年金生活に入る「リタイア世代」が直面する〈老後4,000万円〉問題…現役世代にはない〈3つの悪条件〉【FPが解説】
止まらない「物価上昇」は、現役世代よりもリタイア世代に重くのしかかる課題です。資産形成がほぼ完了しており、追加の収入も見込めないリタイア世代は、「暴落時にリスクが取れない」「定期預金では実質マイナスになる」など、現役世代にはない〈3つの悪条件〉を抱えています。本稿では、企業年金制度と投資教育を専門として活動しているFPの山崎俊輔氏による著書『老後に4000万円って本当ですか? 物価が上がる時代の退職後資産の考え方』(日経BP・日本経済新聞出版)より一部抜粋・再編集し、リタイア世代にとっての「老後4,000万円問題」の厳しさと、その現実について解説します。
〈老後4,000万円〉対策…現役世代よりも「リタイア突入世代」のほうが厳しい理由
ここではリタイアが直前、あるいはすでにリタイア生活に突入済みの世代の「老後4000万円」の対策について考えてみたいと思います。
正直なところ、すでにリタイアが間近であったり、リタイア済みである人たちにとって、物価上昇は厳しいテーマです。
基本的に、リタイア直前あるいはリタイア済みの人の資産形成はほぼ完了しています。リタイア後は資産形成余力はほとんどありません。
65歳でもらった公的年金は65歳時点のリタイア生活のため、目の前の生活費として消えていきます。現役時代に「手取りの10%を貯蓄しよう」のようなことを年金生活で行うわけにはいかないのです。
まずはリタイア直前、リタイア済み世代の資産形成や資産管理がどう変化し、将来の「老後4000万円」の備えとしてどう厳しい条件かを確認してみましょう。
【悪条件1】「追加の入金」がなくなる…市場下落時に選択肢を失う恐怖
年金生活に入ってからの資産運用が現役時代と比べてもっとも大きく条件が変わるのは、「追加の入金がなくなる」ということです。
長期積立分散投資が重要とよくいわれますが、これは現役時代の資産形成において、株価が上下動することはあっても定期的な積立投資が有効であることを指摘しています。長い目でみて経済が回復・成長していくなら定期入金を続けるほうが効率的です。
市場の下落期に追加入金ができない資産運用は選択肢が狭まります。すでに保有している資産が元本割れしたときに、株価の回復を待つことしかできなくなるからです。焦って損失確定をしてしまうと、そのマイナスを回復するためにより株価が低い状態で買い直す必要がありますが、これは普通の個人にとっては難易度が高くなります。心理的にも困難です。
また、物価上昇に応じて給与も増えていったとき、現役世代は積立額を増していくことができます。これにより、最終的な受取額を増額することもできます。これはインフレ対応の資産形成として重要なポイントですが、それもリタイア世代ではままなりません。
【悪条件2】退職数年で「財産を半減」させる人も…リタイア世代は暴落の回復を待てない
もうひとつの厳しい投資条件として、「長期投資」のメリットを活かせないことがあります。
若い世代に長期投資が推奨されるのは時間を待つ余裕があるからです。たとえばリーマンショッククラスの暴落が生じても、5年ほど積立投資を続けると相場は回復、むしろ安値仕込みの好機を得たことになり、資産の成長に寄与しました。
しかし、リタイア後にこうした余裕を持つことは困難です。60歳ならまだ5年待てるかもしれませんが、70歳での暴落で5年待つことは心理的に厳しく、市場回復を待たずに損失確定してしまうかもしれません。
[図表]リタイア世代の難しさとは? 出典:『老後に4000万円って本当ですか? 物価が上がる時代の退職後資産の考え方』(日経BP・日本経済新聞出版)より抜粋
リーマンショックの頃には、団塊世代が定年退職を迎えており、退職金で投資をした人も少なくありませんでした。ところが市場が暴落、短期的には半値になるような値下がりも起きます。
このとき、パニックになって売ってしまった人は、退職数年で財産を半減させてしまい、その後のリタイア生活に暗い影を落としました。
経済の回復を待てた人は、新規の購入を行わなかったとしても、およそ5年で回復に転じました。しかし、その時間的余裕は、高齢者には厳しいものがあります。
一般に年齢の高さに伴い、運用で取れるリスクは低くなるとされます。最終的な判断は個人によりますが、高いリスクを取った相場下落に対する時間的余裕を持ちにくいことは事実です。
物価上昇を上回ろうとすれば期待リターンを高める必要があり、そのためにはリスクを高く取りたいわけですが、高齢期にはそれが難しくなるのです。
【悪条件3】「定期預金で安全に」の落とし穴…実質価値での“元本割れ”リスク
リタイア後の運用条件を整理すると「じゃあ、投資はやめて定期預金で安全に」となるわけですが、こちらも「老後4000万円」の見地からは厳しい投資条件となります。
「老後4000万円」で私が指摘しているのは物価上昇に伴い、将来必要な資産額も増大していくということです。少なくとも「保有資産の収益率=物価上昇率」としていくことが必要です。物価上昇率を下回るということは実質マイナスの状態です。
銀行の定期預金は「安全」「確実」ですが「低利回り」です。しかもこの低利回りは物価上昇率を下回り続けています。
2022年、23年は年0.05%のマイナス金利時代でした。24年に年0.12%と上昇したものの、この3年間の物価上昇率は22年2.5%、23年3.2%、24年が2.7%ですから、確実に「実質マイナス」の状態が続いています。
2025年に入って、「100万円までなら年利1.0%」のように1%を上回る金利提示もあらわれていますが、残念ながら3.2%の物価上昇率を上回るほどではありませんでしたし、預入額の制限があるのが一般的です。
リタイア生活に入ったのですからリスクを取らないというのは合理的な判断のはずが、別のリスク、すなわち「実質価値での元本割れリスク」を負うことになってしまうのです。
これも、数年くらいの老後であれば問題となりませんが、20年あるいは30年という長い老後を意識すると目減り幅が大きくなってしまいます。
山崎 俊輔
フィナンシャル・ウィズダム代表
ファイナンシャルプランナー、消費生活アドバイザー

