約300億円の費用をかけ、日本やアジアとアメリカ西海岸の約9000kmを新たに結ぶ海底ケーブル「FASTER」の敷設工事が開始されました。日本のKDDIやアメリカのGoogle、中国のChina Mobile Internationalなどの国際コンソーシアムが出資し、最新の光ファイバー技術を投入して1秒間に60テラビットという超高速通信を可能にしたというケーブルの敷設が三重県志摩市の海岸からスタートするということだったので、いったいどのような作業が行われているのか、そしてケーブルを受け取る「中継所」の中がどのようになっているのか見てくることにしました。

日本〜米国間光海底ケーブル「FASTER」の共同建設協定締結について | 2014年 | KDDI株式会社

http://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2014/08/11/580.html

今回のケーブル陸揚げが行われたのは、紀伊半島から太平洋に突きだした位置にある三重県志摩市の海岸。西日本とアメリカ西海岸を結ぶのに最適な場所として選ばれており、これまでにも2000年に敷設された「Japan-US」や2001年の「C2C」に次ぐ3本目の国際海底ケーブルの陸揚げとなります。

というわけで、KDDIの「南志摩海底線中継局」にやって来ました。真っ白で真四角な建物で中継局で見かけることも多いアンテナの類いはないので、知らない人が見たら海底ケーブルが接続される施設だとは思えないはず。



引き揚げ作業当日の朝8時過ぎに到着すると、中継局のすぐ隣にある防潮堤には多くの関係者が集まっていました。



今回の陸揚げ場所は、太平洋に直接つながっている志摩市甲賀地区にある海岸沿い。周辺には海岸沿いを走れる自転車コースが整備されるのどかな場所でした。



現場には、「FASTERケーブル建設工事」と書かれた工事用看板が置かれていました。工事の発注者はKDDIやGoogleなどの各社による「FASTERケーブルコンソーシアム」で、施工者は「日本電気株式会社」、つまりNECが全ての工事を請け負っています。通常では2〜3社の共同で行われることがほとんどである海底ケーブル敷設ですが、今回はNEC1社だけの受注となっており、部材は全て日本国内で製造されたものが使われるそうです。



堤防の上では、地元のみなさんも作業の様子を固唾を飲んで見守ります。



海側に回ると、工事用のテントや機材が設置されていました。



関係者用のテント、工事用の土のう、大型の発電機など、これから作業が行われる雰囲気がプンプンと漂ってきます。



テントの横には、謎の黒い物体が積み上げられていました。



そして、沖合には海底ケーブル敷設に使用される専用のケーブルシップ「KDDIパシフィックリンク」がスタンバイする姿が見えます。



KDDIパシフィックリンクは全長109メートル・総トン数約8000トンという大きさの船で、総延長6000kmクラスの海底ケーブルを搭載して太平洋を横断してケーブルを敷設したりメンテナンスを行う専用船です。



船体が大きいためにKDDIパシフィックリンクは直接浜辺に近づくことができません。そのため、沖合1.2kmの地点で停泊してケーブルを浜まで伸ばして引き揚げるという作業をとります。1.2kmも距離があるはずなのに、実際に目の当たりにするとほんの数百メートルぐらいの距離に停泊しているようにしか思えないほど巨大な船体でした。



浜辺には、ケーブル敷設用の重機がスタンバイ。



そして、浜に揚がったケーブルの向きを変えるための装置「ターンシーブ」もスタンバイされていました。しかしここで、取材陣は思いがけない事態に気がつくことになるのです……!



「っていうか……もう、ケーブル届いてない?」という誰かの言葉に一同騒然。なんと、陸揚げ作業が順調に運びすぎたために、取材陣が到着する前にケーブルがサクッと浜に到着してしまっていたのでした!貴重な瞬間を見逃してしまって少しだけガッカリな瞬間でしたが、長年にわたって海底ケーブルの敷設作業を請け負ってきたという専門会社「KCS」の手際の良さに驚愕する場面でした。



