「日本代表のW杯優勝」”監督・岡崎慎司”がいま夢に向けてドイツのピッチ上で取り組んでいること

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5月15日の2026年北中米W杯日本代表メンバー発表が目前に迫ってきた。森保一監督は「ほぼメンバーは決まっています」と話しているが、気になるのは負傷離脱しているキャプテン・遠藤航(リバプール)や南野拓実(モナコ)らをどう扱うかだ。

いずれにしても難しい判断になるのは間違いないだろう。 大舞台で過去最高成績を狙う今の日本代表を興味深く見つめているのが、元日本代表の岡崎慎司である。2024年5月の引退後、自らが運営するドイツ6部リーグのFCバサラ・マインツで監督業に乗り出した彼は、3月31日にイングランド戦を生観戦。聖地ウエンブリースタジアムで後輩たちが強豪国を撃破するところを目に焼き付けた。

その戦いを踏まえながら、岡崎が森保ジャパンの現状を語る。

【前編を読む】「森保監督はチームを預けられる選手を選ぶ人」ドイツ6部で監督を務める元日本代表・岡崎慎司が考える「北中米W杯侍ジャパンの戦い」

日本の高校生の未来のために

2010年南アフリカ、2014年ブラジル、2018年ロシアと3度のW杯に参戦し、日本代表通算119試合出場・50ゴールという驚異的な実績を誇る岡崎慎司。その彼が2024年5月の現役引退後、セカンドキャリアに選んだのが、自身が運営するドイツ6部リーグのFCバサラ・マインツの監督業だった。

同クラブは、岡崎がドイツ・ブンデスリーガ1部・1.FSVマインツで活躍していた2014年に、母校・滝川第二(略称=滝二)高校時代の2つ上の先輩に当たるチームマネージャーの山下喬とともに設立したクラブである。

当初は11部からのスタートだったが、5期連続昇格を達成。2019−20シーズンからは6部(南西フェアブンデスリーガ)に参戦し、今季で7シーズン目を迎えている。この足踏み状態を打破すべく、彼らはさまざまな試行錯誤を繰り広げてきたが、今季は上位をキープ。ライバルチームに競り勝って2位に浮上した。5月に入って再び3位に順位を下げているが、まだ5部昇格の可能性は残されているのだ。

「6部は完全アマチュアなんですけど、5部に上がるとセミプロになる。長谷部さん(誠=日本代表コーチ)がフランクフルトで担当しているU-21チームもこのリーグにいて、今年1月にロアッソ熊本から18歳の神代慶人選手も試合に出ています。

つまり、5部に上がれれば、上のカテゴリーを目指している能力ある若手が来てくれるようになる。『大学に行くんだったら、海外でプロになれそうなところで勝負したい』という日本の高校生も出てくるかもしれない。僕はそういう環境を作りたくて、早く昇格したいんです」と岡崎は指揮官就任2シーズン目の今、大きな成果を残す覚悟だ。

「人を本気にさせることがどれだけ難しいことなのか…」

現役時代からUEFA(欧州サッカー連盟)・Bライセンスを取得するなど指導者志向が強かった岡崎。2024年6月の引退会見時にも「イングランドでライセンス講習会に参加している」と明かしていた。その後、週3〜4回のトレーニングと経営者としての仕事が重なって、上位ライセンス取得は叶っていないというが、日々、現場に立つことで、見えてくることも多いようだ。

「選手たちはほとんどアマチュアなんで、仕事やアルバイトをしながら練習に参加してくれています。彼らと向き合う中で感じるのは、高いベースを知らないということ。僕なんかは高卒でJリーガーになり、下から這い上がって代表や欧州5大リーグでプレーしましたけど、そういう世界を経験したことがないんで、上を目指しているつもりでも現状に満足してしまうところがありますね。

『こうやれば絶対に上に行けるよ』と背中を押しても、すぐに行動を起こさなかったり、『本当にそうなんだろうか』と迷って二の足を踏んだりする。本気でうまくなろうと思うなら、指導者のアドバイスを受け入れて、100%でガムシャラにトライするしかないのに、それができないのは見ていて歯がゆいですね。人を本気にさせることがどれだけ難しいことなのかを今、改めて痛感しています」

