高額オファー拒否について言及した三笘。(C)Getty Images

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 2月1日、敵地シティ・グラウンドでノッティンガム・フォレスト戦に挑んだ三笘薫を擁するブライトン。ヌーノ・エスピリト・サント監督率いる今季好調の相手に、0−7と歴史的惨敗を喫した。

 プレミアリーグの公式サイトによると、リーグ戦では、2部リーグに所属していた1958−59シーズンのミドルスブラ戦(0−9)以来、クラブ史上2番目の大敗で、さらに1部リーグに限れば史上最大の惨敗と記されている。

 左サイドハーフとして、4戦連続で先発出場し、前半だけで3点のリードを許したチーム同様、まるで良いところなく前半のみで交代を言い渡された三笘は試合後、「恥ずかしい試合でしたね。僕自身もプレーして、言い訳できない試合をしましたね」と話した。その表情は、プレミアリーグにやってきてからのこの2シーズン半で見せたことのない、なんとも言えない苦いものだった。

 敗因についても、「セットプレーを警戒しなくてはいけない中で失点したというのと、ロングボールを蹴ってくる中でセカンドボールをなかなか拾えなかった。相手も数的有利をつくったりとうまかったですけど、配置的にもなかなかハマらなかったですし、自分たちの強度も足りなかった。振り返るところは、すべて悪かったと思います」と、反省ばかりが口をついて出た。

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 そんな22番はファイナルホイッスルが鳴ると、ベンチを飛び出してチームメイトを慰めた。直後には、真っ先にスタンドへ向かい、3時間以上かけて応援に駆け付け、大敗にも関わらずにスタジアムに残っていた多くのブライトンサポーターの前まで足を運び、拍手を送った。

 さらに彼の数メートル後ろに申し訳なさそうに並ぶチームメイトたちにも前に出てくるように促し、自分と一緒に謝罪をすることを求めた。

 試合後のテレビインタビューでは、開口一番「まずはサポーターに謝らなければいけないと思いますし、受け止めるのは難しいですけど、本当に申し訳ない気持ちですし、僕たちの力不足というのは間違いないです」と話した。

 加えて、日本人記者陣との囲み取材でも「もう間違いなく、こういう試合をして、一緒に乗り越えていかなくていけないところで、ああいうところでしっかりと見せなくてはいけないと思いました。あれだけ最後まで応援してくれる中で、申し訳ない気持ちでいっぱいでした」と続けている。いかにも実直で誠実な三笘らしさ見られた。
 
 しかしこの日は、試合開始前から日本代表のエースに大きな関心が寄せられていた。記者室では懇意にしているブライトン担当の番記者たちから何度もその“事件”について話しかけられ、クラブのメディアチームも代わる代わる日本人記者が集まっていた一角にやってきて、その話題に触れた。

 最大の関心。それは、先月30日に飛び出したサウジアラビア・プロリーグのアル・ナスルが三笘獲得のためにクラブに提示した移籍金5400万ポンド(約105億円)の巨額オファーのことだった。さらに、同日中にこのオファーを拒否されたアル・ナスルが翌31日に「9000万ポンド(約174億円)を準備している」という続報も流された。

 しかしサウジアラビア・プロリーグの移籍市場がクローズする31日夜の時点で、英国内の大手メディアの多くが「『ミトマ放出はあり得ない』というブライトン側の方針は変わらず、クラブは新しいオファーも固辞した結果、アル・ナスルも諦めた」と報道していた。加えて日本人記者陣も、試合前からクラブの広報部長から「移籍はない」と聞かされていた。

 この日の囲み取材は、大敗後の重苦しい空気のなかで進んだ。そんな中、ベテラン記者の一人がこの件について触れる。「三笘選手にとって“サウジは絶対にない”のか」と尋ねると、27歳は「もちろん、そうですね、はい」と間髪入れずに回答した。
 
 さらに、サウジアラビアでは「サッカー的に進歩できないという判断なのか」といった意味合いの質問に対しても、「そうですね。サッカーをしている理由をしっかりと考えなくてはいけないですし、高いレベルの中でプレーすることのほうが重要だと考えています」と述べている。

 サッカーの世界で絶対はあり得ない。それでも、前述のとおり、すでにサウジアラビア・プロリーグの移籍市場は終了。また移籍期限ぎりぎりとなった現時点で、欧州のビッグクラブを含めたチームからオファーが届く可能性は低い状況である。

 取材終了直前に三笘自身の口から出てきた、「(チームの)一人一人のデシジョン(プレー判断)のところを見つめなおしていかないといけないし、チームファーストで考えなければならないと思います」という言葉。それは、今季の彼がブライトン、そしてこのクラブを応援してくれるサポーターを第一に考え、ともに成長していくつもりであることを改めて認識させるものだった。

取材・文●松澤浩三