アルテミス2が持ち帰った画像やデータから、宇宙飛行士の健康や航空宇宙工学について何がわかるの?
息をのむような画像の印象が強いですけど、壮大な人体実験でもあるわけですね…。
NASA(アメリカ航空宇宙局)のアルテミス2が歴史的な10日間の飛行を終え、地球に帰還してからはや1か月近くが過ぎました。ミッションは現在、アルテミス2が収集した膨大なデータを科学者やエンジニアたちが分析する段階に入っています。
ミッションの間、NASAのReid Wiseman氏、Victor Glover氏、Christina Koch氏、カナダ宇宙機関のJeremy Hansen氏は、息をのむような美しい月を撮影し、宇宙飛行が健康に与える影響に関する画期的な実験を実施しました。
また、人類として宇宙のもっとも遠い場所までたどり着き、オリオン宇宙船として初めての有人飛行実験を完遂しました。
今回のGiz Asksでは、月科学、宇宙飛行士の健康、航空宇宙工学の専門家たちに、アルテミス2計画から何を学べるのかを質問しました。
彼らの回答は、今回のミッションが持つ計り知れない科学的価値を物語るものばかり。有人宇宙飛行能力の向上と、近くにある宇宙に関する知識を深めるために役立ちそうです。
Dorit Donoveil氏
ベイラー医科大学、カリフォルニア工科大学、マサチューセッツ工科大学で構成され、NASAから2億5000万ドル(400億円)の資金提供を受けている共同研究体である宇宙健康基礎及び応用研究所(Translational Research Institute for Space Health: TRISH)の所長。TRISHは、深宇宙ミッションで宇宙飛行士の安全と健康を守るための研究や技術に資金を提供。
アルテミス2の乗組員は、自身の幹細胞から作成した微小な組織チップを携行しました。AVATARと称するこの研究によって、NASAは10日間の微小重力と深宇宙放射線への暴露が各宇宙飛行士の組織(今回は骨髄のみをモデル化)に及ぼす影響について、ミニチュアのレプリカを用いて調べることが可能になりました。
各宇宙飛行士から作られたミニ骨髄チップに宇宙がどう作用するかを解析し、宇宙飛行士自身の血液細胞(骨髄由来)の変化と比較することで、深宇宙への暴露に対する宇宙飛行士の反応を予測するうえで、信頼できる指標であることを実証するのに役立ちます。TRISHは、各研究機関が一貫したヒト組織チップを製造できるよう、標準化を主導してきました。
また、TRISHはブルックヘブン国立研究所において、宇宙放射線環境を模した設備を使って、異なる臓器を対象にしたテストも実施しています。SENTINELイニシアチブは、宇宙飛行士が深宇宙ミッションに出発する前に、宇宙飛行士に由来する組織のチップでテストを行ない、潜在的な組織の損傷を予測するとともに、損傷を予防できる個別化された薬剤を特定することを思い描いています。
将来的には、がん治療やその他の疾患の治療を個別化するために役立つかもしれません。
NASAは、標準的な研究を通じて、宇宙への正常な適応とは何か、何が短期的または長期的な健康問題につながる可能性があるのかをより深く理解するために、人間が宇宙環境にどのように適応するかを標準化された方法で記録してきました。
平衡感覚、骨、筋肉、心臓、視覚、認知能力、免疫機能などの変化に関する標準化されたデータの大部分は、わずかながら、地球の大気によって宇宙放射線から保護されている国際宇宙ステーション(ISS)に滞在する宇宙飛行士から得られています。
アルテミス2の乗組員は、深宇宙放射線に暴露されたあと、「標準的な研究」に必要なデータを提供した初めてのグループです。
宇宙における健康問題を研究するコミュニティは、アルテミス2の乗組員の変化と、スペースシャトルの飛行任務を行なう宇宙飛行士など、同じ程度の時間を微小重力環境で過ごしながらも、大気圏の保護下にあった人々の変化を比較することで、深宇宙放射線と微小重力が人体に及ぼす影響について知見を得ることになります。
Julie Stopar氏
月惑星研究所の上級研究員。月の地質学および地表の進化に関する研究を主導。
アルテミス2は大きな成功を収め、なぜ人類が探査を続けるのかを示すインスピレーションの源となっています。同時に、空に浮かぶ古き隣人である月について、新たな視点をもたらしています。
ミッションの間、オリオン宇宙船と乗組員は、綿密に計画を立て、練習を重ねた撮影とリアルタイムの観測プログラムに従って、月の裏側を周回しました。その独自の視点から、皆既日食中の月の裏側や、地平線から昇る地球など、地球からは見られないような光景を捉えました。
