わずか54日間の「短命」な首相が実現した、とても大きなこと=中国メディア
記事は、1945年8月15日に日本が無条件降伏すると、マッカーサー氏率いるGHQが日本を占領し、全面的な武装解除と徹底的な改革を要求してきたと紹介。その中で、8月15日の終戦と同時に辞職した鈴木貫太郎氏に代わり、東久邇宮氏が皇族首相に就任することになったとしている。
さらに東久邇宮氏は天皇の「人間宣言」のほか、「特高」と呼ばれた思想警察の廃止、共産主義者などの「政治犯」の釈放といった要求をマッカーサー氏から次々と突き付けられるなか、急激な改革は日本社会を動揺させるとして抵抗を試みたと紹介。GHQからの命令を先延ばししたもののついに「屈辱に耐えられなく」なり、同10月9日にわずか54日という在任期間で首相を退陣したとしている。
記事は、焼け野原となり精神的にも抵抗する力が残っていなかった日本において、首相辞任という東久邇宮氏の捨て身の抵抗は焼け石に水であり、GHQによる改革の圧力を抑えることはできなかったと解説。その後東久邇宮氏は皇籍を離脱して東久邇稔彦という一般人として長きにわたり暮らし、首相経験者としては世界的にもまれな103歳という長寿をもって1990年に死去したと伝えた。
そして、わずか54日間という超短命政権であったものの「700万の武装解除を実現し、戦火の再燃を防いだ功績は大きい。日本の完全壊滅を防ぎ、その後の再生、急成長につなげたのだ」と評価している。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)
