全国のラーメンの名店が出店する「新横浜ラーメン博物館」(ラー博)は、年間80万人以上もの客が訪れる“ラーメンの聖地”です。横浜市の新横浜駅前にオープン後、2024年3月に30年の節目を迎えましたが、これまでに招致したラーメン店は50店以上、延べ入館者数は3000万人を超えます。岩岡洋志館長が、それら名店の「ラーメンと人が織りなす物語」を紡ぎました。それが、新刊『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』(講談社ビーシー/講談社)です。収録の中から、旭川ラーメン最古の店「蜂屋」を紹介します。

旭川の個性的とんこつ醤油ラーメン

私たちと旭川ラーメンの「蜂屋」との出会いは、ラー博がオープンする3年前の1991年です。私が全国のラーメンを食べ歩き始めた頃で、札幌で4〜5杯食べた後、旭川に入りました。もう食べられないかも……と思いつつ、「蜂屋」のラーメンを食べたのですが、衝撃を受け、あっという間に食べ終わりました。

全国には特徴のあるラーメンがいろいろありますが、“焦がしラード”で独特のとんこつ醤油ラーメンを出す「蜂屋」ほど個性的なラーメンはなかったと思います。1999年にご出店いただいたときのキャッチコピーは「クセはあるけど、クセになる」。蜂屋さんの特徴を表わした名コピーです。

【「蜂屋」過去のラー博出店期間】

・ラー博初出店:1999年11月27日〜2009年8月30日

・「あの銘店をもう一度」出店:2023年10月31日〜2023年11月20日

ラー博がオープンする前から通っていた旭川ラーメンの「蜂屋」。ラー博に出店した当時=1999年

かつて旭川の流行語は「祭、映画、蜂屋」

戦後の混沌期、初代店主の加藤枝直さんは、当時としてはめずらしい、蜂蜜を使ったアイスクリーム店を1946年に開業します。屋号である「蜂屋」は蜂蜜の“蜂”に由来しています。

戦後、アイスクリームの店からラーメン店に=1947年

そして、アイスクリーム店を営業するかたわら、近所のそば店から「中華そばという食べ物がある」ことを聞きつけました。好奇心の強い枝直さんは、独学で特徴的な風味を持つラーメンを作り上げ、1947年12月にラーメン店として生まれ変わりました。

ラーメンは爆発的な人気を呼び、1955年頃になると、「休日には映画を見てから、蜂屋でラーメンを食べる」というスタイルが、旭川及び、周辺町村の「休日の過ごし方」として、定着するほどまでになりました。

1961年になると「巨人、大鵬、卵焼き」が流行語となりましたが、旭川では、「祭、映画、蜂屋」という言葉が生まれ、一種の流行語にまでなるほどだったとか。「蜂屋」主催の招待旅行が催されるなど、旭川においては知名度も人気も不動だったのです。

初代の交通事故で一部のレシピが不明に

順風満帆だった「蜂屋」ですが、突然大きな事件が起きます。それは東京オリンピックが開催された1964年。初代の枝直さんが交通事故にあい、記憶喪失となったのです。初代のみが知る一部のレシピは、戻らぬ記憶のなかに包まれてしまいます。やがて二代目となる息子の直純さんは、まだ15歳でした。

「蜂屋」創業者の加藤枝直さんと奥さま

直純さんは13歳から「蜂屋」の手伝い始めていて、旭川を離れていた大学時代を経て、卒業した1972 年から「蜂屋」で正式に働くこととなりました。

直純さんによると、「私は父のように何か新しいことを生み出すというよりも、父が築き上げた歴史とお客さまをひたすら守ってきました。父が偉大だったこともあり、守るということも本当に大変でしたが、おかげさまで父の代から衰退することなく、お客さまにお越しいただけたことは、自分の自信にもつながりました」とのこと。

8年がかりの誘致交渉が実り、ラー博に出店

そんな「蜂屋」が、ラー博に出店したのは1999年です。しかし、私たちは1991年に初めて訪ねて以来、すぐに誘致交渉を始めました。設立趣旨にはご理解いただいたものの、人員面や特殊厨房設備などの問題もあり、幾度となく通うも1994年のラー博開業時の出店はかないませんでした。

けれども、二代目・加藤直純さんの長男・信晶さんが、ちょうど高校を卒業するタイミングで進路を検討の折、「ラー博でやってみたい」という思いをうかがい、その後はとんとん拍子で出店が実現しました。