アルテミス2には多くの目的があり、そのひとつは月面研究を前進させることです。地質学者の視点から言えば、持ち帰られた写真や乗組員の観察記録は、宇宙機の観測機器や地上望遠鏡を使った解釈に、人間ならではの重要な視点を加えるものだと捉えています。
たとえば、オリオンの飛行軌道のおかげで、太古の衝突が残した巨大な傷跡である衝突盆地に対する独特の視角と照明条件が得られました。同じ地形でも、新しい視点を加えることで、月に残された複雑な地形をもっと深く読み解けるかもしれません。
人間の目は、鮮明なコントラストだけでなく、わずかな変化にも非常に敏感です。ミッションの間、アルテミス2の乗組員は、火山地帯や衝突クレーターに関連する微妙な色の違いを報告しました。色の違いは、地表に存在する鉱物の違いによるものです。
たとえば、アリスタルコス・クレーターに関するリアルタイムの描写は、火山ガラスで構成された厚い表層があるという私たちの予想と一致しています。
アポロ計画以降、軌道周回機や地上望遠鏡によって収集されたデータの研究から、ガラスの存在は知られていましたが、アルテミス2の観測データが加わることで、新たな文脈をもたらします。
たとえば、ガラス質の堆積物の境界を特定したり、クレーターとの関係をはっきりさせたり、最も豊富で均質なガラス質堆積物を含むエリアを明らかにするのに役立つでしょう。
肝に銘じておくべき重要な点は、やはり自分の目で確かめることに勝るものはないということです。同時に、今後さらに理解を深めるには、より精密で質の高い科学的測定計測が必要となります。
アルテミス2号は大きな成功を収め、重要な科学的文脈と知見をもたらしてくれました。収集したデータからどんな新しい発見が生まれるのか、楽しみにしています。
と同時に、周回軌道や月面にさらなる観測機器を設置し、可能な限り多くのサンプルを地球に持ち帰るミッションにも期待しています。将来のミッションは、月の地質や表面に関する知識を次の大きな飛躍へと導いてくれるはずです。
Michael Lembeck氏
StarSense Innovationsの最高技術責任者であり、45年以上にわたる技術およびプログラム運営の経験を持つ航空宇宙産業の専門家。
2026年4月10日、アルテミス2の乗組員は、地球から40万6771km離れた場所への10日間の旅を終えて地球に着水しました。アポロ13号以来、人類が到達した最遠記録です。
乗組員と、彼らを支えた何千人ものエンジニアたちの勇気や献身、プロ意識は、心から称賛に値します。4人の乗組員を月周回軌道に送り込み、無事に帰還させる作業は決して当たり前ではなく、携わった人々は誇りに思うべきです。
といっても、アルテミス2の技術的な評価としては、最先端技術を推進したというよりも、既存の技術を検証したものということがわかります。
スペース・ローンチ・システム(SLS)は、スペースシャトル・メインエンジン(RS-25)や、1970年代の固体ロケットブースター技術の直接的な系譜を持つ打ち上げロケットです。
オリオン宇宙船の鈍頭型の構造は、アポロをほうふつとさせます。海上でのパラシュート回収でさえ、NASAが半世紀前に確率した手順を踏襲しています。
公平を期すならば、NASAはいくつかの現代的なエンジニアリングツールをプログラム構築に活用しました。
オリオンの運用支援には、デジタルツイン(仮想空間で実機を再現する技術)が用いられ、システム全体をデジタルモデルとして設計する「モデルベース・システム・エンジニアリング」がSLSコアステージの設計に反映され、高精度シミュレーション環境によって打ち上げ前の飛行ソフトウェアが検証されました。エンジニアリング手法における真の進歩であり、評価に値するものです。
問題は、そうした現代的なツールが何に対して適用されたかという点にあります。
数十年にわたる開発期間と数十億ドルの資金、21世紀のシステムズエンジニアリングというあらゆる手法を投入した結果として誕生したのが、ホーマン遷移軌道にたった27トンしか送り込めないロケットでした。これはサターンVロケットの半分に過ぎません。50年にわたる工学的進歩をへて、NASAはそれ以前のロケットよりも月への到達能力が低いロケットを製造したといえます。
アポロとサターンVのシステムは、1960年代の技術で単発打ち上げによる月面着陸を成し遂げました。現在のシステムにはそれができないのです。
アルテミス2が最終的に証明しているのは、洗練されたツールであっても、制約の多い政治的な思惑に動かされたシステムに適用されると、根本的な設計上の妥協を克服できないということです。
