19歳が放った衝撃のメフィスト賞受賞作――五重の「作中作」に隠された、異世界の歴史を覆す驚愕の真実とは?
20歳の天才が仕掛けた「五重構造」の迷宮
作品のなかに作品がある入れ子構造を使ったミステリは、少なくない。だが、ここまで何重にも作中作が出てくる小説は、珍しい。第66回メフィスト賞を受賞した、市塔承の異世界を舞台にしたミステリ『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』のことである。
エリメは、「あなたに、この本を」と誰かに言われた気がして、実家で目が覚める。彼は三ヵ月以上も眠り続けていたのだった。神聖ニアニ共和国の首都ルッリの大学院で化学の研究に打ちこんでいたエリメは、結婚を誓い合った恋人ジアネの死を知らされたストレスで昏睡状態になっていたという。失神した時以来の記憶障害がまだ残っているようだが、彼は復学を決め、首都に向かう。その際、弟のキーが旅のお供にと渡してくれた本が、『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』だった。それは、神聖ニアニ共和国が神聖ニアニ王国だった時代に、女王に仕える宰相ミジリアが書いた小説だった。
エリメは化学を愛しているものの、歴史には疎く、共和国が現在の戦争を始めた原因も思い出せない。だが、彼は、渡された本に興味を持つ。前書きによるとそれは、女王の命により「王家の宝」の在処を物語にして記したものであり、暗号文書に類するものらしい。読み進めると、国で王家と並びつつ、それ以上の権力を持つ拝月教会の最高司祭の娘ミルイを主人公とする物語『本泥棒と少女』が、登場する。そのなかに国家軍の軍総司令官が書いた『ヒアヌビレの業績録』が、収められている。さらにそこにも、大学で歴史と宗教を学ぶレティーが、月神ニアニを崇める拝月教がどのように誕生したかを探索した記録『砂漠に残された真実』が、含まれている。そのなかにも、古代の石碑の文言や宗教の始まりをめぐる叙事詩が、出てくるのだ。
科学と宗教が交錯する、緻密な異世界ミステリー
この小説は、作中の複数の物語を行き来しながら進んでいく。作中作が書かれた本を読んでいる登場人物が「読みにくい」、「じゃあ読み飛ばす?」、「つまらないのよ」などと言い出したりするのが、笑いを誘う。特殊な構造の小説に接した読者の戸惑いを、彼らが代弁しているようでもある。だが、この小説の構造に読者は最初、困惑するだろうが、間もなく、実は理解するのがそれほど難しいわけではないと気づくだろう。どの物語も、時代は違っても神聖ニアニ王国と周辺を舞台にしている。この国では、拝月教会が王家を牽制しつつ、国民に横暴なふるまいをしてきたが、拝月教の正当性を疑い、教会に反抗しようとする集団も存在した。こうした大状況さえ把握すれば、作中作に書かれた過去は意外と受け入れやすい。
この長編には、権力闘争、聖地奪還を掲げた異民族との戦争、遺跡探索、暗号解読といった興味を引く要素が、たくさん盛りこまれている。外枠にはエリメが、記憶障害になる前になにがあったのかという謎もある。また、真っ二つに割れて並んだ文章の上半分しか読めない石碑、相手を眠らせる眠り粉、斬られた者の体に腐敗をもたらす剣など、異世界ファンタジーらしいアイテムが、いろいろ登場するのも好奇心を呼ぶ。
「市塔承」と著者の筆名には「塔」の字が含まれているが、作中には天界にいる神と接触できる高さを求めて作られたが、頓挫して放置された月神塔という建物も存在する。ただ、宗教が権威を持った国を描いた異世界ファンタジーだとはいえ、宗教の誕生を語った叙事詩のなか以外は、超常現象がたくさん出てくるわけではない。この小説は、科学的思考を重視したうえで様々な工夫を凝らしているのだ。
文学新人賞の多くが、書評家による予選と、作家による最終選考という形であるのに対し、メフィスト賞の選考は編集部が行うのが特徴だ。『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』の選考と受賞に関しては、編集部による「メフィスト賞2025年上期座談会」で読める。
