東大医学部に相次ぐ“メス”…警視庁捜査2課が“絶好調”な理由…犬猿のライバル特捜部との関係にもたらされた“変化”とは?
政財界の汚職に果敢に切り込み「最強の捜査機関」と呼ばれる東京地検特捜部にとって、“最大のライバル”と称されてきたのが警視庁捜査2課だ。その2課が、東京大学大学院医学系研究科の佐藤伸一教授(62)を収賄容疑で逮捕した。「国内最高学府の中でも最難関と言われる医学部の教授を、特捜ではなく警察がサンズイ(汚職)で挙げたという事実は称讃されていいはず」と、警察庁関係者も鼻息が荒い。だが、この快挙の背景には「特捜部の配慮と“ある事情”がある」と、ヤメ検(元検察官)の弁護士は打ち明ける。その真意とは、何なのだろうか。
いい事件は「取り上げろ」
事件を簡単に振り返っておこう。警視庁捜査2課は1月24日、収賄の疑いで佐藤教授を逮捕。26日には部下だった元特任准教授(46)も収賄容疑で書類送検した。

容疑は2023年3月から翌24年8月の間、大麻に含まれる成分「カンナビノイド」の皮膚疾患への有効性を研究する「社会連携講座」の設置を東大側へ申請していた一般社団法人「日本化粧品協会」に対し、申請が通るように便宜を図った見返りに、協会の代表理事から東京都台東区のソープランドや中央区銀座の高級クラブで合計180万円相当の接待を受けたというもの。協会は化粧品の研究開発を行っており、東大医学部の“お墨付き”欲しさから、教授の接待要求に応じていた。佐藤教授の専門は皮膚科学で、国立大学法人の職員は「みなし公務員」に当たる。
実は捜査2課は昨年11月、整形外科の手術で使う医療機器を優先的に使用する便宜を図った見返りに、医療機器メーカー「日本エム・ディ・エム」の東京第2営業所長から奨学寄付金名目でワイロを受け取った収賄容疑で、東大医学部付属病院の医師で医学部の松原全宏准教授を逮捕しており、芋づる式に最高学府の“闇”へ立て続けに切り込んだ格好になった。准教授は2020年3月から23年1月の間、計3回にわたり現金計100万円を受け取っていた。ワイロの授受には、奨学寄付金を装うため東大病院の専用口座を悪用していた。
法曹関係者が解説する。
「捜査現場の刑事からは『(東京地検)特捜部の検事たちは、司法試験に通っているからという理由で警察を下に見ている』と言い、一方の特捜検事の中には『警視庁が勝手にライバル視しているだけ』と話す者もいるようですが、警視庁捜査2課と東京地検特捜部が中央政界の政治家や高級官僚の贈収賄捜査をめぐってライバル関係にあることは間違いありません」
それは首都・東京の経済事件を所管する捜査機関同士ならではとも言えるが、検察関係者は「東京地検に勤務していた時に上司から『いい事件は(警視庁から)取り上げちゃえばいいんだよ』と言われたことがある」と、耳を疑うような裏話を語った。
事務次官逮捕の“金字塔”
1996年12月、警視庁捜査2課は厚生省(現・厚生労働省)トップの岡光序治元事務次官(直前に辞任)を収賄容疑で逮捕している。社会福祉法人「彩福祉グループ」の運営する福祉施設に対する補助金交付で法人代表に便宜を図った見返りに、現金6000万円と車2台の提供を受けていたというもの。
6000万円は購入したばかりだった高級マンションの手付金や別の不動産を購入した際の銀行ローンの返済に充てられており、群馬県内のゴルフ会員権や料亭の接待費、マンションの室内改装費など、総額では1億2000万円以上の利益提供を受けていた。
「この事件は警察部内でも、いまだに“金字塔”扱いをされていて、中央省庁の事務次官の“首”をサンズイで取ったという事実は、2課で働く全国の刑事たちに奮起を促すものともなりました。当時、2課長として捜査を指揮した金高雅仁さんが警察庁長官に上り詰めた要因の一つとも言われています」
と、前出の警察庁関係者は旧聞を打ち明ける。