ケーブルシップからほぼ一直線に伸ばされたケーブルは、タイヤチューブによって海面に浮いたまま浜辺までプカプカと運ばれてきます。



船から浜辺、そして浜辺に到達したケーブルはターンシーブを使って90度向きを変え、四角で囲んだ中継局へ向かって砂浜の上を進みます。



御用済みのタイヤチューブは、こんな感じで砂浜におかたづけ。



陸揚げされたケーブルの先端がセレモニー会場に置かれていました。向こうの方でウネウネとはい回るケーブルは、直接地面に触れないように白い土のうの上に置かれていました。



黒いケーブルの先には、引き揚げ時に用いた太いワイヤーの輪っかが取り付けられています。



ケーブルの先端には黒いテープが巻き付けられており、ケーブル本体はもちろん見ることができません。このまま地中の土管を通り、このあと中継所へと引き込まれることになっています。



セレモニーがスタート。KDDIの梧谷(きりたに)理事による神事が執り行われ……



世界の慣習にのっとって、梧谷理事らによるシャンパンセレモニーが行われました。



気になる(?)シャンパンは、「シャルル・エルネール」という銘柄のものでした。もちろんフランス・シャンパーニュ地方のものです。





セレモニーが終わると、引き揚げ・引き込みの作業が再開されました。浜辺では、作業員さんがケーブルを次々に巻き取っていきます。



こんな具合に、キレイな8の字を描いています。8の字に巻くことで、ケーブルのねじれや絡まりを防止することができます。



ケーブルの引き上げには、専用の巻き上げ機が使われます。ケーブルの重さは1メートルあたり3kgもあるため、人の力だけで作業を行うのはほぼ不可能。



まずは沖合から一直線に浜に陸揚げされたケーブルですが、最終的には海の中で方向転換して、土のうで囲まれた引き込み地点へと導かれ、地中のトンネルを伝って中継局へと運び込まれることになります。なお、点線部分をはじめとする浜に近いエリアでは、底引き網による引っかけ事故やケーブルそのものの保護のためにケーブルは地中数メートルの地点に埋設されることになります。



そして、埋設の際にケーブルにかぶせて保護するための部品が、テントの横にあった謎の黒い物体だったというわけです。実際にケーブルを埋める際には、この部品を上下に2つ合わせてケーブルにかぶせ、次から次へと連結していくようになっています。



こんな感じで引き揚げ作業はほぼ終了。GIGAZINEでは2012年に実施されたKDDIの海底ケーブル「SJC」の陸揚げ風景を取材しているので、実際の作業の一部始終は以下の記事で見ることができます。

インターネットを支える光ファイバーケーブルを海岸から陸揚げする現場潜入レポート、これが日本と東南アジアを結ぶ巨大海底光ファイバー網「SJC」だ! - GIGAZINE



引き揚げられ、砂浜の中を通ったケーブルは防潮堤の地下をくぐり、陸側にある中継局へと引き込まれます。その位置関係は以下のムービーを見れば一発でわかります。

秒速60テラビットの海底ケーブル「FASTER」が沖合から陸揚げされて中継所に入るルート - YouTube

今度は中継局の内部へと入っていきます。外観は非常にシンプルな建物で、入り口の上に「KDDI」の看板が掲げられていました。



建物の前には大きな穴がぽっかりと口を開けていました。防潮堤をくぐってきたケーブルが再度この穴で姿を見せ、さらに建物内部に引き込まれるというわけです。



建物に入り、地下へと続くハシゴを降りていくと……



その先にはコンクリート打ちっ放しの空間があり、光ファイバーケーブルを建物内部に引き込む場所になっていました。アメリカ西海岸から出発したケーブルが、約9000kmの距離を経てまさにここに入ってきます。



入ってきたケーブルは指さした先にある装置に入り、信号を伝える光ファイバーのデータ線と電力を伝える電力線に分けられます。



そしてデータ線が階上にある中継機に入り、さらにそこから日本国内を網羅するインターネット網へとつながって行くというわけです。残念ながら、中継機設備の撮影はセキュリティ上の理由で不可となっていました。



中継機につながるケーブルには、2001年に運用が開始されたJapan-USケーブルの名前も書かれていました。日本のネット環境を支えるケーブルの1つがここにあります。