工学プログラムとして見ると、これは革新ではなく、組織の慣性を象徴する記念碑のようなものです。今後の本当の論点は、民間セクターが議論そのものを過去のものにしてしまう前に、NASAが「過去の検証」から「未来の構築」へと舵を切れるかどうかの一点に尽きます。
Cherie Oubre氏
NASAのヒューマンリサーチプログラムにおいて科学統合オフィスのプロジェクト科学者を務める。宇宙飛行の前後および飛行中に実施される人体の研究活動を統括。
アルテミス2はほんの始まりに過ぎません。NASAは恒久的な拠点を月面に築こうとしています。そうです。月面基地です! そのためには、人体が宇宙飛行にどう反応し、どう適応するかを正確に把握し、宇宙飛行の危険に対応する手法を開発する必要があります。
宇宙飛行士が月面基地を建設する際に、健康を維持しなければならないのです。アルテミス2で実施された健康に関する研究は、その取り組みの基盤を築くものです。
ISSでの滞在で人間がどう反応するかについては、ある程度把握していますが、ISSの居住空間が6部屋ある家くらいの大きさであるのに対して、オリオン宇宙船はキャンピングカー程度の大きさしかありません。
そこで考案したのが、アルテミス2の宇宙飛行士の一部にデバイスを装着してもらう実験でした。これによって、ミッション中の睡眠や運動、動作、光への暴露といった宇宙空間における行動面の健康を深く理解するための重要な要素を追跡できるようにしました。
また、宇宙空間における宇宙飛行士の免疫反応を記録する研究も実施しました。ストレス要因が体内のウイルスを再活性化させることがあるのをご存じでしょうか? 深宇宙だとどう作用するのかを解明したいと考えています。
アルテミス2の乗組員たちは、専用の特殊な紙を用いて唾液のサンプルを採取してくれました。唾液には、免疫や個人の微生物叢(体内に存在する微生物の生態系)に関する豊富な情報が含まれており、分析を進めてさらなる知見を得ようとしているところです。
アルテミス2の宇宙飛行士が地球に帰還したいま、MRI検査、眼科検査、採血、認知機能テストといった一連のデータを収集して、宇宙飛行前に測定した基準値と比較する予定です。特に、宇宙飛行士は、地球の重力下におけるバランス感覚や適応能力をテストする、いわば障害物競走のような課題に取り組んでいます。
こうした取り組みから、未来の宇宙飛行士が月面基地を建設する際、月面に着陸してからどれくらい早くミッションに不可欠な任務を遂行できるようになるかを把握したいと考えています。
Jim Head氏
ブラウン大学地質科学特別名誉教授。惑星進化および惑星地殻の形成と進化を研究。
私にとって最初の職場はNASAでした。アポロ月面探査計画(アポロ7号〜17号)の期間中、着陸地点の選定や宇宙飛行士の訓練、横断計画、ミッション運用などに携わりました。
惑星地球科学者として、惑星表面を形成・変形させる地質学的プロセスを研究し、惑星の歴史を理解するとともに、地球の歴史の空白を埋めることを目指しています。
私たちがこれからどこへ向かおうとしているのかを知るには、まずどこから来たのか、つまり、浸食やプレートテクトニクスによって大部分が消し去られてしまった地球の形成期や初期について理解する必要があります。
NASAの月周回無人衛星であるルナー・リコネサンス・オービター(IRO)やその他の衛星が取得したデータのおかげで、私たちは月について多くのことを知っています。多くの場合、これらの衛星は、アルテミス2計画よりもはるかに高い解像度で観測を行なっています。
しかし、照明条件や観測幾何学は絶えず変化しているため、科学者はアルテミス2のデータがもたらす独自の知見を慎重に研究することになるでしょう。
私は、太陽系で最も新しい衝突盆地であり、私たちの故郷である地球の初期の歴史を垣間見ることができる東の海(オリエンタル・ベイスン)に注目していきます。アルテミス2の乗組員が月食中に観測した一連の明るい衝突閃光(流星群だったのです。なんという偶然でしょう!)もまた驚くべき出来事でした。私たちは、その閃光の時に生まれたクレーターをLROによる画像のなかから探すことになります。
最後に、アルテミス2の画像から得られた最大のプレゼントは、月食のあとに月の向こうから三日月状の地球が姿を現す瞬間の畏敬の念と驚嘆の気持ちです。
アポロ8号の「地球の出」の画像がそうだったように、今回の光景もまた次世代の科学者やエンジニアにインスピレーションを与え、人類をさらなる高みへと導いてくれるはずです。