もちろん6部にいるからといって、岡崎1人で指導に当たっているわけではない。バサラ・マインツには山下のようなチームマネージャーもいるし、コーチもビデオアナリストもいる。動画を通して細かい修正を図ったりもしているが、「自分がそんなレベルの人間じゃない」と選手側が諦めがちになっている姿が垣間見えてしまう。その壁をどう取っ払っていくべきなのか……。岡崎はこれまでの経験を踏まえながら、最善の解決策を見出そうとしている。

「個人面談はもちろんしていますし、時には厳しいフィジカルトレーニングも取り入れることもあります。彼らは『キツイ』と思っているかもしれないけど、サッカー選手は練習を積み重ねるしかないんです。

全体練習を週3〜4回しかできない分、オフ・ザ・ピッチも自覚を持ってもらう必要もある。食事や休養もそうですよね。本気でプロにしようと思うなら、僕らもそのあたりの環境を整えないといけないんですけど、まだ余裕がない。

5部に上がれれば資金力も増えて、勝利給や生活費の補助を出せたりするようになる。今はしんどい中ですけど、自分なりに高い意識を持ってもらうことで何とか乗り切りたいと思っています」

恩師・滝川二高黒田和生監督の背中を追って

この情熱的な動きは、滝二高校時代の恩師・黒田和生監督を彷彿させるものがある。黒田監督は長年、高校サッカーに尽力し、清水エスパルスの吉田孝行監督や2006年ドイツW杯日本代表の加地亮(解説者)らを育てた名将だ。滝二を離れた後は神戸でユースの指導や育成ダイレクターの業務に当たり、60代になってから台湾へ赴き、最終的には同国代表監督も務めていた人物である。

「2年前に引退する時、『どういう監督になりたいですか』と聞かれて、僕は『黒田先生みたいになりたい』と言ったんです。先生はまさに教育者。高校生1人1人と向き合って伸びしろや可能性を大きくしていくようなアプローチをしていて、心から尊敬していますし、一番大きな影響を与えてくれました。僕も今、同じように選手たちと真正面からぶつかって、少しでも成長してもらおうと思って取り組んでいます」

岡崎ほどの卓越したキャリアがあれば、最初からもっと高いレベルの選手たちと向き合う選択肢もあっただろう。同じ時代を過ごした長谷部や前田遼一が日本代表コーチとして2026年北中米W杯に赴くのだから、いきなり代表スタッフになっていてもおかしくなかったのではないか。

指導者資格取得にしても、欧州最上位のUEFA Proライセンスを取得する道は本当に狭き門。長谷部もAライセンスまでは取れたが、日本でW杯後にJFA Proライセンスを取る道を選んだ。岡崎もそういう道を選んだほうが監督業を歩むうえでは近道だったかもしれない。

けれども、彼はそういうキャリアを選ばなかった。

「日本代表コーチングスタッフとか年代別日本代表の監督をすぐ目指そうと思うなら、そもそもこの道は選んでいなかったですね。最短で指導者の道を邁進しようと考えるなら、日本に帰ってJFA Proライセンスを取るのが一番の早道だったことも分かっています。

でも僕は他の人と違った道を歩きたかった。バサラ・マインツは今、ドイツ6部ですけど、それをプロリーグの3部以上に昇格させ、マインツと同じ2014年に設立した日本の提携クラブ・FCバサラ(現在関西リーグ1部)もJリーグに上げて、日本サッカーを全体的に底上げしていくことが、自分の役割だと思ったんです」

「夢のためには多少遠回りしてもいい」

独特かつ幅広い考え方を持つのが岡崎の強みだ。恩師・黒田監督を筆頭に、清水時代の長谷川健太監督(現解説者)、1.FSVマインツ時代のトーマス・トゥヘル監督(現イングランド代表監督)、レスター時代のクラウディオ・ラニエリ監督、そして日本代表時代に師事した岡田武史監督(現FC今治代表取締役会長)、ザック監督など、国籍もキャリアも考え方も異なる人々の下でプレーし、多彩なタスクを求められた経験から導き出した答えが、今の道なのだろう。

