【W杯回顧録】第16回大会(1998年)|ジダンの2発、ロナウドの異変――開催国フランスが頂点に。そして、初出場の日本を待ち受けた“世界の現実”
そのアルゼンチンを準々決勝で下したのが、大会で最も攻撃的な姿勢が顕著なフース・ヒディンク率いるオランダだった。アルゼンチン戦は1−1のまま終盤にもつれ込むが、87分、フランク・デブールのペナルティエリアへのロングフィードを、デニス・ベルカンプが至極のトラップで受けて決着をつけた。
だが準決勝のブラジル戦では、強力だった左サイドのスピードスターが揃って消えてしまった。サイドアタッカーのマルク・オーフェルマウスは故障で欠場し、SBのアーサー・ニューマンは警告累積で出場停止。これで看板の左の威力が半減した。
白熱の攻防には決着がつかず、ブラジルが前回決勝に続きPK戦で勝利して決勝に進んだ。ブラジル代表監督に復帰したマリオ・ザガロは、74年大会で敗れたオランダに24年ぶりに雪辱を果たし泣き崩れた。
一方、パリ・サンドニでの準決勝は、開催国フランスが後半開始早々に先制を許した。右SBのリリアン・トゥラムがラインを上げ損ねて、抜け目なく裏を取ったシューケルに、アリオシャ・アサノビッチのスルーパスが届いた。
だがそのわずか1分後、失点の契機となったテュラムが、それを補って余りある貢献を見せる。相手のバイタルエリアでボールを突くと、そのままゴール前へ侵入。ユーリ・ジョルカエフのパスを受けて代表での初ゴールを叩き込む。さらに70分には、右サイドでアンリとのワンツーから飛び出し、左足で逆サイドのゴールネットへ2点目。今、2人の息子たちに受け継がれる攻撃的才能を見せつけて、フランスを逆転勝利に導いた。
迎えた決勝戦当日、ブラジル側はパニックに陥っていた。ロナウドがホテルの部屋で失神。急遽病院に搬送される。同部屋のロベルト・カルロスは「死んでしまうんじゃないか」と青ざめたと証言した。
当然ブラジルは、ロナウドに代えてエジムンドを起用することにした。だが検査を終え異常が認められなかったロナウドは自ら出場を志願。キックオフ直前にスタメンが修正され、ロナウドの名前が加わった。
しかし、もはやロナウドは精彩を欠き、チームメイトたちには動揺が伝染していた。フランスは、左右のCKからジダンが立て続けにヘディングシュートを決め、アディショナルタイムには相手のCKのボールを確保したクリストフ・デュガリーが相手陣へと運び、パトリック・ヴィエラからプティへと繋いでカウンターを結実。3−0で完勝した。
ワールドカップを発案したジュール・リメの母国に、第1回大会から68年間を経てようやくワールドカップがもたらされた。ジャケを攻撃し続けた「レキップ」紙は謝罪のコラムを載せ、翌日選手たちがパレードをしたシャンゼリゼ通りは数十万人の人たちで埋め尽くされた。
そして、テュラムはまだ1歳に満たない長男のマルクス(現在インテルでプレー)を胸に抱えて参加した。
文●加部究(スポーツライター)
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