「シーソーがガタンと傾く、瞬間」とは…「廃業」について元芸人たち19人が語ったドキュメント

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メジャーになれる人は0.01%にも満たない

「僕が学生の頃は、心斎橋筋2丁目劇場っていうのがメチャクチャ人気のあった時代で。キャリア3〜4年目の芸人がバンバンテレビにも出ていて、僕と歳の変わらないような人たちが学校の放課後の延長みたいにワーワー自由にやってて、女の子にもキャーキャー言われてて。なんて華やかで楽しそうな世界や……って、憧れて芸人になりました。でも、そうやって脚光を浴びられる芸人はほんの一握りなんですよね」

そう語るのは藤井ペイジ氏(53)。吉本の養成所・大阪NSCに13期生として入り、『爆笑オンエアバトル』(NHK、1999〜’09年)などでも活躍していたお笑いコンビ『飛石連休』のツッコミ担当だ。養成所の同期は約300人。そこには『次長課長』『野性爆弾』『ブラックマヨネーズ』、徳井義実(『チュートリアル』)、チャンス大城なども。「いまも残っているのは10人ちょっと、それでも多いほう」(藤井氏、以下コメントはすべて)だという。

現在のテレビには、バラエティ番組や情報番組などさまざまな形で多くのお笑い芸人が出演している。だが、舞台での活動を含め、日本全国・老若男女にまで名前が届くくらいメジャーになれる人は、「恐らく0.01%にも満たないでしょう。お笑いで稼ぐギャラだけで生活ができるようになれる人でさえ、0.1%もいるかどうか……」というのが実際のところだ。

藤井氏は、現在もコンビでの活動をしながら、自身のYouTubeチャンネル『ペイジちゃんねる』で動画も配信している。その中の人気企画「辞めた芸人に話を聞こう」は、そのタイトルの通り、元芸人に辞めるまでの経緯や、当時の想いなどをインタビューしたものだ。

登場するのは作家やコメンテーターとして活躍している野々村友紀子氏、現在は沖縄に移住した元『ザブングル』の松尾陽介氏、脚本家・演出家として活躍する元『カリカ』のマンボウやしろ氏、現在は児童発達支援の仕事に携わっている元『ピスタチオ』の小澤慎一朗氏など。総勢60人以上の中から19人の話を抜粋し、追加取材・加筆・修正をしてまとめたものが、『芸人廃業 ダウンタウンになれなかった者たちの航海と後悔』(鉄人社)という書籍となった。

芸人になった者のほとんどが夢叶わず辞めて去って行くのが当たり前の世界。しかし「中には、仲間からは天才と言われていたり、劇場の天井が落ちるんじゃないかというほどの爆笑を取っていた芸人たちもいた」という。

芸人を廃業した人たちに話を聞こうと思ったのには、どんなキッカケがあったのだろうか。そこには、ある元芸人の存在があった。

「シーソーが傾いた瞬間」を言語化

「『フォークダンスDE成子坂』さんです。あの人たちは、僕が東京で活動を始めた頃にはもう解散されていて、ボケの桶田敬太郎さんは芸人を辞められていました。お会いしたことはなかったのですが、お2人を知る人たちはみんな口を揃えて、『桶田は天才だ』と言っていたんです。(だったらなんで辞めたの?)と、心の片隅でずっと気になっていました。

相方の村田渚さんはコンビ解散後にピンになって、のちに『鼻エンジン』というコンビを組むんですけど、『M-1グランプリ』で準決勝に進んだり、結果を残しつつあったんですよ。でも、これからっていう’06年にご病気で急逝されたんです。さらに桶田さんも数年前にご病気で亡くなられて……。結局、僕の聞きたかったことって、永遠に聞けないままになってしまったんです。

そうこうしているうちに、自分はお笑いの世界で結果を残せないまま年齢を重ねてしまって、仲の良かった芸人たちがポツポツと辞めていくようになって。ちょうど自分の始めたYouTubeチャンネルが伸びずに悩んでたところだったので、その中の企画としてやってみようと思ったのが動機の1つです」

藤井氏は親しかった元芸人たちに実際にインタビューをして、自身のYouTubeチャンネルにアップしてみたという。本書には登場しないのだが、最初にインタビューしたのは『R-1ぐらんぷり』で決勝に行ったこともある元ピン芸人で、作家に転身した大輪教授(大輪貴史)氏で、2人目が漫才コンテストだった時期の『THE MANZAI』(フジテレビ)で決勝にも進んだ『エレファントジョン』というコンビの森枝天平氏だった。

「実際に話を聞いてみたら、これ面白いな……って。大輪教授はピン芸人なので、芸人を続けるか続けないかの線引きは自分ひとりでの決断なんですよね。彼は既婚者なので、当然奥さんへの配慮などはあったと思うんですけど。一方でエレファントジョンの森枝はコンビだったので、そこには一蓮托生である相方への想いもあった。自分が辞めるっていうことは、相方の仕事もゼロにしてしまうことでもあるので。それぞれに悩んだりするところや、決断のポイントが違っていたんです」

