(※写真はイメージです/PIXTA)

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佐久間均さん(仮名・61歳)の父親は質素倹約を絵に描いたような人でした。その父が急逝し、残されたノートから金融資産5000万円が発覚。しかし口座の詳細は一切不明で、手続きは困難を極めました。さらに、やっとの思いで手にした遺産が、佐久間さんの人生を狂わせます。相続の落とし穴を事前に知っておくことが最善の防御策。青山創星氏が詳しく解説します。

質素な父が死去、遺品整理で見つかった「信じられないメモ」

佐久間均さん(仮名・61歳)は、再雇用で働く会社員。50代までの年収600万円から350万円に下がりました。貯金は当時1,000万円もなく、妻と二人、老後資金に漠然とした不安を抱える日々。独立した息子と娘はそれぞれ家庭を持ち、頼れるのは自分たちの蓄えだけでした。

そんな佐久間さんの父親は、母が亡くなって以来、賃貸マンションで一人暮らしを続けていました。「お金は使わず貯めるもの」が口癖で、スーパーでは閉店間際の値引き品を狙い、冬でも暖房は18度。電気代の請求書を見ては「今月は少し使いすぎた」とつぶやくような、徹底的な倹約家でした。

その父が、85歳で急性心筋梗塞により急逝。一人息子である佐久間さんは、葬式の手配やマンションの片付けに追われました。遺品整理をする中で、机の奥から見つかったのが、父の手書きのノートでした。

そこに記されていたのが、銀行預金と複数の証券会社の名前と、資産額らしき数字のメモでした。計算すると、およそ5,000万円。「こんな大金、本当にあるのか?」--あの質素な暮らしぶりからは想像もつかない金額です。

しかし、問題が起きました。銀行通帳は見つかりましたが、証券口座のログイン情報はどこにも見当たらないのです。佐久間さんは、金融機関名を頼りに4つの証券会社と3つの銀行へ問い合わせ。戸籍謄本を集めて回ること3ヵ月。金融機関ごとに異なる手続きに振り回されながら、ようやく全資産が判明しました。

4社の特定口座、一般口座、NISA口座に国内株式、米国株式、投資信託、日本国債。3つの銀行には預金と投資信託。相場が好調だったこともあり、資産額はノートに書かれていた金額を上回り、5,000万円超になっていました。

想像以上に重い手続き…驚く父の「まさかの過去」まで判明

父の資産を引き継ぐ手続きを始めましたが、知らないことばかりでした。証券口座の相続には自分も同じ証券会社に口座が必要です。父の特定口座は「源泉徴収なし」だったため、現金化すると譲渡所得の確定申告も必要になります。

さらに「改製原戸籍」という書類が必要と判明します。相続人を漏れなく確定するためには、父の出生から死亡までのすべての戸籍を遡る必要があったのです。この作業の過程で、実は父が養子だったという事実まで判明しました。自分のことを多くは語らなかった父に、思いを馳せることになりました。

相続税の申告・納付は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10ヵ月以内が期限です。仕事をしながら、期限内にこれらを終わらせるのは、想像以上に大変な作業だったといいます。

相続税だけ考えればいいと思っていた佐久間さんは、資産の売却でも思わぬ税負担に直面します。特定口座の株式は父の取得費をそのまま引き継ぐため、長年の値上がり分すべてに課税されました。一方、NISA口座の資産は相続時に課税口座へ移され、その際の取得費は死亡日の時価に引き継がれます。そのため、相続後すぐに売却すれば、税負担はほとんど発生しません。

「生前に聞いていれば、売る順番を考えられたのに」

佐久間さんは悔やみました。 後に税理士から「相続した株式を相続開始から3年10ヵ月以内に売れば、納めた相続税の一部を取得費に上乗せして譲渡所得税を減らせる特例(取得費加算の特例)がある」と聞かされました。