それによると、当時の分量で400字換算900枚超あったこの大長編の著者の年齢は、応募時で19歳、受賞時で20歳だったという。その若さで、これだけ複雑な小説を書いていたことに驚く。投稿に際して著者自身がつけた作品のキャッチコピーは「幾重にも重なる物語と暗号、そして一つの真実」であり、なるほどその通りの内容になっている。選考座談会では欠点も指摘されていたが、本作を強く推していた編集部員「甲」は、「大げさなことを言うと、改稿に10年かかっても出したいですね」と熱意を語っていた。先に書いたように複雑な構成のわりに読むのがさほど難しくないのは、実際に約1年をかけて加筆修正した成果でもあるのだろう。
「継承と断絶」の果てに明かされる、残酷な真実
エリメは、王国から共和国に体制が移行して二百年以上が経った時代に生きている。未だに政教分離はなされず、この国では拝月教が力を持ち続けている。その現在にいる人間が、舞台となる時代に数千年の開きがあるような入れ子構造の物語群を読む。どこまでが史実でどこからが創作なのかわからない作中作を読み、相互の関連を見出して暗号を解く。そうして宝の在処だけでなく、隠された歴史の真実を暴いていく。異なる時代を背景とした作中作がいくつもある大長編だからこそ、いくつも層になった歴史の謎が解けるという快感がもたらされる。この長さは、歴史の厚みを表現するためには、必然なのだ。
作中作の登場人物のなかでも特に魅力的なのは、『本泥棒と少女』のミルイと、『ヒアヌビレの業績録』のヒアヌビレである。ミルイは拝月教会の最高司祭カッスィミという最高権力者の娘でありながら、宮殿に忍びこんだスラムに暮らす泥棒少年キレヴィアと仲良くなる。そんな彼女は、父や教会に批判的な思いを持っていた。一方、ヒアヌビレは国家軍総司令官の家系に生まれ、聖地奪還を命じられ異民族の征伐にとり組む。だが、同じ職責にあった父は、過去に王家と拝月教会に対して反乱を企て、失敗して処刑されていた。その息子であるヒアヌビレへの風当たりは強い。
ミルイ、ヒアヌビレは権力の側の人間だが、いずれも父のふるまいに反発や苦悩を抱いている。そのことが彼らに陰影を与え、単純ではないキャラクターにしているのだ。彼らをはじめ、作中作のそれぞれでは、様々な親子が描かれる。親に捨てられ、仲間と生きる少年。教会によって親からとり上げられた赤ん坊。親の地位を素直に継承しようとしている王族。親子関係における対立、継承、断絶は、私的領域における大問題である。もう一方でこの小説は、拝月教がどのように成立し、続いてきたかをたどり直す内容であり、巨視的に歴史をとらえるうえでも継承や断絶がどのようにあったかが、一つの注目点だ。そうした継承という共通問題がありつつ、私的領域と歴史的大問題がからみあうあたりも、物語のダイナミズムに結びついている。
この小説は、作中作をめぐる長い旅を経て、歴史の実態が露わになると同時に、現代を生きるエリメの記憶障害を起こすより前の出来事が明らかになる。ついに判明した国家の歴史の真実とエリメという個人の真実は、いずれもショッキングなものであり、苦いなりゆきが待っている。デビューの時点でこれだけスケールが大きく、私的感情の面でもインパクトが大きい作品を書けたことを高く評価したい。今後が期待される作家の誕生だ。
市塔承
2005年生まれ。2025年、投稿作『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』で第66回メフィスト賞を受賞し翌年4月同作でデビュー。
円堂 都司昭
千葉県生まれ。文芸・音楽評論家。
99年『シングル・ルームとテーマパーク 綾辻行人『館』論』で第6回創元推理評論賞を受賞。
09年『「謎」の解像度 ウェブ時代の本格ミステリ』で第62回日本推理作家協会賞評論その他の部門、第9回本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞。