藤井氏がお笑いの世界に入った頃は、「30歳までに売れなければ辞めたほうがいい」という風潮があったそうだ。年齢的なリミットは辞めるという決断をより難しくさせたに違いない。

「芸人をやり続けたいという想いと、先が見えないという現実ってシーソーのようになっていると思うんです。ある瞬間にそのシーソーが、『廃業』にガタンと傾く……そんな瞬間を本人の口から言語化して聞かせてもらうなんて、なかなかできなかったじゃないですか。

大輪教授もエレファントジョンも、どちらも最後のライブを観に行って、その後の打ち上げにも行ってたんですよ。当然、『なんで辞めるの?』なんて話にもなったんですけど、『まぁまぁ、いろいろね……』っていう感じでした。芯の部分は濁すというか。きっとそこでは言いにくい話もあったと思いますし。でも時間が経ち、改めて話を聞く機会を設けてみたら、当時の想いを咀嚼してすごく丁寧に聞かせてくれたんです。それがすごく面白くて」

「芸人であること」へのこだわり

『芸人廃業』には「年齢・収入」と「生活」とのせめぎ合いに加え、相方との関係、ついて回るネタ作りの大変さなど、廃業に至るまでの19通りの葛藤と苦悩、そしてそれぞれが考える“芸人”とは何なのか……が描かれている。

「舞台に上がって、ネタをやって、笑ってもらうって、この上ない喜びと気持ち良さがあるんです。やっぱりよく言われるように“麻薬的”ですよね。元『アームストロング』のくりくんは〈笑い声が『ドンッ!』とこっちに届くあの感覚は、セックスよりも気持ち良い〉って言っていました。まあ人にもよるかもですけど(笑)、最高に気持ち良いことは間違いないです。それを知ってしまうと、やはり簡単には辞められない。そしてそれを味わうためには、芸人として舞台に立ち続けないといけないので」

一方で「『芸人の肩書を下ろしたら、すごく楽になった』と何人かの元芸人が言っていた」ともいう。「芸人であるためには……」という縛りも、芸人を苦しめるようだ。

元ピスタチオの小澤氏の〈芸人って名乗ってたら、やっぱりネタをしなくてはいけない〉〈芸人として売れたくなくなったんだから、芸人って名乗っていると、芸人さんに失礼〉という言葉には、現役の芸人へのリスペクトはもちろん、同時にどこか後ろめたさを含んでいるようにも感じてしまう。

「芸人だったらどうあるべきか、何をすべきかは、自分で決めればいいと思います。僕は芸人だけでは食っていけてはいないですが、芸人という肩書にしがみついていたい。周りの面白い芸人たちと対等に話をしていたい。

僕個人の感覚ですが、“元芸人”になると、そうではなくなってしまう。芸人を辞めても、みんなと繋がりが切れるわけじゃないんですけど、対等ではなくなる気がするんです。(ああ、自分は辞めたんだな……)って、瞬間瞬間で思ってしまいそうで。あくまで僕はですが」

そんな藤井氏自身は“芸人廃業”を考えたことはなかったのだろうか。

辞めた後だからこそ気づける感情

「辞めなきゃならないかも……と思ったことはありましたが、それでも芸人を自分から辞めようと思ったことは一度もないんです。辞めて他の仕事に就いたとしても、きっと後悔しそうで。まぁ、コンビを続けられている理由の1つには、相方の岩見が、“解散しよう”って言わない……っていうのも大きいですね(笑)。

彼が辞めちゃうと漫才できないので。もちろんお笑いを続けている以上は、いつか、いま売れている同期たちと肩を並べて一緒に仕事をしたいと思っています」

本書に登場する元芸人たちの言葉で藤井氏の印象に特に残っているものを問うと、野々村友紀子氏の〈当時は頑張っているつもりだったけど、全然頑張れていなかった〉という言葉と、くり氏の〈死ぬ気でやろうって思っても、なかなかできない。そのスイッチの入れ方って本当に難しいじゃないですか〉だという。どちらも後になってからこそ気づける感情だ。

望んで身を置いた場所から、さまざまな理由でそこを離れるとき、「全力を尽くせていれば……」と自省する瞬間は、何も元芸人たちばかりではなく、他の仕事にも通じるだろう。

「この本にはそんな話がたくさん入っています。でも、決して元芸人の愚痴や後悔ばかりを詰め込んだ本じゃないんです。人生を懸けて大きな夢に挑んで、夢叶わずに挫折した人たちが、再び立ち上がる姿を描いたリアルで前向きなドキュメンタリーです。

お笑い好きの人にはもちろんですが、あまりお笑いに詳しくない人でも分かりやすいように注釈もたくさん入れました。何気ない会話の中にも、さまざまな状況に置かれている人に刺さる言葉がたくさん載っていると思います。1人でも多くの人に届けば嬉しいです」

『芸人廃業 ダウンタウンになれなかった者たちの航海と後悔』藤井ペイジ(飛石連休)・著/鉄人社(https://amzn.to/3MjYSIR)