【映画評】「霧のごとく」…台湾「白色テロ」の時代を舞台に描く闇の中の光、「しずく」たちの人生
「霧のごとく」(公開中)は、「1秒先の彼女」などで知られる台湾のチェン・ユーシュン監督作。
昨年、台湾最高峰の映画賞・金馬奨で最優秀作品賞や脚本賞など4部門で賞に輝いた作品だ。主な舞台は1950年代前半、政治弾圧「白色テロ」の最中。タイトルにある「霧」とは何か。それを知った時、切なく胸が締め付けられる。(編集委員 恩田泰子)
監督・脚本のチェンは、1995年のデビュー作「熱帯魚」をはじめ、台湾の片隅で生きる同時代人たちを、おかしくも切なく、そして何よりいとおしく描く物語で腕をふるってきた。時代を遡って台湾のいたましい歴史と切り結ぶ本作においても、主人公は片隅に咲く者たち。そして、やっぱりいとおしい。
1953年、台湾南部・嘉義県の農村から物語は始まる。道の向こうからやってくるのは、おかっぱ頭の黄秋月(阿月、ケイトリン・ファン)。まもなく10代半ばの少女だ。
彼女が向かう先は、兄・育雲(阿雲、ツェン・ジンホア)が潜伏するサトウキビ畑。阿雲は台北で高等教育を受けていたが、反政府分子とみなされ、追われる身になっていた。仲のいい兄妹。ともに過ごす時間は幸福だが、長くは続かない。兄は捕まる。
1年後、阿雲が銃殺されたという知らせが来る。遺体があるのは台北の斎場。引き取りには大金がかかるが、急がなければ勝手に処分されるという。両親は既に亡く、周囲に頼れる大人はいない。阿月はわずかな金と、兄の形見の腕時計を携えて一人旅立つ。
見るからに純朴そうな阿月。台北では到着早々、悪人に引っかかるが、輪タクの車夫をしている趙公道(ウィル・オー)に助けられる。無頼を気取り、自分のことを「趙雲並みの正義の味方(公道は正義を意味する)」とうそぶくその青年は、広東州出身の元国民党兵士。一見、能天気な男だが、彼もまた時代の影に苦しめられていた。ともあれ、公道は阿月を放っておけなくなる。2人をめぐる物語がうねり始める。
舞台となるのは、台湾の人々が弾圧の影の中で生きていた暗い時代だ。
1949年、国民党政府は、共産党との内戦に敗れ、大陸から台湾へ撤退。戒厳令を敷き、異分子を徹底的に取り締まり、台湾社会をコントロールしようとした。そして始まったのが、長きにわたる白色テロの時代。「反共」が国是となる中、言論の自由は脅かされ、多くの無実の人が逮捕、監禁、拷問の果て、裁判にかけられ銃殺刑に処された――阿雲のように。国民党と共に大陸から渡ってきた、いわゆる外省人も「親共」の疑いをかけられた――公道のように。
主人公たちは、ちっぽけで社会的には非力な普通の人々だ。でも、ひたむきに生きる。
故郷の村から台北に向かって駆け出した阿月。「出発!」と威勢良く叫んでは輪タクをこぎ出す公道。2人の人生が交差するのは、たった数十時間。でも、それがかけがえのない時間になる。兄を思う阿月が、さんざんな人生を送っている公道の心に今一度、温かいあかりをともす。純真で向こう見ずな少女は、裏切られてばかりの青年の心を救い、彼によって彼女も救われる。
この2人が織りなすドラマを通して、闇の中の光を描く映画。とにかく役者がみんないい。とりわけ、ウィル・オーが演じる公道は、クレイジーケンバンドの名曲「けむり」に歌われる男のように味がある。
映像の構図も、ストーリーテリングも抜群。台湾の人々に深い傷を残した重く残酷な歴史を扱いながらも、スリルとぬくもりが同居する物語を巧みに転がして観客の目をそらさせない。
街でしたたかに生きる庶民たちの日常も印象的。阿月の姉である邱秀霞(阿霞、演じるのは台湾女性シンガーの9m88、ジョウエムバーバーと読む)が生きる大衆ショウビズの世界、脱獄を繰り返した実在の泥棒・高金鐘(リウ・グァンティン)の神出鬼没ぶりなど、目をひくシーンで当時の世相をうまく面白く映す。かと思えば、時代の影を象徴する特務幹部の男、范春(チェン・イーウェン)の不気味さ、ずるさを見せて観客を身もだえさせる。
何より利いているのは、生前、阿雲が作った「二滴のしずく」の物語。これが映画のタイトルとも関係する。しずくたちの物語は、市井に生きる名もなき人々や歴史の犠牲者たち――つまりこの映画の中心人物たち――と、多くの観客の人生の実感との間に確かな結び目を作る。登場人物が紡ぎ出した言葉、ファンタジーが、いつしか現実を生きる力になっていくのは、チェン監督のこれまでの作品とも共通する要素である。
阿雲が登場するシーンは長くはないが、くっきりと心に残る。阿月とともに腕時計の針を回しながら未来を予想するシーンを最初に見た時は、ロマンチックすぎやしないかと思う。だが、後になって利いてくる。泣かされる。ただし、泣いてすっきり、という映画ではない。
阿雲は、サトウキビ畑で想像していた。戦争が消え、人々が自由で平等になり、迫害も弾圧もない「未来」を。では今の世界の風景は? 思わず見回したくなる。涙は視界を開くためにある。そこからまた、出発なのだ。
「ラブゴーゴー」のレモンパイ、「1秒先の彼女」の豆花など、チェン監督は食べ物を物語に生かす名手でもあるが、本作でのそれは、油條。日常食を登場させたのは、この映画に登場するしずくたちを、折に触れて思い出させるためのような気もする。
◇「霧のごとく」(原題:大濛)=2025年/134分/台湾/配給:JAIHO、Stranger=5月8日から全国順次公開中
