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2027年春に卒業予定の新卒者を対象とした企業の採用説明会が2026年4月1日に解禁され、就職活動が本格的にスタートしました。新卒初任給を引き上げる企業の増加や就活早期化など、若い世代の労働市場が変化していく一方、心理学博士の榎本博明先生によると「興味がない」と言って仕事を断ったり、やりたい仕事しかしようとしなかったりする若手社員が増えているそうです。そこで今回は、榎本先生が彼らの心理と対処法を解説した著書『すぐに「できません」と言う人たち』から一部引用・再編集してお届けします。

【書影】与えられた仕事をしない人の心理と対処法を、職場の心理学の第一人者が解説。榎本博明『すぐに「できません」と言う人たち』

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なぜやりたい仕事しかしようとしないのか

最近は、配属された部署が自分の希望するものと違うと言って、人事部や総務部にクレームをつける新人もいて、周囲の人たちを慌てさせることがある。

あるいは、上司から与えられた仕事に対して、それは自分がやりたいことではないと言って拒否をする新人もいる。

その典型的なセリフが、

「そんなことをしたくて、この会社に来たんじゃありません」

というものだ。

かつての新人は、そんなわがままな自己主張はしなかったのに、いったいどうなっているのだと管理職や人事関係者はこぼす。だが、採用面接で、

「弊社に就職したら、何をしたいですか?」
「あなたはどんな仕事をしたいですか?」

などと尋ねられ、自分の思いを述べ、そして採用されたわけだから、「あの面接のときに希望を言ったのに、話が違うじゃないか」と不満をもつ新人の気持ちもわからないではない。

ただし、遊びや趣味とは違い、金銭報酬をもらうのと引き換えに労働力を提供するのが仕事なのだから、やりたいことだけやっていればいいというわけにもいかない。

さらに言えば、やりたい仕事にこだわるあまり、仕事の幅を広げられないということもある。

このようにやりたい仕事にこだわりすぎる傾向には、学校のキャリア教育で盛んに行われている「好きなこと探し」の影響が、色濃く反映されていると考えられる。

キャリア教育の「好きなこと探し」の弊害

上司から仕事を頼まれた際に、

「私、そういうことには、あまり興味がないんです」

といった反応をするというものがあった。

「自分は興味がない」と言って与えられた仕事を断る。上司から仕事を振られた際に、自分が興味あるかどうかで引き受けるかどうかを決める。このような、かつてなかった反応に困惑する上司の気持ちはよくわかる。

なぜ自分の興味がないことはしなくてもいいと思うのだろうか。

好きなことをしていれば楽しい。それは当たり前だ。好きでないことをするよりは好きなことをしていたい。好きでないことを頑張るのは難しいが、好きなことなら頑張れそうな気がする。だれだってそうだろう。

だからといって、好きなことしかやる気になれない、好きなことしか頑張れない、ということでいいのだろうか。

遊びなら好きなことだけしていればいいし、部活動なら好きな活動を選べばいい。でも、好きなことしか頑張れないというのでは、職業生活を乗り切っていくのは難しい。

そもそも好きなことだけして生きられる人がどれだけいるのだろうか。そう考えると、キャリア教育で行われている「好きなこと探し」に意味はあるのだろうか。

非現実的な夢に引きずられる

キャリア教育では、しきりに「好きなこと探し」をやらせている。好きなことと言われてもすぐに思いつかないことが多いため、「自分が好きなことは何か」を自己分析させたりする。

さらには「好きなことを仕事にしよう」などと言って、「好きなこと探し」を職業選択に結びつけてみるように促す。

自分はどんなことが好きなんだろうと考えてみるのはよいが、そこで思い浮かべた好きなことを仕事につなげることが、はたしてできるのだろうか。

たとえば、演劇が好きだから俳優か舞台監督になる、落語が好きだから落語家になる、野球が好きだからプロ野球選手か球団運営者になる、音楽が好きだから歌手か楽器演奏者か作曲家になる、などと考えるのは簡単だ。しかし、現実に就職先を決める際には、そんなふうに短絡的に考えるだけではすまない。

そうした好きなことは、趣味として十分楽しめるはずである。趣味を大事にして生きるためにも収入を確保する必要がある。収入がなければ、趣味を楽しむ余裕もできない。好きなことを楽しむために、とくに好きというわけでもないけれども自分にできそうな仕事に就く。そのように考えるほうが現実的であり、実際うまくいくのではないだろうか。

「好きなことを仕事にしよう」といったメッセージに踊らされると、非現実的な夢に引きずられて、結局就職がスムーズにできず、きつい思いをすることにもなりがちだ。

また、「好きなことを仕事にしよう」というメッセージにとらわれることで、「好きなことしかしたくない」「楽しいことしかしたくない」という心がつくられるということもある。

そのせいで「仕事が楽しくない」といってすぐに辞めてしまう若者が増えている。だが、そうやって組織を飛び出しても、楽しくてしようがないような仕事がそこらに溢れているわけではないため、結局路頭に迷うことになりかねない。

