「日本の新幹線」海外展開が大苦戦…「独自の強み」が足を引っ張る「深刻な事態」

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新幹線の海外展開の状況が芳しくない。そもそも新幹線は、車両・施設・運用などの技術がセットになって総合的に能力を発揮するシステムだ。ところが、現在インドで建設中の高速鉄道では、その一部技術にドイツ企業が参画し、日本は不完全なシステムを売ることになった。本稿では、新幹線とiPhoneの類似性に着目しながら、その敗因を探る。  

新幹線の開発経緯に見る特殊性

まず、結論から言おう。新幹線の海外展開が苦戦している原因は、その特殊性を客観視せずに売り込もうとしている点にある。たとえ国内で優れた能力を発揮するものであっても、相手国が欲しがるものにならなければ売れない。それだけの話だ。

新幹線の特殊性は、利用者からは見えないところにある。ただ、開発された経緯をたどると、その特殊性が見えてくる。

ヨーロッパの鉄道には、日本の鉄道よりも先に高速化に取り組んだ歴史がある。たとえばフランス国鉄は、東海道新幹線の開業の9年前にあたる1955年に、331km/hという当時の鉄道世界最速記録を樹立していた。

ところがヨーロッパでは、日本よりも先に本格的な高速鉄道を生み出せなかった。鉄道への投資を渋ったからだ。当時は自動車や航空機の発達で鉄道が斜陽化し、「鉄道は消えゆくもの」という悲観論が語られた。

いっぽう日本では、1950年代から鉄道に投資し、輸送力増強を図る必要に迫られた。ヨーロッパよりも自動車や航空機の発達が遅れたため、鉄道が国内交通の主役を担い、産業をけん引していたからだ。

東海道新幹線は、日本の三大都市(東京・名古屋・大阪)を結ぶ鉄道の動脈(東海道本線)の別線として計画され、1964年に開業した。当時世界最速だった営業列車は、日帰り出張が可能なエリアを拡大し、急速な経済発展に貢献した。

それは、鉄道のイノベーションだった。ヨーロッパで語られた悲観論を吹き飛ばし、世界に高速鉄道網が拡大するきっかけをつくるインパクトがあった。

こう書くと「日本の高度な技術力の話が書いてない」と言う方もいるだろう。残念ながら、新幹線はローテクの塊で、個々の技術の多くには新規性がない。ただ、それらをかき集め、世界に前例がないシステムを構築した点は画期的だった。

JR東日本の会長や顧問を務めた山之内秀一郎氏は、自著『新幹線がなかったら』(朝日文庫2004年)の256ページで、新幹線の技術について「そのほとんどはヨーロッパの鉄道が開発した技術を日本流に改良したものである。独自に開発した技術はあまりない」と述べている。

ただし、その直後で次のようにフォローしている。「新幹線というコンセプトをつくり、短時間の間にシステムとしてまとめ上げ、実現してしまった技術は素晴らしい。これもひとつの技術なのである」。

この点は、新幹線を語るうえでの重要なポイントだが、広く知られていない。一般に語られる「新幹線は世界一」という価値観と合致せず、新幹線の安全性や信頼性(時間の正確さなど)の高さよりも抽象的なので、見過ごされている。

iPhoneと新幹線の類似点

ここで引用した「新幹線というコンセプト」という言葉は、わかりにくいと感じる方もいるだろう。そこで、iPhoneを例にして説明しよう。

iPhoneは、ご存じの通りAppleが開発したスマートフォンだ。価格はAndroidよりも高めで、スマートフォン全体におけるシェアは、世界で約3割、日本で約5割を占めている。これは、たとえAndroid端末よりも高価であっても、iPhoneに価値を感じる人が一定数いることを示している。

iPhoneが登場する前にも電話機能付き携帯端末は存在した。また、部品の小型軽量化を実現する技術もあった。筆者が技術者として携帯端末の開発に関わったころは、スマートフォンではなく、PDA(携帯情報端末)という名前を聞いていた。

ただ、Appleには独自性があった。一貫した思想に基づいて自社でiPhoneを開発した。Android端末のように、複数のメーカーが開発しなかった。つまり、あえて「閉じる」ことで、それまでの携帯端末になかった価値を創出したのだ。

これは、新幹線と似ている。先述の通り、ヨーロッパの鉄道には、新幹線誕生前に高速化に取り組んだ歴史がある。新幹線は、ヨーロッパの鉄道で実績がある技術の寄せ集めだ。

ただ、新幹線には独自性があった。これは、一貫した思想に基づいて開発したシステムで、従来の国内の鉄道(在来線)や海外の鉄道と互換性を持っていなかった。つまり、あえて「閉じる」ことで、それまでなかった高速鉄道の営業を実現したのだ。

