上野公園に集まったイラン人たち(91年)

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 昨年11月に摘発されたイラン人の薬物密売組織――。警察が押収したのは、アメコミやゲームのキャラクターが型取りされたシャブ玉(覚醒剤錠剤)約5万錠に、覚醒剤約40キロ、アヘン約10キロ、コカイン数キロといった大量の違法薬物だった。逮捕された彼らは根城にしていた静岡県富士市のヤードで、薬物の密輸・製造・密売に手を染めていたとみられる。1990年代にはイラン人グループが変造テレフォンカードや違法薬物を密売し、社会問題となった。では、なぜいま、大規模なイラン人密売グループが出現したのか。筆者は当時、マトリの捜査官として情報収集と捜査に当たった。現場経験と知見を基に、今般のイラン人グループによる事件を解説したい。一問一答形式で筆者の見解を紹介しよう。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】

 第2回【90年代に変造テレカや違法薬物を売る“イラン人グループ”が公園を埋め尽くした理由…最高視聴率62.9%「日本の国民的ドラマ」がイランで大ヒットした影響も】からの続き。

上野公園に集まったイラン人たち(91年)

【写真】誰もが知るハイブランドのロゴに、人気ゲームのキャラクターが描かれて…ラムネやキャンディにしか見えないが、実際は違法薬物の錠剤

押収されたカラフルな覚醒剤の錠剤には、どうしてアメコミやゲームのキャラクターが型取り・刻印されているのか

 逮捕時に、「使用への抵抗感を薄める狙いがあったとみられている」と報じられていたが、まさにその通りだ。5万錠にのぼるカラフルなキャラクター錠剤(以下、カラキャラ錠剤という)が押収されている。重量はおそらく1錠あたり250〜350ミリグラム、中身の覚醒剤量は50ミリグラム程度だろう(筆者の経験上)。色は、オレンジ、ブルー、ピンク、紫、黄緑、黒など。刻印または型取りされたキャラクターは、スーパーマン、スパイダーマン、マリオ、ワリオ、侍、ピエロだったようだ。

 ラムネやキャンディー、チョコレートなど、スーパーの棚に並ぶ菓子類には多様なキャラクターが描かれている。それを子どもや若者が「かわいい」と感じて購入するわけだが、これがドラッグの錠剤ならばどうだろうか。当然、キャラクターの使用許諾など得てはいないが、馴染みのあるキャラクターを目にすることで、買い手の危機意識は明らかに低下するのだ。実際、深夜のクラブで「これ、ハッピーになれるよ、アニメの世界に行ける」と勧められて錠剤を飲んでしまう若者は少なくない。海外では年端も行かない子どもたちがお菓子と勘違いして食べてしまい、救急搬送されるケースも頻発している。

 結局、国際薬物犯罪組織による“ビジネス戦略”なのだが、あまりに酷い話だ。未成年者が引っかかるように、トラップ(罠)を強化したとしか思えない。薬物使用を継続すれば大半の人は依存に陥る。組織からみれば顧客がついた、リピーターを獲得できたということになる。新規顧客を開拓して、固定化させていく。許せない話だ。

 20年以上前の話になるが、欧米でMDMAブームが到来した際に、ヨーロッパの密造組織が丸く白色の錠剤以外に、淡いピンクやブルーの錠剤を製造し、そこに著名なハイブランドのロゴを打刻した。カルバンクライン、ルイ・ヴィトン、シャネル、ローレックス等々……。三菱の王冠も見かけるようになった。無論、企業には断りなしだ。これが爆発的にヒットし、MDMAと言えば“ブランドロゴ錠剤”とのイメージが根付いた。