当日は、電源設備なども公開されました。こちらは建物全体とケーブルに送る電力を制御する配電盤装置。



また、災害時や停電時にもネット環境を途絶えさせないための自家発電装置も置かれています。



2機のガスタービン発電装置がいつでも待機しており、30秒以内に電力を供給できるようになっています。



自家発電装置が立ち上がるまでの間は、別室に備えられた無停電電源装置(UPS)により電源供給が確保されるという、万全の体制が整えられています。



当日の会場には、大口秀和・志摩市長(右)がFASTER敷設のお祝いに駆けつけました。



志摩市は来る2016年春のサミット(主要国国際会議)の会場に決定しており、奇しくもFASTERの運用開始はサミットとほぼ同じ2016年3月頃が予定されています。市長からも「サミットで世界に向けて発信するその時に、まさに世界につながるFASTERの運用が開始されるということで非常に喜んでいます」と期待のこもったコメントが語られていました。



最後に行われた記者発表会では、梧谷理事からFASTERの概要説明などが行われました。



日本と世界をつなぐインターネット通信の99%は海底ケーブルを経由しています。特にYouTubeなどの大容量動画や、スマートフォンで使うアプリなどのデータは、全て海底ケーブルを経由して日本国内に持ち込まれています。



YouTubeが8K動画に対応したり、「モノのインターネット(IoT)」の普及が予想される中、日米間の通信量は今後も増大の一途をたどるものとみられ、この通信を支えるためには海底ケーブルの増強が不可欠というわけです。



最新技術を取り入れたインターネットの世界でも、最終的に世界同士をつないでいるのは物理的なケーブル。世界中の海の底には、データをやりとりするためのケーブルが駆け巡っています。



KDDIでは、そんなケーブルを敷設・保守するために2隻のケーブルシップを活用。「KDDIオーシャンリンク」は主に保守、そして今回も活躍している「KDDIパシフィックリンク」が新しいケーブルの敷設を担っています。



ケーブルの陸揚げ作業は、意外にも職人の技が活きる世界。1960年代の海底ケーブルの黎明期から、ほとんど変わらない姿でケーブルは敷かれています。



近年のトラフィック増加に伴い、何度も海底ケーブルの増強が行われてきました。2010年には、KDDIやGoogle、そして東南アジアの各企業が共同で建設したUnityの運用が開始。初期の通信容量は4.8Tbpsで、後に20Tbpsに増強されています。



2013年には、日本とアジアを結ぶSJCの運用がスタート。当初の容量は28Tbpsでしたが、こちらも後に45Tbpsにまで増強されています。



そして今回、日本とアメリカをつなぐ新たな回線として敷設が始まったのが、容量60Tbpsを誇るFASTERというわけです。



その特徴は、「大容量」「高信頼性」「低遅延」の3つ。



これまでの海底ケーブルを時系列でみるとこんな感じ。倍々ゲームのように急激に通信容量が跳ね上がっているのがわかりますが、これは市場のニーズはもちろんのこと、さまざまな技術革新によるものが大きいとのこと。



1995年当時は、2秒かけてDVD1枚分のデータを送るのがやっとでしたが……



FASTERだと、同じ2秒間で実にDVD3000枚分のデータを送ることが可能。これは、1本のケーブルに異なる波長の光を乗せることで約100回線のデータを詰め込んで伝送できる光波長多重通信などのブレークスルーがあったため。



また、日本側ではFASTERを千葉県の千倉と三重県の南志摩の2か所で陸揚げすることで回線の冗長化を実現し、災害発生時にも高い信頼性を確保しているとのこと。



そして、FASTERのもう一方はアメリカ西海岸のオレゴン州に到達します。実はこのルートはアジア〜日本〜アメリカを最短で結ぶルートとなっており、これにより信号の低遅延が可能にされているそうです。



FASTERの敷設は今回の南志摩を皮切りに、千葉県の千倉、そしてアメリカ・オレゴン州でも陸揚げが行われ、洋上で東西からのケーブルが接続されることになります。その後さまざまな試験が行われた後に、2016年第一四半期に運用が開始されることになっています。

新たにケーブルが敷設されたといっても、個人ユーザーの負担が増えることはなく、全てはよりスムーズで快適なインターネット網の構築のために行われている事業とのこと。普段何気なく使っているネットの背景には、このような地道で泥臭い作業が隠されているというのは、実に興味深いことといえそうです。