春の園遊会に1400人出席 「りくりゅう」ら功労者が皇族方と語らう皇室文化の象徴行事
春のやわらかな日差しに包まれた庭園で、皇族方と各界の功労者が言葉を交わす。そんな日本らしい穏やかな光景が見られる行事が「園遊会」である。会場となるのは東京・元赤坂にある広大な庭園、赤坂御苑。17日、令和に入り7回目の春の園遊会が開催された。
天皇皇后両陛下のほか、秋篠宮ご夫妻、両陛下の長女・愛子さま、秋篠宮家の二女・佳子さま、常陸宮妃華子さま、寛仁親王妃信子さま、三笠宮家の彬子さま、三笠宮家の瑶子さま、高円宮妃久子さま、高円宮家の承子さまの10人の皇族方が出席された。
また、各界の功労者とその配偶者など約1400人が出席し、ミラノ・コルティナオリンピックのフィギュアスケートペアで日本初となる金メダルを獲得し、今シーズン限りの現役引退を発表した「りくりゅう」こと三浦璃来と木原龍一や、スノーボードの女子ビッグエア・金メダルの村瀬心椛など、ミラノ・コルティナオリンピックのメダリストたちが多数出席した。
また、「ドラゴンボール」シリーズで主人公・孫悟空役をつとめる声優の野沢雅子、2025年にノーベル化学賞を受賞した京都大学の北川進特別教授、福岡ソフトバンクホークスの王貞治会長らも招待された。
園遊会は、天皇皇后両陛下をはじめとする皇族方が、文化、芸術、スポーツ、学術、福祉などさまざまな分野で活躍した人々を招き、直接言葉を交わす行事である。現在は主催者である徳仁天皇と雅子皇后を中心に行われ、約2000人の招待客が庭園に集う。
皇族方が庭園の小道を歩きながら招待客に声をかけるという形式は、世界の王室行事の中でも比較的自由で親しみやすいものだといわれている。
礼装をまとい、音楽隊の演奏なども行われた明治時代の“園遊会”
園遊会の歴史は、明治時代にさかのぼる。近代国家として歩み始めた日本では、西洋の宮廷文化を取り入れながら、新しい社交行事が生まれていった。その一つが園遊会である。
とりわけ、近代化を進めた天皇として知られる明治天皇の時代には、外国の外交官や日本の功労者を招いた庭園での社交行事がしばしば開かれた。こうした催しが、現在の園遊会の原型といわれている。
当初の園遊会は、現在よりもやや格式ばった行事だった。洋装の礼装をまとった参加者が庭園に集い、音楽隊の演奏なども行われ、ヨーロッパの宮廷文化の影響を強く受けていた。
しかし時代が進むにつれて、日本の文化や風土に合わせた形へと変化していく。現在のように皇族が庭園を歩きながら招待客と自由に会話する形式は、戦後になってから定着したものだ。
戦後、日本の皇室は「国民と共にある皇室」という姿を強く意識するようになった。その象徴的な存在が、長年にわたり国民との交流を大切にしてきた上皇明仁である。上皇陛下は園遊会でも積極的に招待客に声をかけ、各分野で努力してきた人々をねぎらってきた。その姿勢は現在の天皇皇后にも受け継がれている。
社会の多様な貢献を尊重する招待客との会話
園遊会の魅力は、ニュースなどで紹介される皇族と招待客の「自然な会話」にある。スポーツ選手には大会の話題を、研究者には研究内容を、文化人には作品の感想を尋ねるなど、皇族方は相手の活動に寄り添った言葉をかける。短い会話ではあるが、その一言が招待客にとっては忘れがたい思い出になるという。
また近年は、若い皇族の参加にも注目が集まっている。とりわけ社会人として働きながら公務にも取り組む愛子内親王の存在は、次世代の皇室を象徴するものとして多くの関心を集めている。若い世代の皇族が国民と交流する姿は、皇室の未来を感じさせる場面でもある。
園遊会は単なる社交イベントではない。日本社会のさまざまな分野で努力を重ねてきた人々をたたえ、その功績を皇室が直接ねぎらう場である。スポーツ界のスターも、地域で地道に福祉活動を続けてきた人も、同じ庭園に招かれ、同じように言葉をかけられる。そこには「社会の多様な貢献を尊重する」という、日本社会の価値観が表れている。
さらに園遊会は、日本の自然や季節を感じる行事でもある。春の園遊会では、新緑や花々が庭園を彩り、訪れる人々を迎える。日本文化において自然は重要な存在であり、庭園の景観そのものが行事の一部といえる。皇族と招待客が自然の中で言葉を交わす光景は、日本的な美意識を象徴するものでもある。
明治時代に始まり、戦後の皇室改革を経て、現代の姿へと受け継がれてきた園遊会。2026年の春もまた、皇室と社会をつなぐ穏やかな舞台となった。華やかな式典ではなく、庭園を歩きながら交わされる短い会話。その一つ一つの積み重ねが、皇室と国民の関係を静かに支えてきた。春の庭園に広がる和やかな時間は、日本の皇室文化を象徴する光景として、これからも続いていくに違いない。
文/志水優 内外タイムス