冒頭に示した、そういうことには興味がないからといって与えられた仕事を拒否するような事例も、そうしたキャリア教育のメッセージが心に刻まれたために生じたものといえるだろう。

やりたい仕事が見つからず、焦る学生たち

学生たちの中には、「やりたいことが見つからない」と悩む者も少なくない。私が自己分析を専門のひとつとしていることもあって、「好きなこと」が見つからないと悩んだり焦ったりしている学生が相談に来ることもある。

「自分の好きなことがまだ見つからないので、もっと真剣に自分探しをして、好きなことを見つけたいと思います」


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「キャリアの時間に毎週好きなこと探しをしているんですけど、いくら自己分析をしても好きなことが見つからないんです。どうしたらいいんでしょうか?」

「私は、前からそうでしたけど、好きなことがなくて、こんな状態だとちゃんとした就活っていうか、納得のいく就職ができないと思うので、何とか頑張って自分の好きなことを見つけなくちゃと思っています」

このような学生の声を聞くにつけ、どうも違和感が拭えない。

「だから、今年は就活をやめて、じっくり考えてから、来年仕切り直したいと思うんですけど……」

「こんな中途半端なまま就職して、後悔したくないし……」

というように、「好きなこと」が見つからないから留年して就活を1年延ばして、もっと真剣に「好きなこと」を探したいという学生までいる。

何としてもやりたいことを探さなくてはいけないといった強迫観念に足を引っ張られているとみてよいだろう。「やりたいこと探し」にはまってしまったせいで、多くの若者が就職の機会を失っていく。

「やりたいことを見つけよう」というメッセージが、意外に多くの若い世代を苦しめているのである。

やりたいことはなくてもいい?

「やりたいこと探し」というと、いかにもポジティブで良いことのように感じてしまいがちだが、そんなに大事なことだろうか。

たとえば、やりたいことが5年前や10年前と変わっていないという人は少ないのではないだろうか。そうであれば、今やりたいと思うことがあったとしても、5年後や10年後に、相変わらずそれがやりたいことである保証はない。

それに、やりたいことというのは、必死に頑張って探すようなものではないはずだ。いくら自分の衝動を抑え込もうとしても抑えきれず、そっちに走ってしまう。それがほんとうの「好きなこと」なのであって、まだ見つからないからといって頑張って探すようなものなど、けっして「好きなこと」ではない。

このような視点を交えた、キャリア心理学に関する授業の後で学生たちが書いた10分間レポートをみると、そうした学生の日頃の葛藤と気づきがよくわかる。

「私は、やりたいこともないし、これをしたいという仕事もないし、周りの人たちがこういう仕事がやりたいってはっきり言っているのを見て、やりたいことがない自分はおかしいのかと思い、自信をなくしていました。こんなことでは就職なんてできるわけないと思って、落ち込みがちでした。今日の授業でやりたい仕事がなくてもいいと聞いて、ちょっと安心しました。自信喪失から脱出できそうな気になれました」

「できることや経験が増えるとやりたいことが変わる、やりたいことや好きなことは頑張って探すものではなく頑張った先に出てくるものなのではないか、っていう先生の言葉が心に響いた。これまではやりたいことも好きなことも見つからず進路に悩んでいたが、そんなことにとらわれずに動いてみようと思った」

「やりたいことが見つからないなら、無理に探そうとしなくてもよいのではないか、という先生の言葉には、とても感動しました。今、まさに、自分はやりたいことをいくら探しても見つからない状態で、とても不安でした。でも、先生の言葉を聞いて、無理に探そうとせずに、いろんな経験をしていけばいいんだと思えて、気持ちが楽になりました」

これほどまでに若者たちは「好きなこと探し」の教育に振り回され、苦しめられているのである。

キャリア教育で「好きなこと探し」をしつこいくらいやらされて、それでも「好きなこと」「やりたいこと」が見つからず、焦りが募り、自信をなくし、自己嫌悪に苛まれていたけれども、「好きなことなんてなくてもいい」「やりたいことが見つからなくてもいい」「縁あって、たまたまやることになった仕事に全力を尽くせばいい」「やっているうちに楽しいと思えることもある」と聞いて気が楽になった、救われたという学生があまりに多いのに驚いた。

このような学生たちの声を聞いても、どうも見当違いなキャリア教育が行われているように思えてならない。しかも、「好きなこと探し」を中学生の頃からずっとやらされているという者もいて、これでは就職するのが不安になり、自信をなくしてしまうのも仕方ないだろう。

「好きなこと探し」をしつこいくらいやらせて、「好きなことを仕事にしよう」といったプレッシャーをかけるキャリア教育の弊害は非常に大きいのではないだろうか。

好きなことしかしたくないといった心も、そうした教育のもとで醸成されていると思われる。

※本稿は、『すぐに「できません」と言う人たち』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。