 そして、このMDMAをかつてのイラン人組織が日本に広めたわけだ。彼らは2〜3錠を1パケにして「安いよ。1万円だよ。おまけするよ」と口にしながら積極的に販売していた。その後、菱型や三角型が出現する。この頃になると、MDMAを模した覚醒剤錠剤も増えてきたとの記憶がある。さらに12〜13年前には、欧米で有名キャラクターを型取ったカラキャラ錠剤が出現し、一気に拡散して行く。筆者が最初に見たのはオレンジ色のワリオで、5〜6年かけて日本でも定着したように思う。今回の新イラン人組織は、海外で知識と技術を吸収したのだろうが、富士市のヤードでこうしたカラキャラ錠剤を密造していたことになる。

イラン人グループは違法薬物の錠剤をどこでどうやって作っていたのか? 簡単にできるのか

 密造場所は、報道の通り富士市郊外に造成された“ヤード”だと思っていい。ヤード(yard)とは周囲を鉄壁等で囲んだ資材や残土、また使用済みの自動車・中古部品等を一時的に保管・作業するための「資材置き場」「捌き場」「保管場所」のことだ。一部のヤードが盗難自動車の保管や解体のほか、不正輸出の拠点として、また不法滞在外国人の稼働場所として利用されていることは読者も知ってのとおりだ。

 実は、大型の薬物密輸事件では、こうしたヤードがブツの搬入先としてよく利用される。薬物を隠匿した中古機械や石材などが通関後にトラックで搬入され、ヤードでブツが取り出される。解体に数日を要することも珍しくない。

 詳しくは分からないが、今回のヤードの捜索では錠剤を製造する「打錠機」なども押収されているはずだ。打錠機は正規に販売されており、密造者が使うものは中国製が多いと聴く。一昨年、筆者が海外の捜査機関で見たのは、中国からアリババやeBayといったネットサイトを通じて輸入したものだった。きわめて高性能で、1時間に1万〜2万錠が製造可能。錠剤の大きさや形状、刻印も変更可能な“打ち型”が内蔵されていた。

 今回のイラン人組織が用いた打錠機も、日本製なら足が付いてしまうのでおそらく輸入品だと思われる。彼らがどの程度の性能の機械を使っていたかは、公判が始まらないと明らかにならないものの、手動の単発打錠機から大型の回転式打錠機まであり、実に興味深いところだ。

 加えて輸入した台数によって密造規模を知ることができる。参考までに言うと、今、北米ではこの打錠機が大変な問題になっている。正規医薬品「Adderall(アデロール、アデラル)覚醒剤系のADHDの治療薬」や「(Xanax(ザナックス)ベンゾジアゼピン系抗不安薬)或いは、麻薬オキシコドン錠剤」などの模造品を密造するのに使われているのだ。実際の中身はフェンタニルや覚醒剤。DEA(アメリカ麻薬取締局)が2025年に押収したフェンタニル含有の密造錠剤の数は、約3450万錠、23〜24年は1億3400万錠、覚醒剤錠剤は100万錠単位で押収されている。

 現在、アメリカでは打錠機の取引に規制を設け、とりわけオンライで売買を監視しているが、一向に収まることがない。そのため、昨年末、DEAはネット通販業業者や打錠機関連業者に強烈な書簡を出し、打錠機の流通に関する監視の強化を促している。

 また、錠剤の整形には、賦形剤(ふけいざい)として乳糖(ラクトース)や酸化マグネシウム粉末が必要になる。これに必要量の医薬品成分を加えて製造する。今回のイラン人もこうしたはずだ。乳糖は安価にどこででも手に入る。食品として1キロ2000円程度で売っている。酸化マグネシウムは第3類医薬品の緩下剤や制酸剤として販売されており、1キロ1000円程度で入手可能だ。錠剤の主成分となる密輸した覚醒剤粉末と着色料(後述)にこれらを加え、混合して打錠機にかけていたのだろう。

