インタビューに応じる国立極地研究所の伊村智副所長(1日、東京都立川市で)=和田康司撮影

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 政府代表団の一員として南極条約協議国会議に参加する国立極地研究所の伊村智副所長(66)は、読売新聞の取材に応じ、会議の展望を語った。

 過去8度の南極入りを経験している伊村氏は「国境のない南極はサイエンスを追求できる理想郷だ。科学研究を円滑に進めるための議論を深めたい」と意気込んだ。

 議題となるコウテイペンギンの特別保護種への指定を巡っては、イタリアで昨年行われた前回会議でも議論されたが、中露の反対で合意できなかった。伊村氏は「保護が強化されることで、南極での活動が過度に規制されると考えているのでは」と推測する。

 ただ、コウテイペンギンは4月、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「絶滅危惧種」に追加された。対策は急を要するが、会議の意思決定は全会一致が原則で、伊村氏は「今回も難しい議論になるだろう」と展望を語った。

 急増する観光客への対応も重要な議題だ。南極ではクルーズ船の航行や遊覧飛行が増え、伊村氏は「油の流出事故が起きる危険性は高まっている」と指摘する。油を分解するバクテリアは寒冷地での活動性が低く、汚染が長期間続く恐れがあり、「今こそ対処法を議論すべきだ」と訴えた。

 1961年に発効した南極条約は、科学的調査の自由や国際協力などをうたう。ただ会議には、米中のほか、ロシアやウクライナなど対立関係にある国も参加する。伊村氏は「国際情勢が反映される場になれば、本来の条約の精神から離れてしまう」と懸念を示した上で、人類共通の財産である南極を守るため、各国に建設的な議論を求めた。

 南極条約協議国会議(ATCM)で、日本政府の代表団として参加する国立極地研究所(極地研)の伊村智副所長へのインタビュー概要は以下の通り。(聞き手・科学部 沼田良宗)

 ――ATCMでどのような議論を期待したいか。

 「南極の観光客数が年間約12万人(2024年11月〜25年3月頃のシーズン)にまで増えており、事故やトラブルへの対処法について、議論を進めてほしい。観光船や飛行機が事故を起こす可能性が高まっている中、万が一、油の流出事故が起きてしまうとダメージが大きい。油を分解するバクテリアは寒い場所で活動性が低く、油が長年残ってしまうからだ。また、多くの観光客が上陸することで、踏み跡によって現場の環境破壊が進む可能性がある」

 ――気候変動によって、南極での研究に影響は生じているか。

 「日本の昭和基地に限れば気温上昇は非常に小さい。ただ、南極大陸全体でみれば、ゆっくりと上昇していることは間違いない。少し暖かい(南極西部にある)南極半島では氷がどんどん溶けたり、植物の繁殖が増えたりしていて、明らかに影響が出ている」

 ――国際情勢が不安定になる中、南極の研究に影響は出ているか。

 「研究レベルでは影響は出ていないと思う。一方で、ATCMにはロシアとウクライナが協議国として参加しており、ウクライナはロシアの侵略によって、南極観測に悪影響が出ていると非難している。ぎすぎすした国際情勢が持ち込まれていることは間違いなく、(南極の平和利用や国際協力を基本とする)南極条約の本来の精神から離れている気がする。ATCMは科学研究をいかに円滑に進めるか、議論を深める場であってほしい」

 ――コウテイペンギンを南極環境保護議定書上の特別保護種に指定することについて、今回のATCMで合意する可能性はあるか。

 「中国とロシアが反対し続けており、今回も難しい議論になるだろう。両国は、南極周辺で海洋保護区を指定することにも慎重だ。コウテイペンギンが特別保護種に指定されることで、南極や周辺の海洋の過度な利用規制につながると考えている可能性がある」

 ――日本が1956年に南極の観測を開始してから今年で70周年を迎える。どのような成果があったか。

 「日本の南極観測の最大の成果の一つは、オゾンホールの発見だ。観測データを地道に積み重ねていった結果、(地球を紫外線などから守る)オゾン層が薄くなっていることを突き止めた。世界中に警報を出したことで各国が動き、オゾン層を破壊する化学物質「フロン」の生産規制につながった。まさに南極観測の象徴ともいえる成果だ。また、隕石(いんせき)の採集や、氷床の深層部を掘り進めて氷の柱『アイスコア』を取り出す研究でも、優れた実績がある」

 ――日本の南極研究の強みは。

 「大規模な資金を投入するような派手なプロジェクトを打ち立てるというより、オゾンホールの発見のように、良質なデータを確実に積み重ねていく点が強みと言える。また、アイスコアの研究でも、日本の掘削ドリルは非常に性能が高く、ひび割れの少ない質の高いサンプルが取れる。分析機器も優れており、過去の気温や二酸化炭素濃度などのデータを高い精度で得られている」

 ――観測を通じて感じた南極の魅力は。

 「南極では、現地に群生するコケなどについて研究していた。南極の生物を研究していると、いかに限られたエネルギーや資源をもとに、上手に生き残っているかが見えてくる。何より楽しいのは、南極には世界中で誰も足を運んだことのない場所が多く残り、未知のものを見つけられる可能性がある点だ」