宮下洋一『安楽死を遂げるまで』(小学館)

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脚本家の橋田壽賀子氏(92)が「私は安楽死で死にたい」と宣言をしたことが話題を集めた。日本では認められていないが、海外には安楽死を認めている国がある。いったい費用はいくらかかるのか。『安楽死を遂げるまで』(小学館)の著者・宮下洋一氏は「200万円で十分可能」と実状を紹介する――。

■オランダなら保険が適用され無料

「日本人が安楽死をするにはどこに行けばいいのでしょうか」
「お金持ちでなければ、安楽死はできないのでしょうか?」

世界6カ国を巡ったルポルタージュ『安楽死を遂げるまで』(小学館)を刊行してから、私のSNSアカウントに、こんな言葉が投げかけられるようになった。

日本では安楽死は法的に認められていない。だが海外では安楽死を法的に認めている国がある。安楽死は、現在、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、カナダ、アメリカの一部の州で実施されている。たとえば、国内の死因の約4%が安楽死に当たるオランダでは、在住者は保険が適用され無料となる。

■外国人が安楽死できる国はスイスだけ

しかし、海外からの希望者への安楽死は行っていない。安楽死を法的に認めている国のうち、外国人が安楽死できる国は、世界でスイスしかない。

スイスには安楽死を行う団体が複数あるが、日本人が安楽死を望む場合、外国人の受け入れ態勢が整う団体は、私の知る限り2つだけだ。スイス最大規模の「ディグニタス」か、ここ数年で知名度や実績を上げてきた「ライフサークル」である。

なお、安楽死といっても、スイスでは医師が直接、手を下すことは禁じられている。患者が苦しまない方法で自殺を遂げることを、医師が助けるといった「自殺幇助」が認められている。点滴やコップに注がれた致死薬を患者自らが体内に注入して逝くという方法である。

■約150〜200万円が相場

私はライフサークルの協力を得て、安楽死の現場に立ち会ってきた。結論を言えば、外国人が費やす合計金額は、だいたい旅費込みで150万円程度だった。

渡航費と宿泊費(1〜2泊分)だけで数十万円だとする。この金額については、時期やホテル代などで差異がある。では、実際に団体側が必要とする費用の内訳とはどんなものか。ライフサークルのエリカ・プライシック代表が、次のように説明する。

「会員費が年間45ユーロ。(医師や弁護士を通して行われる)診断書などの調査料が2700ユーロかかります。スイス人医師2人の直接診断も必要になり、900ユーロ。自殺幇助自体は、2700ユーロです。そこから警察などの捜査費用が450ユーロで、火葬や遺体搬送費に合計2250ユーロかかるのです」

渡航費と宿泊代を合わせ、現在の為替レート(1ユーロ・134円)で合算すると、約150〜200万円が相場になるといえる。一見、高額にも思えるが、外国人には保険が適用されていないため、実費を差し引くと、ほとんど団体に入ってくる収入はないという。

ディグニタスの費用については、同団体を利用したイギリス人のデータをまとめた英紙インデペンデントによると、平均1万ポンド(約152万円)。人により誤差はあるが、6500〜1万5000ポンド(96〜225万円)が相場だという。誤差があるのは、「遺体処理や葬儀費」が人によって異なるからだ。

■「お金で死を買った」ことに後悔はなかった

末期の膵臓がんだった68歳のスウェーデン人女性は、安楽死の前日、スイスのホテルで私に言った。

「苦しんで死ぬ姿を家族に見せたくなかったのよ」

元産婦人科医で、彼女は経済的な余裕があった。母国で家族に別れを告げ、最期は夫と2人きりになることを選んだ。家族のサポートは期待せず、「お金で死を買った」ことに後悔はなかった。彼女の夫は、後に「だいたい1万2000ユーロ(約160万円)の費用がかかった。そこまで高いお金ではなかった」と話していた。金額的にも、プライシック代表の説明と誤差はなかった。

安楽死を巡る状況について述べてきたが、どうしても強調しておきたいことがある。それは、私が安楽死を勧めているわけでは決してないということだ。

2年にわたって安楽死現場を取材して得た私の考えは、「日本人には安楽死は、向いていない」というものだ。欧米では、人は最期の瞬間まで自らコントロールしたいと願う。こうした「死の自己決定権」について数十年も議論してきた先に、安楽死の法制化がある。しかし、日本では、人の「生死」まで、集団性をまとう。たとえば、家族の「迷惑」になりたくないという理由で、死を願う高齢者がいる。こうした現状については、別稿で詳しく述べたい。

■費用とは別のハードルは「語学力」

なお日本人がスイスで安楽死を行うためには、費用とは別のハードルがある。「語学力」だ。

団体側は、申請者が死期を早めたい理由を慎重に診断する。具体的には、患者が耐えがたい痛みを抱えているか、その痛みは永続的なものか、などである。失恋や望まない形での退職といった一時の精神状態では安楽死は認められない。

また、死期を早めたい理由について、本人が英語もしくはドイツ語で説明できなくてはいけない。経済的余裕があっても、語学力がなければ、「安楽死」を選ぶことはできない。これも一つの現実である。

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宮下洋一(みやした・よういち)
ジャーナリスト
1976年、長野県生まれ。18歳で単身アメリカに渡り、ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。その後、スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。フランス語、スペイン語、英語、ポルトガル語、カタラン語を話す。フランスやスペインを拠点としながら世界各地を取材。主な著書に、小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞した『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。

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(ジャーナリスト 宮下 洋一)