結局、税金で数百万円を差し引かれることに。知っていれば売却の段取りも変わっていたはずです。知識がなかった代償は、決して小さくありませんでした。

暴走する金銭感覚、壊れゆく夫婦

税金で目減りしたとはいえ、手元には4,000万円以上の資産が残りました。さらに、元々貯めていた貯金もあります。

ここで終われば、苦労をしながらも父の資産を無事に引き継いだ、老後も安泰……それで済んだはずです。ところが、佐久間さんにまさかの変化が起きました。

大金を手に入れて老後の不安が消えた佐久間さんは、「もう働く必要はない」と再雇用の仕事を辞めてしまいます。そして、500万円を超える車を買い、身なりにもお金をかけるように。また昔から興味があったカメラなど趣味にお金を費やすようになりました。

また、父の資産を見たことで株に興味を持ち、短期売買を始めます。ところが、知識が乏しいまま始めた取引で成功するはずもなく、半年で600万円を失いました。さすがに投資からは足を洗いましたが、「まだまだ金はある」と、反省の様子はありません。

一方、最初は相続によって豊かになったことを喜んでいた妻。夫婦で旅行や外食、買物にも行きました。しかし、佐久間さんの金銭感覚の変化の大きさに、徐々に怖さを感じるようになりました。

「あなた、人が変わってしまったよう」と、涙を零すことも。帰省した長男からも「親父、どうしちゃったの。変わったな」と言葉をかけられます。

自分の変化に気付いていないのは、佐久間さんだけでした。

3年後、減った資産と見つかった父からの手紙

それから3年後――生活費や贅沢により、父から引き継いだ資産は半分以下の約2,000万円まで減っていました。さらに、夫婦でお金をめぐる口論が絶えず、食卓に会話はなくなっていきました。せっかく受け継いだ資産は、安心や幸福につながることもなく、ただ消えていったのです。

そんなある日のことでした。父の遺品整理の際に必要なもの以外は処分していましたが、書類や愛読書など、大きな段ボール1つ分だけは自宅へ持ち帰っていました。それを「場所を取るから」と、もう少し小さな箱に移し替えようと整理していたとき。一冊の本を抜き取った拍子に、薄い封筒が床に落ちました。

中に入っていたのは、1枚の手紙。葬儀は簡素でいいこと、金融機関のリストと共に、手間でも金融機関に連絡を取ること。そして、「お金は家族のために大切に使ってほしい」と書き添えられていました。

「本なんかに挟んでちゃダメだろう、父さん」……そう呟きながらも、佐久間さんは気づきました。自分が失いかけていたのは資産ではなく、父が守ろうとしていた「家族そのもの」だったのだと。

資産相続で家族を守るために

佐久間さんが家族との絆を取り戻せるかは、彼自身のこれからの心掛け次第でしょう。今回の佐久間さんの体験から学ぶべきポイントは以下の通りです。

●事前の情報共有:証券口座の詳細(会社名・口座番号・ID)は家族と共有し、遺言書か財産目録を作成しておく。

●資産の目的を伝える:なぜ築いたのか、どう使ってほしいのかを明確に伝えておくこと。

●段階的な相続対策:生前から少しずつ資産について話し合い、110万円の暦年贈与枠も活用する。ただし、2024年1月以降の贈与については、相続前加算期間が7年に延長されていることに注意が必要。

● 金銭感覚の維持:大きな相続があっても、基本的な生活スタイルは急に変えない。

● 専門家への早めの相談:相続手続き、資産運用、取得費加算の特例、小規模宅地等の特例の活用などは専門家に相談を。

60代の皆さんにとって、この話は決して他人事ではありません。子どもを本当に思いやるなら、やるべきことはシンプルです。財産の全体像を一覧にまとめ、口座情報やパスワードはできれば紙に書き出して、それを共有しておくこと(その紙の管理は厳重にすること)。

そして、その財産をどんな想いで築き、どう使ってほしいのかを、言葉にして伝えておくこと。この二つがあるだけで、遺された家族は手続きに迷わず、お金の使い道を慎重に考えるはずです。誰にとっても準備は早すぎるということはありません。今日から始めることが、家族への最大の思いやりです。

ファイナンシャルプランナー
青山創星