『名探偵コナン エピソード“ONE” 小さくなった名探偵』©︎青山剛昌/小学館・読売テレビ・TMS 2016

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 2026年はアニメ『名探偵コナン』が放送30周年を迎える。平成の月曜、そして令和にかけて土曜の夜を盛り上げるだけでなく、近年は興行収入の面でも存在感を発揮し、まさに国民的アニメと言える本作。そんな『名探偵コナン』の“はじまり”を再構築し、2時間のテレビスペシャル版として作られたのが、『名探偵コナン エピソード“ONE” 小さくなった名探偵』(以下、『エピソードONE』)だ。

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 本作は、テレビ放送20周年を記念して作られたもので、テレビアニメ第1話「ジェットコースター殺人事件」を軸に、当時はまだ登場していなかった灰原哀や鈴木園子、京極真などのキャラクターや、後に描かれる「工藤新一水族館事件」などのエピソード、毛利蘭の空手大会の様子などが盛り込まれたものとなっている。

 基本的に『名探偵コナン』は、第1話で高校生探偵の工藤新一が黒ずくめの男に薬を飲まされ、体が縮んで子供になってしまった時点から物語が描かれる。それゆえに、それまでの物語やキャラクター同士の関係性は基本的に回想シーンで肉付けされるかたちになっているのだが、それらの断片的なエピソードを時系列で繋ぎ、地続きの物語として見せてくれる本作は、はじめて『名探偵コナン』に“ちゃんと”触れる者にとっても観やすく、ファンとしても嬉しい仕掛けが盛りだくさん。

 例えば、オリジナルのアニメ第1話の冒頭が、漫画の第1話「平成のホームズ」と同じように洋館での殺人事件の犯人・瀬羽尊徳を指さす印象的なシークエンスから始まるのに対し、『エピソードONE』では原作になかった園子の家で先に瀬羽と出会う場面などが追加されている。他にも、原作でウォッカが会社の社長から現金を受け取る取引の際に渡していた、拳銃密輸の証拠となるフィルムをネガに置き換え、そのネガを事前にウォッカが他の組織のメンバーからバーで受け取るシーンも追加で描かれる。なお、ネガを渡した男に「XYZ」(これで終わり)というカクテルをジンが選び、その男が実はNOC(Non Official Cover/スパイ)で……なんてくだりも、黒の組織の恐ろしさが表現されていて好きだ(その後に大きな男が2人でジェットコースターに乗る絵のギャップも面白い)。

 こんなふうに面白い部分や魅力を挙げだすとキリがない本作。しかし、特筆すべき点は、原作者・青山剛昌が一番大切にしている作品の軸……“ラブコメ”要素が丁寧に描かれている点だ。

・“新蘭”を堪能するからこそ泣ける『エピソードONE』

 本作は徹底して「工藤新一」という、本編ではほとんど姿を見せない“不在の主人公”の実存を描いている。普段の本編で私たちが触れる主人公は「江戸川コナン」であり、コナンが新一に戻るときはいつも一瞬だけ。しかし『エピソードONE』では等身大の高校生探偵・工藤新一がどんな表情で笑い、どんなふうに日常を過ごしていたのか、素の彼を見ることができる。そして何より、そんな“工藤新一の瞳を通して見る毛利蘭”が描かれている点が最大の特徴であり魅力なのだ。

 コナンとして見上げる「蘭姉ちゃん」ではなく、対等な目線で描かれるからこそ、彼女がとにかく光り輝いている本作。2人がトロピカルランドを訪れる場面では、劇場版第4作『瞳の中の暗殺者』で、記憶喪失になった蘭をコナンが守り抜く重要な舞台となる噴水広場が登場。蘭の回想で描かれた瞬間が、彼らの“いま”として描かれる。

 未来で起きる命がけの逃走劇とリンクする場所で、今はただ無邪気に笑い合っている2人。その切なさたるや。そこに重なるようにデートシーンを奏でるZARDの「運命のルーレット廻して」。歌詞と映像がシンクロし、2人の運命の歯車が大きく狂い始めることを告げるこの演出は、もはや「エモい」という言葉では処理しきれない。

 やはり私たちがこの後の工藤新一に待ち受ける運命を知っているからこそ、辛く感じるものがある『エピソードONE』。新一の「すぐ戻るから、先に行っててくれ」という言葉が、結果として嘘になってしまうことを知りながら彼の背中を不安げに見つめ、「もう会えなくなってしまいそうな」予感がしている蘭の不安げな表情......。新蘭の微笑ましいラブコメディとして最高純度でありながら、同時にそれが「新一としての最後の日常」であることを突きつける残酷さも凄まじい。2人が楽しそうであればあるほど、幸せそうであればあるほど、もう二度と戻れない時間の重みに気づかされるのだ。

 そして、そんな残酷さに重なるように描かれるのが「ジェットコースター殺人事件」。ファンには馴染み深く、第1話にして血飛沫がとんでもなく飛び散る殺人事件だが、これが愛した男に裏切られた女性による悲恋の想いが動機となった事件であることを忘れてはいけない。犯行が暴かれ、真相を語りながら涙を流す犯人。その姿を見て、蘭は涙を流す。それは、彼女が誰かを想う気持ちや、恋の痛みを知っているからだ。記念すべき第1話の事件の動機に、あえてドロドロとした愛憎劇を持ってきたこと。そして、その痛みに共鳴して涙する蘭を描いたこと。そして、その後に事件の男女のように、新一と離れ離れになってしまう展開。そういったところにも、これからの物語においてミステリーだけでなく、誰かを想う“感情”や恋愛要素も同じくらい(むしろそれ以上に)大切に描くという、原作者・青山剛昌のステートメントを感じる。

 『エピソードONE』は単なる第1話のリメイクではない。30年以上続いてきた壮大な物語の中で、蘭が新一を待ち続ける理由を再確認するための、あまりにも切ないプロローグなのだ。ミステリーとしての面白さはもちろん、青山先生が大切にする『名探偵コナン』の真髄、新一と蘭の絆の原点を本作で堪能してほしい。

(文=アナイス)