 錠剤の色について少し触れておきたい。医薬品の錠剤は、白が最も多いが、薄い色をつけた物も相当数ある。これは服用者の印象に残り、誤飲や飲み忘れることがないようにするためだ。また、ED薬の“バイアグラ”の例にあるように、他社の薬との差別化を図る目的で色・形状を決めているものもある。日本では厚生労働省が認めている食紅(食品着色料)が何色かあり、安価で販売されている。ただし、医薬品に使う場合は、健康への影響を考慮して使用量の制限があることは言うまでもない。今回のイラン人組織は黒い錠剤を作っていたようだ。筆者の経験からすると何種類かの色を混合して黒を出したのか、あるいは、許可されている「竹炭粉末」か「イカ墨」か「ココアパウダー」を使ったのではないかと考えられる。

アヘンも押収されたそうだが、「アヘン戦争」のアヘンなのか

 その通り、アヘン戦争の“アヘン”だ。世界で最も古い医薬品であり、伝統的な乱用薬物でもある。国連の麻薬関連の条約は、そもそも1904年に建議した“上海国際阿片(アヘン)会議”をルーツにしている。つまりアヘンによって国際条約まで生まれたことになる。当時から、医薬品として必要性と同時に、危険性が際立っていたということだろう。

 一般にソムニフェルム種というケシのさく果(坊主)からアヘンは採取される。アヘンアルカロイドという成分を含有しており、モルヒネやコデインはその一つだ。重要なのは、モルヒネもコデインも医療に欠かせない物質である、ということだ。

 筆者は40年間ほどマトリで薬物捜査に従事した。常に最前線にいたつもりだ。しかし、これほど大量のアヘンを国内で見たことはない。報道写真を見る限り、押収されたアヘンは1袋10〜20gに小分けされているとの印象を受ける。つまり、業販(卸)用だろう。では一体、どんな小売業者が買っていたのか。日本にアヘンのマーケットはないはずである。

 一方で、筆者が現役時代に検挙したイラン人のなかには、アヘンの吸煙(opium smoking/法律では吸食)者がけっこういた。ということは、卸先は外国人グループでないかと推察してしまう。まさかアヘンからモルヒネを抽出していたわけではないだろうが、彼らならやりかねない。この辺は徹底した情報収集が必要だろう。

今回逮捕されたイラン人は、以前から日本で稼働しているメンバーなのか

 筆者は「違う」と思っている。裁判を傍聴しなければ詳細は分からないが、偽造旅券等で不法入国したIDTOsのメンバーと考えられる。もちろん、日本にいるかつての残党をはじめ、他のアジア系の外国人がこれに加わった組織構成だと思うが……。さらに、逮捕された3人の上部に「黒幕」、つまりボス達が存在するとのではないかと筆者は考えている。それが組織というものだ。

 摘発された“新イラン人組織”はみなさんにどう見えただろうか。旧イラン人グループの大半は「何でもいいから稼ぎたい。儲けて帰りたい」というのが原点で、ある意味、動機や構図が分かりやすかった。しかし今回は違う。プロフェッショナルな犯罪組織として、この国に侵入してきたとの印象を受ける。

 昨年12月の臨時国会で、野党の某議員が「日本国内の何億円という不動産が、外国人に現金で購入されている。そんな現金がどうして持ち込めるのか?」と質問していた。的を射た質問だと思った。

 しかし、これは正規の経済の話である。裏経済では、すでに日本人を食い物にする犯罪組織まで生まれているのだ。

「やつらやっぱスゲーな。あの頃は渋谷でパケ売りしてたのによ。シャブ40キロにアヘン? ヤードで錠剤まで作っていたんだって。もう日本の不良じゃかなわねえな。この国は表も裏も外国人に乗っ取られるぞ。おまえ、ちゃんとしろ」

 この事件を受けて、懐かしい元ヤクザが電話してきた。筆者が現役時代に攻防を繰り広げた男だ。「おまえに言われる筋合いはない」と一蹴したものの、思わず頷いてしまった。

 第1回【“シャブ玉”5万錠に“アヘン”10キロ…「イラン人グループ」が違法薬物を“大量密造”の衝撃 「上野公園で変造テレカを売っていたイラン人とは比べ物にならない」】では、変貌を遂げた新たなイラン人グループが起こした大型密造・密売事件について詳報している。

瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。

デイリー新潮編集部