二代目の加藤直純さん(左)と、長男・信晶さん(右)=2005年

ラー博のほうも、1994年の開業時から営業していた居酒屋を閉めたこともあり、「蜂屋」の開業で、館内のラーメン店は8店舗から9店舗になりました。誘致交渉から8年がかりの、念願の出店となりました。

ラーメン界のエジソン?蜂屋の功績

「蜂屋」のスープは、アジの丸干しでとった魚介スープと、とんこつスープを別々にとって、最後にブレンドする、いわゆる「ダブルスープ」。今ではポピュラーとなっているラーメンのダブルスープですが、半世紀以上も前から独自で開発していたのです。ラーメン界のエジソン(?)のような存在です。

アジの丸干しからもスープをとり、とんこつスープとブレンドする

さらに、とんこつスープは一度冷水で冷やしたうえで、余分な脂を取り除く方式です。とんこつスープと魚介スープでは、おいしく仕上げる時間帯が異なるため、別々にとってブレンドするという手法を考えたのでした。あまりに手間と技術を要するため、広く普及することはなく、「蜂屋」の特徴の一つになりました。

旭川ラーメンの特徴の一つといえば、丼ぶり一面を覆う「ラード」。しかし、「蜂屋」の覆いラードは、ほかのお店とは違い、独特な風味を持ったもの。蜂屋の代名詞である“クセはあるけど、クセになる”と伝えられる所以です。

旭川ラーメンの特徴の一つは丼ぶり一面を覆う焦がしラード。「蜂屋」のは独特の風味があり、「クセはあるけど、クセになる」といわれる

その作り方は、寸胴鍋に良質なラードと、豚の脂身、鰹節などの節類を加え焦がします。最後にそのラードを濾して完成。ラードだけだと、表面の脂肪分が分離し、香りもよくないということで先代・枝直さんが試行錯誤した結果、この“焦がしラード”が誕生したそうです。

旭川ラーメンの麺も「蜂屋」が発明

さらに、一番の特徴となるのが低加水麺。先代の枝直さんと、その兄・加藤熊彦さんによって作り上げられたこの麺は、麺に加える水の量が少ないため、スープをよく吸って麺とスープとの一体感が味わえます。その後、この麺は兄の会社「加藤ラーメン」によって、旭川市内のラーメン店に普及し、低加水麺は旭川のラーメンスタイルを象徴するものとなりました(「蜂屋」は自家製麺)。

一番の特徴となるのが低加水麺。麺に加える水の量が少ないため、スープをよく吸って麺とスープとの一体感が味わえる

ところで、私が誘致交渉に行くたびに、旭川の直純さんに連れて行っていただいた「独酌三四郎」という居酒屋がありました。私はこのお店が大好きで、実はラー博オープン時に、この居酒屋をモチーフとした「居残り屋雄蔵」というお店をラー博内につくりましたが、その店こそ「蜂屋」が入るタイミングで閉めた店舗です。

2023年10月31日からの「新横浜ラーメン博物館企画「あの銘店をもう一度」での出店では、二代目の直純さんご夫妻、そして三代目の信晶さんも来ていただき、大盛況のなかの3週間でした。今もなお繁盛し続けているのは、初代の精神を受け継いだ二代目と三代目が、絶え間ない苦労と挑戦によって成し得たものだと思います。

■蜂屋 旭川本店

[住所]北海道旭川市三条通15丁目左8

旭川のラーメン店として80年以上の歴史を持つ「蜂屋」

『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』

『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』

『新横浜ラーメン博物館』の情報

住所:横浜市港北区新横浜2−14−21

交通:JR東海道新幹線・JR横浜線の新横浜駅から徒歩5分、横浜市営地下鉄の新横浜駅8番出口から徒歩1分

営業時間:平日11時〜21時、土日祝10時半〜21時

休館日:年末年始(12月31日、1月1日)

入場料:当日入場券大人450円、小・中・高校生・シニア(65歳以上)100円、小学生未満は無料

※障害者手帳をお持ちの方と、同数の付き添いの方は無料

入場フリーパス「6ヶ月パス」500円、「年間パス」800円

新横浜ラーメン博物館:https://www.raumen.co.jp/

【画像】旭川で生まれた個性派ラーメン!「クセはあるけど、 クセになる」味わいの秘密(9枚)