中日に現れた新星 世代の「BIG3」と言われた濱田達郎のこれまでを振り返る
プロ初先発のマウンドで初完封を成し遂げた濱田
中日の若き左腕、浜田達郎投手(19)が7日のナゴヤドームの阪神戦でプロ初先発となるマウンドに上がり、初完封を飾った。先発予定だった川上憲伸投手(38)が腰を痛めて、登板を回避したため、いきなり巡ってきたチャンス。その大一番で快挙を成し遂げた。
この浜田という選手の同世代には2人の代表的な投手がいる。日本ハム・大谷翔平と阪神の藤浪晋太郎だ。花巻東高校の大谷、大阪桐蔭の藤浪、愛工大名電の浜田。同い年の彼らは「BIG3」と呼ばれ、高校時代から注目を浴びていた。大谷と藤浪はセンバツの1回戦から直接対戦し、プロ入り後も注目が集まったが、浜田はこれまで、どのような高校時代とプロ生活を歩んできたのだろうか。
・高校時代の特徴
1年生の秋からベンチメンバー入りし、背番号は1。愛工大名電の大先輩でもある工藤公康氏の再来とまで言われた。140キロ中盤から後半の直球に、スライダーとカーブを操る。当時から牽制がうまい投手と評判だった。藤浪や大谷は即戦力として見られていたが、浜田は潜在能力の高さを評価されていた。
・3年春のセンバツ
前年秋の明治神宮大会を決勝まで1人で投げ抜いて、準優勝を果たしたことで、注目選手の1人となった。迎えた春の甲子園では初戦の宮崎西高校戦で無四球完封勝利。愛工大名電は2回戦で大阪の履正社に勝ったが、準々決勝で明治神宮大会でも敗北を喫していた青森の光星学院に敗れた。この時の敵チームには北條史也(阪神)、田村龍弘(ロッテ)がいた。彼ら2人の前に敗れたが、存在感を示した。
1年目のオフには25%ダウンの提示を受ける
・3年夏はまさかの初戦敗退
センバツ大会ではBIG3は全員、甲子園にやってきたが、夏は大阪桐蔭の藤浪と愛工大名電の浜田だけ。花巻東の大谷は地方大会で160キロをマークするなど話題を集めたが、盛岡大付属に敗れ、涙を飲んだ。甲子園にやってきた浜田は大会ナンバーワン左腕とされ注目されるも、沖縄の浦添商業打線につかまり、初戦敗退。「打倒・光星学院」の強い思いは届かなかった。藤浪、大谷とそろって3人で日本高校代表メンバー入りし、韓国のソウルに遠征した。田村や北條をはじめ、翌年、西武にドラフト1位氏名される森友哉らもメンバーの中に入っていた。
・ドラフト
中日からドラフト2位指名。小さい頃からファンだったチームとあり、大喜びだった。契約金6000万円、年俸660万円で入団。背番号は43となった。
・プロ1年目
左肩の不安やコントロールの課題などがあり、2軍でも2勝8敗、防御率6・39と低調な出来に終わった。契約更改では高卒1年目にもかかわらず、“オレ流”査定によって、野球協約の減額制限いっぱいの25%ダウンとなる165万円減の495万円となった。それでも12月に台湾ウインターリーグに派遣されるなど、球団からの期待の高さはうかがえた。
・2年目で花開く
フォームを高校時代のスリークォーターに戻すと制球が安定。ウインターリーグでも、2軍でも結果を出し始めた。2軍コーチで、現役時代に中日の投手陣を支えた小笠原孝コーチから、頭と軸のブレがないフォームを教え込まれた。直球と変化球のコンビネーションを武器に、4月後半になって1軍に昇格。藤浪や大谷に遅れはとったが、1軍デビューも果たした。
そして、緊急事態に先発を任され、9回133球の完封勝利を挙げ、本当の意味でプロ野球選手としての道をスタートさせた。13日からのDeNAとの3連戦で2度目の先発が有力の左腕。高卒2年目とあり、体に気遣いながら、飛躍の道を歩んでいってもらいたい。(金額は推定)