また1997年1月29日には、オレンジ共済組合を舞台にした詐欺事件に関与したとして、警視庁は参議院に対し、国会会期中の友部達夫参院議員への詐欺容疑で逮捕許諾請求を実施。許諾を得た上で逮捕している。この時の警視庁の捜査主体は捜査2課ではなく、同様に詐欺事件を扱う生活経済課だったが、検察ではなく警察が逮捕許諾請求を行うのは異例のことだった。会期中の国会議員逮捕は、およそ1年前の1995年12月に東京地検特捜部が背任などの容疑で逮捕した山口敏夫元労相以来だった。
このオレンジ共済事件の際、検察内部では「事務次官を逮捕したばかりの警視庁になぜ花を持たせるんだ」「国会議員まで警察に持っていかれていいのか」などという、見識が疑われるような意見も聞かれたとされる。実際、そうした検察の特権意識のようなものを感じさせる対応が露呈した事件もあった。
「1999年、特捜部と捜査2課に日本長期信用銀行の元頭取らが、旧証券取引法違反容疑で逮捕された際には、容疑者の取り調べ担当の割り振りをめぐり、直前まで特捜部と2課の合同捜査について調整がつかず、2課の幹部が東京地検に怒鳴り込んだと噂されたこともあった」(前出のヤメ検弁護士)
結局、特捜部が取り調べた首脳陣だけ起訴されるなど、捜査の現場は最後まで“ゴタゴタ”が続いた。
「元頭取が無罪となったのが、そのせいだとは言わないものの、双方にとってこの捜査過程が“黒歴史”であることは確かだろう」(同)
検察改革がもたらした変化
このように、特捜部とは“犬猿の仲”ともいえるこの捜査2課が立て続けにいわゆる「いい事件」を挙げているのは、どんな背景があるのだろうか。警視庁関係者は「2010年の大阪地検特捜部の証拠改竄事件を受けて始まった検察改革の影響です」と話す。
検察改革は事件後に法務大臣肝煎りで発足した「検察の在り方検討会議」が、2011年3月31日にまとめた「検察の再生に向けて」と題した提言書に始まる。その中で「特捜部については(中略)組織体制・編成、人員配置等を含め、その組織の在り方を見直すための検討を行うべき」としている。
これを受けて改革着手を命じた最高検は2014年6月、「検察改革3年間の取組」とする文書をまとめ、「各特捜部においては、財政経済関係事件の捜査処理のための体制を充実・強化するなどの見直しを行った」として、東京地検特捜部について具体的に「従前の(1)特殊1班、(2)特殊2班、(3)財政経済班、(4)直告班の4班体制から、(1)財政班、(2)経済班、(3)特殊直告班(直告受理担当を含む。)の3班体制に変更した」と明らかにした。
組織改編前は、国税局から刑事告発を受けた脱税事件と証券取引等監視委員会から刑事告発を受けた金融商品取引法違反事件を財政経済班で捜査していたが、改編後は財政班が国税局の事件、経済班が監視委に加えて、警視庁捜査2課の事件を担当するようシステム化されたのだ。2課の事件は歴史的に、特捜部ではなく刑事部で扱うケースも多かったが、窓口が特捜部に一本化されて「特捜案件」とはっきり位置づけられたわけだ。
前出のヤメ検弁護士は「これはつまり、特捜部の幹部や特捜検事個人の思惑や裁量では、警視庁の事件をどうこうできない体制が構築されたということです。独自情報をつかめば特捜部もいい事件をやるでしょうし、予算面では自治体に組み込まれている警察が扱いにくい案件は検察がやればいい」と指摘した上で、こう語る。
「そもそも圧倒的に人員が多い警察は、人海戦術で情報を集められる点に強みがあり、検察は法律家としての専門知識が強みです。妙な縄張り意識はなくして“ウィンウィン”の捜査協力が行われた結果が、立て続けに逮捕者が出た東大の案件につながったというのが実態のようです」(肩書きは全て当時)
岡本純一(おかもと・じゅんいち)
ジャーナリスト。特捜検察の捜査解説や検察内部の暗闘劇など司法分野を中心に執筆。月刊誌「新潮45」(休刊中)では過去に「裏金太り『小沢一郎』が逮捕される日」や「なぜ『東京高検検事長』は小沢一郎を守ったか」などの特集記事を手掛けた。
デイリー新潮編集部
