『風、薫る』写真提供=NHK

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 NHK連続テレビ小説『風、薫る』に、突然でありながら、すんなりと登場してきた、ずんの飯尾和樹。主人公の奥田りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)たちが看護婦見習いをしている病院の用務員・柴田万作を演じるようだ。トレードマークの眼鏡がない姿にSNSでは「誰だがわからなかった」「忍法メガネ残しできないね」といった声が上がり、話題となっていた。加えて、放映中の連続ドラマ『田鎖ブラザーズ』(TBS系)にも出演と、今ではドラマで観ない日はないほどの飯尾。その俳優としての魅力について考えてみた。

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 「忍法メガネ残し」「ペッコリ45度」といったギャグでお馴染みのお笑いコンビ・ずんの飯尾和樹。俳優として認識されたのは、やはりドラマ『アンナチュラル』(2018年/TBS系)での好演だったであろう。本人も「あれからお芝居の仕事が少しずつ増えてきたような気がします」(※1)と語っており、転機となった作品だ。同作では、井浦新演じる上司・中堂系に、毎日のように「クソがっ!」とパワハラされ続ける臨床検査技師・坂本誠を演じた。同僚役には、石原さとみ、松重豊、市川実日子らが名を連ね、それぞれクセが強いキャラクターの中で、翻弄されつつも雰囲気を和ませる名バイプレーヤーとして頭角を現した。

 次に筆者が飯尾を俳優として認識したのは、『私の家政夫ナギサさん』(2020年/TBS系)だ。多部未華子演じる製薬会社のMR・相原メイと親しくしている薬品卸会社の営業課長・駒木坂春夫という役で、キャリアウーマンのメイにとって一服の清涼剤のような、和める「おじさん」を見事に演じていた。働く女性にとって、この精神的な軽い拠り所になる「おじさん」という存在にはリアリティがある。恋愛要素を感じさせず、それでいて同性とは違った独特のやさしさや頼り甲斐がある、お父さんとお兄さんの中間のような「おじさん」は、実は女性にとって貴重な存在だ。飯尾は、その絶妙な立ち位置の「おじさん」役がよく似合っていた。

 ちなみに飯尾は、インタビューの中で、「僕の場合は唯一、幼年期から18歳ぐらいまでの自分を一つだけほめてやれるとしたら、ジャニーズ事務所に履歴書を送らなかったこととバンドをやらなかったこと。自分の容姿に対して冷静な判断ができたということだけはほめてやりたいですね(笑)」(※2)と語っているが、やはりその親しみを感じさせる容姿も、女性にとっての安心感につながっているといえるだろう。

 『風、薫る』公式の役柄紹介では、柴田万作は「病院の中でりんたちが頼れる数少ない存在」とあるから、切れ者揃いの医者軍団とは違う関わり方で、りんたちを支えてくれる存在になっていきそうだ。

 一方で、近年の飯尾の俳優業には変化も見られるように思う。それは、「気のいいおじさんキャラ」ではない役柄も増えてきていることだ。コメディやお笑い要素のある人物としての出演は、そもそも芸人であることからお手のものだったともいえるのだが、映画『沈黙のパレード』(2022年)で、子どもを亡くした父親役を演じた頃からシリアスな演技も増えてきた。

 この映画で飯尾が演じた並木祐太郎は、商店街の住民から愛される料理店「なみきや」を営み、愛する2人の娘と妻と幸せな家庭を築いていた。しかし娘の佐織が行方不明になり、数年後に遺体で発見されるという悲劇に見舞われる人物だ。飯尾自身、「今回頑固な父親役で、普段の自分とは全く違う性格なので演じるのがとても楽しみでした。ただ普段のにやけ顔が抜けなくて、西谷監督からも『もう少し怒ってください』と注意を受けました(笑)」(※3)というように、今までとは違う意外な役柄だった。しかし、笑いを封印して父親の怒りと悲しみを表現した演技は力強いものとなり、飯尾はこの演技によって第65回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞することになる。

 『田鎖ブラザーズ』では、岡田将生と染谷将太が演じる田鎖真・稔兄弟の両親殺人と関わりのある人物・津田雄二を演じた。ノンフィクション作家として田鎖の父親を取材していたが、事件後に姿をくらまし、30年後に見つかるものの膵臓がんで瀕死の状態で、一言も言葉を発することなく死亡してしまう。飯尾は、もはやお笑い芸人であることを微塵も感じさせないほど陰鬱な表情で、この男を表現し切っていた。『アンナチュラル』から8年、『MIU404』(2020年/TBS系)、『着飾る恋には理由があって』(2021年/TBS系)、映画『ラストマイル』(2024年)と、新井順子プロデューサーと歩んできた、飯尾の演技者としての深化を感じた。

 ついにシリアスな作品までものにするようになった飯尾和樹。現在57歳と聞くと、少し驚くほどのベテランなのだが、いつも新鮮さを失わない存在感は、それでもやはり軸足がお笑いにあるからなのかもしれない。「この役をずん飯尾が?」というサプライズを、これからも期待したい。

参照※1. https://www.crank-in.net/interview/114109/2※2. https://bunshun.jp/articles/-/12067?page=3※3. https://eiga.com/news/20220918/5/(文=尾崎真佐子)