たちぐらいの子どもの像があるやろ? あれって夜になると動き出して、独りで遊んでるんやって! 知らんけど」
外国の娘
数年前のある晩、彼が書斎でパソコンを弄っていると、窓の外で女の子の声がした。
彼にも娘がいるので、声の主の年齢がなんとなく察せられた。
7歳か8歳ぐらい。小学生の少女だろうと見当がついたが、時計を見るとすでに午前2時に近かった。
けっこう大きな声だったような気がする……と思っていたら、
「―――――!!!」と叫んだ。
今まで聞いたことのない言語であった。
「――――――――――――!!」
まだ騒いでいる。
体調の悪くなった外国人の子どもを親が病院に連れていこうとしているのだろうか?
引き寄せる男
そんなふうに合理的な説明を考えてみたものの、そもそも窓のすぐ外で話しているかのように聞こえる。そして、ここは2階なのだ。
「――――――――! ―――――……」
大声で怒鳴りながら左横方向に声が移動しはじめた。
思い切って窓を開けたらいきなり静かになり、首を突き出して外のようすを窺ってみたが、女の子も何も、人っ子ひとり見当たらなかった。
「オバケの方から寄ってきてしまうので避けようがありません」
タケダさんは筆者にそうおっしゃりながら、たいへん満足そうにしていらした。
何度か怖い思いをしても怪談はお好きだと話されていたが、言われてみたら私自身も彼と同じく、何かあっても一向に懲りずに怪談を好み、怪を引き寄せているような気がする。
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【記事前半】では、寺院で行われた百物語の様子と、「家鳴り」「市松人形」の謎について語っている。
川奈まり子(かわな まりこ)
1967年東京生まれ。作家。怪異の体験者と場所を取材し、これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活動。『実話四谷怪談』(講談社)、『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)、『八王子怪談』(竹書房怪談文庫)など著書多数。日本推理作家協会会員。怪異怪談研究会会員。2025年発売の近著は『最恐物件集 家怪』(集英社文庫8月刊/解説:神永学)、『怪談屋怪談2』(笠間書院7月刊)、『一〇八怪談 隠里』(竹書房怪談文庫6月刊)、『告白怪談 そこにいる。』(河出書房新社5月刊)、『京王沿線怪談』(共著:吉田悠軌/竹書房怪談文庫4月刊)
デイリー新潮編集部
