石原裕次郎さんと深大寺の知られざる関係。住職が“今だから話せる秘話”を明かす
本日4月28日(火)の『日本探求アカデミックバラエティ 火曜の良純孝太郎』は、『プラチナファミリー 華麗なる一家をのぞき見』との合体2時間スペシャルで放送される。

『火曜の良純孝太郎』では、石原良純と小泉孝太郎のMC2人が東京・調布にある関東屈指の観光スポット“深大寺”を訪れる。
創建がおよそ1300年前と、都内では浅草寺に次ぐ古刹だが、昨年の参拝者数は約200万人。しかし、その人気は今に始まったことではないという。
そこで今回は、奈良時代の創建から現在に至るまで、深大寺が人々に愛され続けてきた理由に迫る。

住職によると、深大寺には飛鳥時代後期の作と思われる“東日本最古の国宝仏”釈迦如来像がまつられており、そのご利益にあやかるため、奈良時代から多くの人々が詰めかけていたとのこと。
飛鳥時代に像高80センチもの金銅仏を造るのは、現在で例えれば“JAXAがロケットを打ち上げるレベル”に匹敵する最新技術が使われたと聞き、2人も驚がく。
そんな貴重な釈迦如来像が当時、都のある奈良から400キロ以上離れた深大寺に運ばれてきたのはいったいなぜなのか?

普段はガラス越しにしか拝むことができない釈迦如来像を、今回は特別に至近距離で拝観するが、良純が思わず「見惚れちゃう…。歩みが止まってしまう…」と心を奪われた、飛鳥時代からほぼ変わらない“奇跡のような姿”とは?

また、鎌倉時代に深大寺の人気が高まるきっかけとなったのが、日本最大の肖像彫刻である“元三大師(がんざんだいし)像”。
元三大師とは、平安時代に実在した僧侶。京都で疫病が流行した際、鬼の姿に変身して疫病を退散したという逸話から厄除けとして信仰されてきた存在だ。

50年に一度しか開帳されない秘仏だが、今回は“御戸帳(みとちょう)”の架け替えという特別なタイミングが重なったことから、特別に拝観がかなうことに。
像高2メートル、強烈な目力を放つ元三大師像の大迫力に、2人は「すごい…こんなものがあるんだ」(良純)、「想像をはるかに超えました」(孝太郎)とひたすら圧倒される。

この巨大な元三大師像の造立には鎌倉幕府が関わっていたという説もあり、幕府と深大寺の知られざる関係を語る途中、住職が大河ドラマ『義経』(2005年/NHK)の加持祈祷シーンに出演したと話すと、良純も源範頼役、孝太郎も平資盛役で出演していたことが明らかになり、思わぬ接点に盛り上がって…。
◆“名物”深大寺そばに舌鼓!
さらに、2人は本堂の脇にある“五大尊池(ごだいそんいけ)”へ。
実は深大寺は、立川から田園調布にかけて30キロにわたって続く“国分寺崖線”という崖の縁に建っており、湧き水が豊富な場所なのだ。

この湧き水を使って作られるのが、名物“深大寺そば”。
三代将軍・徳川家光も鷹狩りの途中で立ち寄ってそばを食し、その味を絶賛。以来、幕府に毎年献上され、江戸時代も深大寺の人気がどんどん高まっていったそう。
2人は江戸時代の製法で作る山門前の老舗そば店で舌鼓を打つが、こだわりの逸品“手打粗碾(あらびき)そば”の味とは?

深大寺から湧き出た水は、良純の叔父・石原裕次郎さんをスターに押し上げた“日活映画”とも深く関わっており、“映画の街・調布”の発展にも大きく貢献したとか。
住職が今だから話せる裕次郎さんと深大寺の秘話を明かすほか、日活調布撮影所に今も残る裕次郎さん伝説のスポットを紹介する。

さらに、深大寺創建のきっかけとなった、水の神をまつる“深沙大王(じんじゃだいおう)堂”に参拝。
ここには引き裂かれた男女をカメが結びつけたという伝説が残っており、縁結びの神としても有名な場所だ。

実はこの直前、おみくじで大吉を引き、“良縁招福”のお守りも授かっていた孝太郎。
良純から「すべてつながったじゃん!孝太郎くんはここへ来るべくして来たんだよ」といわれたほか、住職からも「芸能ニュース、楽しみにしてます」と良縁成就を期待され、孝太郎は「カメさんがいれば…」と苦笑いして…。
