背番号「10」の系譜 〜ミラン編〜

写真拡大

サッカー選手にとって、背番号「10」は特別なナンバーだ。

『背番号「10」の系譜』というこのシリーズでは、特定のクラブチームで10番を背負ったレジェンドたちを順番に紹介していく。

なお、リーグによって背番号固定制を採用したのがまちまちまであるため、1997年以降を対象とする。

今回はミラン編だ。

デヤン・サヴィチェヴィッチ(FW)

ミランの10番、サヴィチェヴィッチ

【ミランでの背番号の変遷】
#10:1997 - 1998年

90年代のミラン黄金期にエースナンバーを背負った“イル・ジェニオ"。「天才」というその異名の通り、他の選手とは明らかに違うテクニックとファンタジーを備え、全盛期のアタッキングセンスは世界最高峰であった。1993-94シーズンのCL決勝、バルセロナ戦で決めたロングシュートはサッカーファンの間でも語り草に。ミラン退団後、ツルヴェナ・ズヴェズダを経てラピド・ウィーンで現役を引退した。

ズヴォニミル・ボバン(MF)

ミランの10番、ボバン

【ミランでの背番号の変遷】
#20:1997 - 1998年
#10:1998 - 2001年

「闘うゲームメイカー」ことズヴォニミル・ボバン。正確なパスワークと視野の広さでゲームを作るだけではなく、守備も献身的に行ってセリエAの舞台でも高評価を集め、世界有数の名門で10番をつけた。クロアチア代表としては1998年のフランスW杯での活躍が記憶に新しいが、ミランでは背番号10を譲り受けてから1度のリーグ制覇しか成し遂げられなかった。

マヌエル・ルイ・コスタ(MF)

ミランの10番、ルイ・コスタ

【ミランでの背番号の変遷】
#10:2001 - 2006年

見る者を魅了する鋭いスルーパスで90年代のセリエAを盛り上げたルイ・コスタ。フィオレンティーナでの活躍が認められミランに移籍し、2002-03シーズンにはビッグイヤーを獲得。しかし、2003年にカカが加入してからは出場機会がガクッと減り、2006年には古巣であるベンフィカに復帰した。現在はベンフィカでスポーツディレクターを務める。

クラレンス・セードルフ(MF)

ミランの10番、セードルフ

【ミランでの背番号の変遷】
#20:2002 - 2006年
#10:2006 - 2012年

2000年代中頃、アンドレア・ピルロやジェンナーロ・ガットゥーゾ、カカらとミランで最強の中盤を形成したセードルフ。ルイ・コスタの退団によって背番号が20から10へと変更になっている。ミランでは2度のCL制覇を経験するなど黄金期を過ごした。ちなみに、異なる3つのクラブでCL優勝を果たしたのは、長い歴史の中でもセードルフただ1人だ(アヤックス、レアル・マドリー、ミランで達成)。

ケヴィン=プリンス・ボアテング(MF)

ミランの10番、ボアテング

【ミランでの背番号の変遷】
#27:2010 - 2012年
#10:2012 - 2013年
#72:2016年

驚異的なフィジカルとスピード、さらにはテクニックまで兼ね備えるボアテング。ミランではセードルフが去った2012年に背番号10を受け継いだが、翌年にローンでシャルケへと活躍の場を移した。その後、2016年に再びミランに加入するが、この時の背番号は72。今季からリーガ・エスパニョーラのラス・パルマスでプレーしている。

本田 圭佑(MF)

ミランの10番、本田圭佑

【ミランでの背番号の変遷】
#10:2014年 -

小さい頃、将来の夢について「セリエAの10番で活躍する」と書いていた本田の夢が叶ったのは2014年。記者会見で話した「リトルホンダ」という内容は大きな話題となり、世界的名門の新たな10番に日本人が選ばれた。本田にとって、今季はミランでの4シーズン目。契約は2017年までであり、勝負の年となりそうだ。