32歳エクゼクティブの激白。あなたは、社長から0点と言われたことがありますか?
前回:32歳。エクゼクティブの恋愛と経営哲学「我々を恋愛から救うものは、多忙である。」
社長からの「0点」評価に愕然と。
-山内さんの挫折経験について前回お話し伺いましたが、ここ最近で一番辛かったことは何でしょう?-
2012年にサイバーエージェント役員に就任し、自分なりには、がむしゃらにやってきたつもりでした。それなりにいい業績を出せていたし、会社に貢献できている自信も少なからずあったんです。だけど、藤田の本音を聞きたいと思って、役員就任から1年後、社長の藤田に「僕今何点ですか?」と聞く機会をもらったんです。
-社長に点数をつけてくれと。どうでしたか?-
正直「70点くらいかな」と思っていたんです。けれど、藤田の答えは「ファーラウェイ」(笑)
愕然としましたよ。30分くらい時間もらったのに、唖然として、返す言葉が出てこず5分もしないで面談は終了。点数も付けてもらえませんでした。
そのときは衝撃でしたね(笑)でも、まだ就任半年、悔しいから、次の半年もしゃかりきに頑張りました。そして、半年後、もう一度聞きました。「僕何点ですか?」と。
-点数はもちろん、上がってたんですよね・・・?-
藤田の答えは、またしても「0点」でした。取締役には不適合ってことなのだろうかとも本気で思いました。自信喪失、茫然自失ですよ。
さすがに心も折れかけました。
だけど、役員として責任を果たしたい、という気持ちが強かったんですよね。意識が高いから、とか、モチベーションが高いから、とかそういうのではありません。後戻りするより役員として、必ず会社に貢献したいと思い自分で自分のことをかなり追い込みました。
欠如を埋めるための努力が才能なんだ。
僕は、祖父母に育てられたので、根底に虚無感を抱えていたんでしょうね。圧倒的な自分の存在価値を見出せなくて、居場所がなんとなくない心許無さというか。「天性や運で与えられるものではなく、欠如を埋めるための努力が才能なんだ」と話してくれた先輩がいたのですが、当時は僕はその虚無感を埋めたいから頑張れたんだと思います。
そこからは、求められている役割を徹底的に考えました。そこで、藤田がサイバーエージェント取締役である自分に求めているものは、部門の責任者という視点ではなく、組織全体の経営課題に向き合い、会社の未来を考えるということをなんだということに気づいたんです。そこからは、自分の分野だけじゃなく、全体を見通し、自分なりに意見や打開策もちゃんと考えるようになりました。求められる色んな価値観を受容し、器を広げていくことを教えられましたね。
あえて言いにくい点数を付けて役員として成長する機会を与えてくれた藤田には、本当に感謝しています。
齢32で、酸いも甘いもくぐり抜けてきた山内の、修羅場を超える勝負アイテムとは・・・
修羅場を超えるときに身につける"一蓮托生"のアイテムとは
-酸いも甘いもくぐり抜けてきた山内さんですが、ここぞという勝負時に身につける勝負アイテムはなんですか?-
世界限定30個のマスターマインドとコラボしたウブロの時計ですね。
この時計はいつも大変お世話になっている方からいただいたものです。実は、自分で高い時計ってほとんど買ったことはありません。値段やデザインよりもその尊敬している方からいただいたことが嬉しくて、この時計を宝物のように身につけています。
この人なしでは今の僕はいなかった。僕の人生のキーパーソン
-最後に、この人なしでは今の僕はいなかった、というような山内さん的なキーパーソンってどなたですか?-
1人目は、祖母。母子家庭で寂しかった僕の幼少時代、ぐれないように常に正しい道へと導いてくれたんです。僕の人間的根幹を作ってくれた人ですから。
2人目は、サイバーエージェント創業者の二人、社長・藤田晋と副社長・日高裕介。これは、言わずもがなですが(笑)二人に出会わなければ僕は今ここにいないわけですから。
3人目は、ヒップホップのアーティストAK-69さんです。
日本とNYを行き来しながら活動を続けているラッパーですが、生存確率が極めて低いヒップホップ業界で間違いなくトップランナーの1人です。ヒップホップは、単調なメロディに乗せる言葉からハングリー精神が溢れていていつも強烈に刺激をもらいます。最近メールアドレスを交換させてもらって、連絡のやりとりをさせていただいているのですが、彼の上昇思考にいつも非常に刺激を受けます。業界は違えど、頂点を目指すということには変わらないので、僕も貪欲にNo1を極めていきたいと思いますね。
山内隆裕(やまうち・たかひろ)
サイバーエージェント取締役 兼 CyberZ代表取締役社長
1983年生まれ。立教大学卒業後、サイバーエージェントに入社。2009年、モバイルマーケティング会社CyberZ設立と同時に代表取締役に就任。2012年より、サイバーエージェントのスマートフォン広告事業管轄、取締役に最年少で就任。