「僕の夢は『W杯優勝』。それはもちろん変わりませんけど、そのためには多少、遠回りしてもいい。クラブ経営から指導、環境の整備、選手育成を全部やることができる人間が日本サッカー界には必要。そういう経験をした人間が、最終的に代表監督になって日本をW杯優勝に導けるんじゃないかなと僕は考えています。

今のトライ&エラーはサッカー選手だった時と似たような感覚ですね。FWは1人で点を取れるわけじゃないし、自分がやれることを全力でやって、チームをよくした結果、最後に自分のところにボールが来るんです。だからこそ、僕は1人の人間としても、指導者としても、経営者としても成長しなきゃいけない。60代で台湾に渡ってチャレンジし続けた黒田先生のように、貪欲に前進を続けていくつもりです」

岡崎の野望は果てしないが、まずは目の前の現場の成績が最優先だ。今季ドイツ6部リーグは5月24日が最終節。そこで2位以内をキープできれば、悲願の5部昇格が実現する。39歳の指揮官は果たして修羅場を乗り越えられるのか。日本代表が2026年北中米W杯に挑む前に、最高のニュースを届くのを待ちたいものである。

「ずっと考えながら走っている感じです」

2024年5月の現役引退後、ドイツ6部リーグ(南西フェアブンデスリーガ)のバサラ・マインツで監督業に乗り出した元日本代表FW岡崎慎司。彼は同時に経営トップとしても活動。スポンサー営業などに奔走している。

「トップチームの全体練習が週3〜4回あるんですが、それ以外の時間は営業案件が入ったり、オンラインミーティングをしたりと、ずっと考えながら走っている感じですね。引退前にプレーしたベルギー1部・シントトロイデンのアンバサダーもやっているんで、その仕事のためにベルギーとドイツを行き来することも多いです。

『自分が止まったら全部ストップする』くらいの状況なので、とにかく病気にならないことを祈りながら、毎日走り回っていますね」

選手時代以上に多忙を極める岡崎が率いるアマチュアチーム、バサラ・マインツの年間運営規模は今のところ4000〜5000万円程度。日本で言えば、Jリーグの下にあるJFLや地域リーグくらいのレベルに当たるという。

「4〜5部に行けば億単位は普通に越えますね。僕らが戦っている6部でも、トップを走っているメヒタースハイムなんかは1億円以上の売上があると思います。

ドイツの町クラブも環境がまちまちで、資金力のある巨大スポンサーがいると、それなりの資金が投じられて、運営規模が潤沢になるんです。

メヒタースハイムにしても、佐野海舟のいるドイツ・ブンデスリーガ1部の1.FSVマインツで10番を背負っているナディエム・アミリの弟が監督をやっていて、アミリからもバックアップがあるはず。4部でもプレーできる選手がいて、非常に強いですね。

だからこそ、僕らもスポンサー集めに力を入れないといけない。3月にも日本からスポンサーの方が来られましたけど、『バサラと一緒に目指したい』と共感してくれるパートナーを探していくことが大事。そう考えて、自分にできることをコツコツやっています」

「動き回って人とのつながりを大事にする」

バサラ・マインツにしても、提携クラブのFCバサラにしても、一番の重要テーマは人材育成。「思い切って海外に出て挑戦することで、新たなメリットが生まれる」ということを、岡崎自身が身を持って体現してきた。

昨今は円安が進み、日本人の海外離れが問題視されるようなご時世ではあるが、異国でのチャレンジの場を日本、もしくはアジアや他地域の若い世代により多く提供したいというのが、彼の切なる思いなのだ。

「だからといって、いわゆる『営業』といったイメージで動くのは、僕のスタイルじゃない。名刺を持って自己紹介とか、パワーポイントで資料を作って説明するようなアクションの起こし方はしていないです。

これまで選手時代にピッチ上でやってきたのと同じで、動き回って人とのつながりを大事にしています。『この人とつながりそうだな』『紹介してもらえたら何かできそうだな』という感じで、ネットワークを作りながら、『岡崎応援するよ』という仲間を増やしていくことが僕のやり方。一緒にビールを飲みながら話を詰めていくことも結構あります。

選手生活が終わっても、泥臭く挑戦し続けている人間ってあんまりいないのかなと。自分のフィールドは少し変わりましたけど、スタイルは変わっていないですね」と岡崎は笑みをのぞかせた。

