大同生命保険の創業者の一人、広岡浅子

 大同生命保険江戸時代の大阪を代表する豪商「加島屋」に源流がある。1902年に生命保険3社が合併して創業した。当時は生命保険の黎明期で会社が乱立する中、加島屋の広岡家が大手の創出を目指して合併をまとめた。同家に嫁ぎ明治維新後の加島屋の変革に尽力した広岡浅子が創業者の一人だ。浅子はNHK連続テレビ小説「あさが来た」の主人公のモデルにもなった。(共同通信=出井隆裕記者)

 創業後は浅子の娘婿の広岡恵三が社長として経営手腕を発揮し、当時の生保業界のトップグループに入った。1925年には加島屋が本宅を構えた肥後橋に高層の本社ビルを完成させ、大阪の都心部のランドマークとして話題となった。

 高度成長期には生保業界全体が急成長したが、波に乗れずに低迷。1970年代に納税指導団体や税理士団体と提携し、中小企業の経営者向けの保険販売に的を絞って再び事業を成長軌道に乗せた。

 2004年には持ち株会社となるT&Dホールディングスを設立。中小企業市場を得意とする大同生命保険、家庭市場に強い太陽生命保険などが傘下に入った。

持ち株会社「T&Dホールディングス」を設立し、経営統合について記者会見で発表する(左から)大同生命の宮戸直輝社長、太陽生命の吉池正博社長ら(いずれも肩書は当時)=2003年10月、日銀本店

創業120周年を記念して製作した豪商「加島屋」本宅の模型

1925年に大阪・肥後橋に完成させた高層の本社ビル