パク・ウンビン×チャ・ウヌが愛すべきポンコツに 『ワンダーフールズ』の温かな人間賛歌
5月15日よりNetflixで配信中の『ワンダーフールズ』。パク・ウンビン&チャ・ウヌという豪華主演コンビの初共演に加え、『浪漫ドクター キム・サブ』『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』のユ・インシク監督、映画『エクストリーム・ジョブ』のホ・ダジュンが脚本を手がけるヒットメーカー布陣として、配信前から大きな話題を呼んでいた。
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しかし本作が描くのは、完璧な美男美女のロマンスでも、スタイリッシュな超能力アクションでもない。最高に愛すべきクセ強ポンコツたちが織りなす、泥臭くも愛おしい「愚者たち(フールズ)」の物語だ。(※以下、ネタバレを含みます)
舞台は1999年、ミレニアムの恐怖が人々の心を侵食する、世紀末の色が濃い架空の町「ヘソン市」。パク・ウンビン演じる27歳のウン・チェニが、Radiohead(レディオヘッド)の「Creep」を聴きながら玉ねぎを剥き、鼻血を流すプロローグから物語は動き出す。
「ろくでもない性格で、学歴もないから当然職にはつけない」というチェニのモノローグは、深刻な病を抱え、「心臓がいつ止まるか分からない」という絶望的な現実を生きる彼女の痛烈な自嘲だ。未来が見えない彼女の状況に重なるように流れる「Creep」は、〈僕はクズだ、異常者だ〉と歌うと同時に、〈完璧な身体が欲しい、完璧な魂が欲しい〉という切実な願いを叫ぶ大ヒット曲だ。この「完璧になりたいけれど、なれない」という悲痛な魂の叫びこそが、本作の核心をついている。
いつ死ぬか分からない恐怖と、社会の底辺で何者にもなれない焦燥感を抱えたチェニ。そんな彼女の仲間もまた、同じように「完璧さ」からは程遠い、社会の片隅で弾き飛ばされてきたはみ出し者――愛すべきクズ(Creep)たちだ。
その巨体を持て余し、気の弱さゆえにいつも他人の顔色を窺ってはうだつが上がらない日々を送っていたカン・ロビン(イム・ソンジェ)。かつては抱いていたであろう野心やプライドを社会の不条理にへし折られ、家族からもバカにされているソン・ギョンフン(チェ・デフン)。社会から「厄介者」や「バカ」と冷遇され、傷ついた背景を持つ彼らは、予期せぬことで超能力者となる。
チェニは瞬間移動能力を、ロビンは怪力を、ギョンフンは吸着能力を。しかしチェニの移動能力は行き先も到着時刻も完全にランダムという使えなさ。ロビンは力の加減が一切できない破壊神と化し、ギョンフンの吸着能力も制御不能と、あまりにも不完全でポンコツな能力だった。超能力を得ても、彼らは何ひとつ「完璧」にはなれなかった。それどころか、新たな欠陥を背負わされたのだ。
そんな彼らの前に登場するのが、チャ・ウヌ演じる、ソウルから赴任してきた謎の公務員イ・ウンジョンだ。強力な念動力(サイコキネシス)を自在に操り、チェニたちから「師匠」と呼ばれるほどの実力者。しかし彼もまた、深い傷を抱えている。幼い頃に人体実験の被験者となり、本名も過去の記憶も持たないまま生きてきた。根を持たない孤独。誰にも心を開かずにきた男が、チェニたちと出会って少しずつほぐれていく。欠陥だらけの能力に右往左往しながらも、誰かのために泥臭く立ち上がる彼らの姿は、まさにタイトルが示す通り、愛おしくも「素晴らしき愚者たち(ワンダーフールズ)」そのものだ。
カオスな物語のエンジンであり、すべてのドタバタを中心で引っ張るのがチェニを演じたパク・ウンビンだ。『ブラームスは好きですか?』や『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』など、出演作ごとに全く異なる人格を完璧に立ち上げてきた彼女が、本作で選んだのは「何者にもなれない女」だ。「この子を知っていく過程が楽しい経験だった」と本人が語る(※)ほど、チェニという人物に真正面からぶつかっていった。
死の宣告を受けながらも暴れまわるチェニの悲しさを、パク・ウンビンはセリフではなく目の奥に宿らせる。コメディシーンでは体を張った演技で笑いを取りつつ、ふと立ち止まった瞬間の沈黙で観る者の心をわしづかみにする。第1話で見せた人形のような眼差しはダークファンタジーの童話のようだ。この圧倒的な振れ幅こそが彼女の持ち味だ。「この俳優には不可能なことがない」--ユ・インシク監督がそう断言した(※)言葉の意味が、画面を通してひしひしと伝わってくる。
