中国侵略を進めた当時の日本、なぜ福建は占領しなかった?=中国メディア
記事は、1931年の日中戦争勃発から45年の終戦に至るまでに日本が南京をはじめとする中国大陸の大部分を占領した一方で、福建省の占領には乗り出さず、現地が国民党の手中にあり続けたと紹介した。
その上で「日本は福建を占領してはいないものの、福建に日本軍が全く侵入しなかったわけではない」とし、アモイが1938年5月に占領され、41年4月には福州がわずか3日で占領されたと指摘。ただ、同省内において日本軍はそれ以上の占領戦略を進めなかったと伝えている。
また、福建省は山が多く、内陸部は集落ごとに交通が寸断した陸の孤島を形成していたため、占領するために無理に進攻しても日本軍にとってはメリットよりもリスクの方が大きかったと指摘。広大な中国大陸に対して投入されていた日本軍兵士の数は決して潤沢ではなく、福建攻略に力を注ぐのであれば、他の地域に兵力を投じるべきだと判断されたとの見方を示した。
記事は、当時福建省で抗日戦争に参加していた中国人兵士の話として、「中国兵は福建の地形を利用して日本の大軍が出動する際には山深く身を潜め、いなくなったら山から出て戦闘するというゲリラ戦を取っていた」と紹介。これに日本軍は手を焼き、結局沿海部の要所のみを押さえるにとどまったのだと伝えている。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)
