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コロナで自宅待機中に外出した社員が懲戒処分を受け、さらには処分を理由に「解雇」された。

出かけた理由は、感染対策の次亜塩素酸水を受け取りにいくためだったが、会社は「不要不急の外出」とみなしたという。

果たして、会社の対応は許されるものなのだろうか。

●問題とされた行動

富山地裁に地位確認を求めて仮処分の申し立て(7月31日付)したのは、食品会社(富山県射水市)に勤務していた元社員の男性(60)だ。

加入する自治労全国一般富山地方労働組合によると、男性は「会社から許可を得た外出だ。解雇は無効だ」と主張。一方の会社側は、解雇ではなく、定年退職だとしているという。

男性は2012年3月、同社に正社員として入社した。そして、今年2月20日、会社と嘱託雇用契約の合意書を交わしたという。定年を迎える7月20日から嘱託職員として働くためだ。

4月初旬、コロナの感染対策として、男性は自宅待機・在宅勤務となったという。会社支給の次亜塩素酸水がなくなったため、4月14日に、本社の総務課長に電話で許可を得たうえで、製造元である同社関連会社を訪れたそうだ。この点、会社側は、課長は入手の指示を出していないとのこと。

男性は14日と16日に、自ら製造機械を操作し、作成した次亜塩素酸水を持ち帰ったという。

●あと2週間で嘱託雇用だったが、突然無職になってしまった

ところが、男性は4月27日に「不要不急の外出をした」との理由で「けん責」の懲戒処分を受けたとされる。それから2カ月後の7月8日、懲戒処分を受けたことを理由に「嘱託雇用契約の破棄」を通知されたという。

「(破棄通知の事由)貴殿は就業規則に違反し、本年4月27日、懲戒処分を受けたため、本合意書を破棄し貴殿との嘱託雇用契約をしないことにしたので通知する。」

なお、嘱託雇用契約の合意書には、7月20日までに、就業規則の定めに抵触した場合、合意を破棄するとあったそうだ。しかし、「不要不急の外出」が就業規則のどこに抵触しているのかは不明だという。

●会社は「解雇ではなく、定年退職です」と主張?

これまで2度の団体交渉で、男性は「高齢者雇用安定法に基づき、企業は65才まで雇用確保の措置を講じなければならない。けん責という軽い処分で会社が再雇用しないのは違法ではないか」と主張した。会社側は「合意書の内容に違反したために、再雇用を結ばないだけで、これは解雇ではありません。定年退職です」と反論したという。

なお、会社は編集部の取材に「係争中のため、コメントは差し控えさせてもらいます」とした。

交渉は平行線をたどり、やむなく仮処分の申し立てに至ったわけだ。 コロナで自宅待機を命じられた社員が外出したことを理由に「解雇」されるーー。このようなケースの問題点について、鈴木悠太弁護士に聞いた。

●法律上は「解雇」と考えられそう

ーー「解雇された」という男性の主張に対して、会社は「再雇用しなかっただけ。解雇ではない」としているようです。今回の件は「解雇」と認められるでしょうか?

嘱託雇用の破棄が解雇に該当するかが問題となります。上記の情報や報道によると、男性と会社は嘱託雇用契約の合意書を交わしたとのことなので、7月から就労を開始するという内容の嘱託雇用契約が成立していたとみることができるでしょう。

そうすると、会社は、既に成立した嘱託雇用契約を一方的に破棄しているので、これは労働契約法上の解雇に該当することになります。

●「解雇」の高いハードル

次に解雇の有効性が問題になります。会社は、男性が合意書締結後に「懲戒(けん責)処分を受けた」ことを、嘱託雇用破棄の理由としています。合意書には、合意書締結から就労開始までの間に「就業規則の定めに抵触した場合」には合意書を破棄すると記載されており、会社は、この記載を根拠として嘱託雇用の破棄が正当であると主張しているようです。

しかし、嘱託雇用の破棄が解雇に該当する以上、これが有効であるためには「(1)客観的合理的な理由があること」、「(2)社会通念上相当であること」という労働契約法16条の厳しい要件を満たす必要があります。

当事者の合意によって要件を緩和することは許されないため、たとえ合意書に「就業規則の定めに抵触した場合」には合意書を破棄すると記載されていたとしても、上記(1)(2)の要件を満たさない些細な就業規則違反を理由とする解雇は無効になるのではないかと考えます。

ーー新型コロナの感染防止のため、自宅待機中に次亜塩素酸水を取りに行くことは、不要不急の外出になるのでしょうか?

報道によると、男性は、会社支給の次亜塩素酸水がなくなったため、製造元の関連会社に取りにいくために外出したというのであって、「不要不急の外出」として懲戒処分の対象とすることに合理性はないように思います。

男性の主張によると、男性は上司から許可を取ったうえで外出したというのであって、そうであれば男性の外出を就業規則違反ということはできないでしょう。

そもそも、会社が男性に対して行ったとされるけん責処分の有効性にも疑問があります。

「不要不急の外出」を禁止する就業規則の定めがあるのか疑問ですし、会社から男性に「不要不急の外出」を禁止する明確な業務命令があったのかも疑問があります。

●けん責処分が有効でも、解雇は無効の可能性がありえる

報道が事実であれば、仮にけん責処分が有効だとしても、一度けん責処分を受けたことが、上述の労契法上の2つの要件を満たすとは通常考えられず、会社が男性にした解雇は無効である可能性が高いのではないでしょうか。

会社は、男性がけん責処分を受けたために嘱託雇用をしなかったと主張していますが、この会社の主張にも問題があるように思います。

本件嘱託雇用契約は、高齢者雇用安定法上の義務である65歳までの継続雇用として行われたものであると思われます。同法上、継続雇用する労働者の選別は原則として許されません。

厚生労働省の指針によれば、解雇事由と同等の事由があれば継続雇用しないとすることもできますが、本件で解雇事由と同等の事由があるとはいえないでしょう。

この意味でも、嘱託雇用の破棄を正当化することはできないのではないでしょうか。

【取材協力弁護士】
鈴木 悠太(すずき・ゆうた)弁護士
2015年一橋大学法科大学院卒業。2016年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本労働弁護団東京支部事務局次長。ブラック企業被害対策弁護団副事務局長。医療問題弁護団所属。
事務所名:旬報法律事務所
事務所URL:http://junpo.org/