そして、チャ・ウヌだ。「顔面国宝」と称される非現実的な美貌を持つ彼が本作で演じたのは、完璧な力を持ちながらも人との繋がりを恐れ、孤独の檻に自らを閉じ込めてきた男だ。劇中で披露される鍛え上げられた肉体美は、彼がこの役にどれほどの覚悟と徹底した自己管理で挑んだかが一目で伝わり、キャラクターの強靭さと孤独を同時に体現している。
さらに、これまでの王子様オーラを封印したタバコを吸う場面では、SNSで「本当は抵抗感があるのに、めちゃくちゃかっこいいの何よ……」と、複雑な気持ちのまま感情迷子になってしまう視聴者(筆者も含めて)の声が続出。ロマンスを封印したことで逆ににじみ出る、チャ・ウヌの持つ静かな色気や、随所で見せる鋭い視線は、彼のキャリアにおける確かな新境地だ。だからこそ、そんな彼が物語の思わぬ場面で見せる突然のキスシーンは、極上のサプライズのようで、思わずウンジョンの頭の中を覗いてみたくなる。
本作の隠れたMVPは、チェ・デフンとイム・ソンジェの2人だ。パク・ウンビンを含めた3人が生み出すテンポのいい掛け合いは、それだけで劇中の空気を一瞬にしてコメディへと塗り替えていく。
184cmの恵まれた体格に反して町公認のクレームおじさんとして登場するギョンフン。吸着能力を得てなお誰かに舐められ続ける哀愁を、笑いの中に溶かし込むチェ・デフンの演技は見事だ。プライドをへし折られた男が、不完全な力を手に不器用に誰かを守ろうとする――その姿がおかしくも切なく、気づけば応援せずにいられない。
一方のロビンもまた然りだ。怪力という「壊すことしかできない力」を手に入れながら、それでも誰も傷つけたくないと葛藤する姿が愛おしい。ヴィランであるパルポ(ペ・ナラ)との「クンクンタ」対決が、殺伐とした超能力バトルではなく笑いを生み出し、ほっこりした癒やしの時間になるのは、ロビンというキャラクターの本質がそこに凝縮されているからだ。善と悪、笑いと緊張--対照的なふたりを対峙させながら、場面をコメディとして成立させるユ・インシク監督の演出の妙も、このシーンに凝縮されている。
本作は、大ヒット作『ムービング』のようなハリウッドスケールの重厚な超能力大作とは一線を画す。世紀末の退廃的な空気や新興宗教が絡む陰謀というストーリーの骨組みは、韓国サスペンスとしては「よくある感じ」で、展開も王道だ。しかし、本作の魅力はストーリーの新奇さではなく、キャラクターたちの愛らしさと突き抜けた可笑しさにある。某・黒い生き物が大量出現するシーンや、思わず目を細めたくなるグロテスクな描写もちらほら顔を出すが、それすらもこの作品の「品よくまとめない」美学の一部なのかもしれない。世紀末の混沌を描くB級コメディとして、むしろ振り切れているほど潔いとも言えるだろう。苦手な方は少しだけ覚悟を決めて薄目でねとだけ申し添えておく。
ペ・ナラ、チョン・イソ、チェ・ユンジが演じたヴィラン側の超能力者たちが抱える事情も切なく、非道な人体実験を主導してきたマッドサイエンティスト、ウォンド(ソン・ヒョンジュ)の静かな狂気の芝居も見事だ。悪役たちもまた、それぞれの「欠陥」と「完璧への渇望」を抱えている。誰もが何かに傷つき、何かを諦め、それでも生きている。その重なりが、この作品に奇妙な優しさをもたらしている。
そしてこの物語は、ちゃんと温かく着地する。チェニがウンジョンの心を動かしていく数々のコミカルで愛おしいアプローチも、ドラマチックな感情のぶつかり合いも、重くならずにさらりと描かれるのが本作らしい。笑って、少しだけじんとして、またすぐ笑える。そのリズムこそが『ワンダーフールズ』の真骨頂であり、ラストにはシーズン2への期待も十分にかき立ててくれる。
ユ・インシク監督が本作について「遊園地のアトラクションに乗ると、安全ベルトを締めて胸が高鳴る。立ち上がりたくない楽しさだ」と語った通り(※)、本作も気づけば作品のリズムに引き込まれ、最後まで見届けたくなる構造になっている。欠陥だらけのフールズたちが、それでも誰かのために全力で走り続ける。その不器用で愛おしい姿は、結局「誰もがどこか不完全で、それでも愛されうる存在なのだ」とそっと教えてくれる。
参照※ https://www.mk.co.kr/jp/hot-issues/12044544(文=にこ)