この独自性こそが、先述した「新幹線というコンセプト」だ。東海道新幹線建設時に国鉄技師長だった島秀雄氏は、新幹線のコンセプトとして「3Sと3C」を示した(出典:『RRR』2014年10月4ページ)。「3S」はSafe(安全)・Speedy(迅速)・Sure(確実)、「3C」はCheap(廉価)・Comfortable(快適)・Carefree(心配のない)の頭文字だ。

新幹線の安全性や信頼性などの「強み」は、このコンセプトでまとめ上げたシステム全体で発揮している。つまり、新幹線を構成する要素はどれも欠かせないので、一部だけ抜き出すと、新幹線としての価値を出せない。たとえiPhoneのカメラ機能が評価されても、それだけ抜き出して製品化すると、ユーザーが価値を感じにくいのと同じだ。

ただし、iPhoneと新幹線には異なる部分がある。それは、世界に広がる汎用性を持っていたか否かだ。

iPhoneの場合は、多くの人がその独自性に価値を感じ、購入した。iPhoneは多様な言語や通信規格に対応し、ワールドワイドで使える汎用性を持っていたため、販路が一気に広がり、世界の携帯端末市場を一変させた。

新幹線の海外進出を阻む文化的な問題

いっぽう新幹線の場合は、多くの人がその独自性と成果に興味を示した。ただし、他国の人は同時に障壁を感じ、自国への導入に躊躇した。新幹線が特殊すぎるからだ。

新幹線は、すべての列車が独立した線路を走行するので、輸送力が増え、安全性と信頼性を確保しやすい。そのいっぽうで、線路の新設に莫大なコストを必要とする。日本は鉄道の旅客輸送需要がとくに高い国なので、他国のほとんどでは輸送力がオーバースペックだ。ヨーロッパを中心とする鉄道の国際規格に準じていないので、部品の調達先が日本メーカーに偏る。

つまり、新幹線は良くも悪くも特殊なのだ。日本の鉄道の条件に合わせてチューニングしたシステムなので、日本では能力を発揮しやすい反面、汎用性が乏しく、他国の鉄道の条件に合わせたアレンジがむずかしい。

だからフランスやドイツは、その「弱み」を突く高速鉄道を開発した。駅や線路などの既存の設備を活かすことで、コストを引き下げ、国際規格に準じることで汎用性を持たせた。

新幹線が抱える課題は、以上のような技術的なものの他に、文化的なものがある。筆者は鉄道を支える現場や当事者を20年以上取材し、日本の鉄道現場に特殊な文化があり、その背景に日本特有の「働き方」があると感じてきた。それらがなければ、列車の動きを秒刻みで管理できないからだ。

日本政府は、そのような技術と文化をセットにして新幹線を輸出しようとしている。実際インドの高速鉄道に関しては、車両製造やインフラ整備だけでなく、運転士養成などの運用ノウハウの供与で協力している。

当初インドでは、高速鉄道に新幹線方式を導入することが計画されていた。このため、たとえ新幹線がオーバースペックであっても、人口が世界最多で経済発展が著しいインドなら受け入れられ、日本のインフラ輸出の鍵となると期待された。

ところが、今のインドでは、新幹線としては不完全な高速鉄道ができようとしている。信号通信システムはドイツメーカー、一部車両はインドメーカーが関わることになった。日本は残りの車両・インフラ・運行ノウハウに関わるのみだ。

これによって、インドの高速鉄道はもう新幹線ではなくなり、その「強み」を発揮できなくなった。不完全になった経緯は、政治的要因も絡んで複雑なので、ここでは割愛する。

日本政府は、成長戦略のひとつとして新幹線などのインフラの海外展開を掲げていた。しかし、完全な新幹線を輸出できなかった損失は大きい。このままでは、日本はインドのパートナーではなく、サプライヤーになりかねない。

特殊性の「強み」と「弱み」

これまで述べたように、新幹線の特殊性には「強み」と「弱み」がある。両者は表裏一体の関係にあるので、どちらか一方だけで新幹線を語ることはできない。

ところが日本政府は、その「強み」ばかりをアピールしている。たとえば「国土交通省インフラシステム海外展開行動計画(令和5年版)」(2023年6月)には、日本の鉄道の強みにふれ、「高度な技術を結集してきたのが新幹線」と記されている。

こうした「強み」に執着し、「鉄道のイノベーションを起こした」という過去の成功体験にすがると、新幹線が持つ本質が見えなくなる。いっぽう筆者がこの記事で指摘した「弱み」を直視すると、オールジャパンで新幹線の海外展開に取り組むモチベーションを削いでしまう。この矛盾を、日本政府はどう考えるのだろうか。

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