ネットワーク作りという意味で、自身が爪痕を残した近隣クラブ・1.FSVマインツとの関係強化は1つのポイントになりそうだ。

そもそも岡崎が13−14・14−15シーズンに連続2ケタゴールを挙げ、「日本人選手は成功できる」という実績を作っていなければ、その後の武藤嘉紀(神戸)、佐野海舟、川崎颯太の加入はあり得なかった。

「自分もマインツにはお世話になりましたけど、バサラ・マインツを共同設立した山下さんもマインツで当時通訳をやっていた。今も日本人選手の通訳としてサポートに入っていたりして、良好な関係は築けていると思います。クラブからも『川崎颯太が完全移籍になり、引き続きいい日本人選手を探しているので、手助けしてほしい』と言われていますし、より若い世代にもフォーカスしています。

もちろんバサラ・マインツにも来てくれる人材を増えてほしいですけど、上のカテゴリーにいるマインツとのつなぎ役ができれば僕にとっては価値あること。JFAやJリーグクラブ関係者からも『マインツで合宿できないか』という問い合わせももらっていますし、日本とドイツの橋渡しをすることで、僕らも成長できればいいと思います」

「今のところ日本に帰ることは考えていない」

その他にも、シントトロイデンとの関係も活用できる部分ではないか。シントトロイデンは日本企業DMM.comが経営権を持つクラブで、ポテンシャルのある日本人選手を数多く獲得。遠藤航(リバプール)、鎌田大地(クリスタルパレス)、鈴木彩艶(パルマ)らを着実にステップアップさせているが、バサラ・マインツも将来的にはその流れに貢献できるかもしれない。

「彼らははるかに先を行っていますけど、僕らはドイツと日本に2つのクラブを持っている。そのメリットは大きいと思います。

両方のネットワークを使いながら優れた人材を発掘、育成し、他のクラブに供給できるような体制整備を今は進めています。

いずれはシントトロイデンに選手を送るかもしれないし、逆に向こうからこっちに来る人材がいるかもしれない。ベルギーとドイツでスポンサーの交流もできるだろうし、敵を作らないかなと。幅広いビジネスチャンスがあると考えています。

ドイツとか欧州でトライしたいと考えている人は日本のみならず、世界中にいると思います。僕自身も飲食店を経営しているベトナム人と交流があったり、レスター時代のオーナー・キングパワーを運営するタイの人とも関係がありますけど、いろんな人の間口を広げていくことで、クラブも自分も成長できればいいんです。

そういうセカンドキャリアを歩めるのは僕くらいかなと(笑)。今のところは日本に帰ることは考えていないし、自分がここにいなかったら、欧州の入り口が広がらないという考えもあります。

将来的には、欧州でUEFA Proライセンス取得を狙っている原口元気(ベールスホット)など何人かの元海外組選手が欧州でセカンドキャリアを築くと思いますけど、彼らとも協力しながら、多くの人の新たな挑戦を後押ししていけたらいいですね」

今はクラブ経営と目の前の監督業に集中している岡崎。もちろん「日本代表をW杯で優勝させる」という将来的な目標は抱き続けているが、そこに到達するまでには、それ相応の時間かかがりそうだ。

「コーチになるつもりはない」

「2030年や34年W杯は長谷部誠監督・岡崎コーチ体制の日本代表になるかもしれない? それはないです(笑)。僕は監督が長谷部さんでも誰でも、コーチになるつもりはないので。監督を目指している自分が『コーチでもいい』となると、ナンバー2やナンバー3の立場に慣れてしまうと思うんです。

それはそれで楽しいし、やりがいがあるだろうけど、一度それをやってしまったら、もう監督には戻れなくなる。周りの仲間の引退後の身の振り方を見ていても、そういう傾向を感じます。

自分はどこへ行っても岡崎慎司。その信念は曲げたくない。これからも、自分の理想像を貪欲に追い求めていきます」

言語や慣習の異なる異国でクラブ経営と現場の両方を掛け持ちするのは並大抵の苦労ではないだろうが、泥臭く這い上がってきた岡崎は必ずやり遂げるだろう。その姿勢を森保一監督率いる日本代表の後輩たちにも力強く示し、いずれは「W杯優勝」という夢を叶えてもらいたい。

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