「希望が一個一個全部断たれて、最後は心が裸になった」子どもが12万人に1人の難病をもって生まれたとき…人生に立ち向かう一家を見つめる、親友のまなざし【映画『ライフテープ』】
大切な記憶は愛おしい記憶になる--難病の子どものいる親友の一家の日々を細やかに追った、胸をうつドキュメンタリーが話題だ。「たとえ短い時間だったとしても、幸せに暮らしている俺ら家族を撮ってほしい」。そんな親友の言葉を受けて、安楽涼監督は一家の辛さも喜びも、丸ごと受け止めるような映画に仕上げた。ジャーナリスト・相澤冬樹のレビュー。

『ライフテープ』
◆◆◆
生まれた子が12万人に1人という難病に
赤ちゃんが、泣き止まない。ただならぬ叫び声が響き、観ていて切なくなる。鼻には栄養補給のチューブが通され、ほっぺたにテープで固定されている。名前は珀久(はく)。12万人に1人と言われるメンケス病だ。体に必要な銅が欠乏する難病で、飲み込む力が弱く自力で栄養が取れない。痰の吸引も必要だ。父親の隆一がつぶやく。
「きょう一番ひどいわ、いや〜」
母親の朱香(あやか)は語る。
「最初は今みたいに泣いてただけで救急車とか呼んだりしちゃってたし、家でみていい許容範囲もわかんなかったよね」
専門機関らしきところに電話で相談すると、「環境、変えてこいって……」。夫婦で珀久を連れ散歩に出かける。どうなることかと思っていると、予想外の動きを見せる。朱香が路地から出たところで、ベビーカーを押す隆一に手を伸ばし制止した上で、早く自分の方に来るよう指示するのだ。観ていて一瞬何が起きているのか理解が追い付かないが、「あいつが来るって」という言葉が聞こえる。どうやら誰かに追われているという想定で、夫婦でおどけているようだ。
「まっすぐ行って右に曲がったらいい。気を付けろよ」
朱香の言葉に隆一も「少年野球のコーチ(みたい)」と笑って返しながら笑顔で合わせる。指示通りに行動すると朱香が「よし!」と声をかけ、2人で笑顔を交わす。まるで漫才のボケとツッコミだ。珀久もいつの間にかすやすや眠っている。激しい泣き声から家族の安らかな場面へつながる展開に思わずうなってしまう。常に笑いを忘れない。それが幸せの秘訣なのだろう。
「あの時は人生で一番きつかった」
重い難病の赤ちゃんが生まれて夫婦はどういう心境だったか? そこからいかに希望を見出したのか? 如実に示す記録が残っていた。珀久が入院して約1か月間、付き添っていた朱香の日記だ。当時の辛い気持ちを思い出すから本人は恐くて読めないというが、作品ではその一部を紹介している。
「悪夢であって欲しいと思った。長い辛い夢を見てるだけであって欲しいと」
「何も希望が持てなくなる話、これ以上、辛いこと言わないで欲しい。これ以上最悪なことは起きないで。全部夢であって欲しい」
さらに密着インタビューでも本人から赤裸々な思いを聞き出している。
「この辛さって友だちに話しても友だちだって困るじゃん。親にも言ったところで何もできないことわかってる。支えがお互いしかなかった。マジであの時は人生で一番きつかった」
隆一も追い込まれていた。
「自分と朱香を励ます言葉がマジでまったくなくて。希望が一個一個全部断たれて、最後裸になったんだよ、心が」
苦しみぬいた日々の末に生まれた「ある言葉」
そこまで追い込まれた2人を何が劇的に変えたのか? そこを聞き出しているのが、作品の一番の見どころだ。入院半ば、心が折れていた朱香に、隆一がかけてくれた言葉が決め手になったのだ。2人が苦しみぬいた日々の末に、よくぞこの局面でこの言葉を生み出せたと感嘆する。朱香も語る。
「めっちゃそれが一番励みになったね」
隆一自身も自分の言葉に救われたという。2人に魔法をかけてくれたその言葉を、ぜひ映画で確かめてほしい。
そして迎えた2人の結婚式。3年前に打ち合わせをしたがコロナ禍で延期されていた。珀久もおめかしして参列。チューブを止めるほっぺたのテープも特別仕様だ。よく見ると「PAPA♡MAMA HAPPY WEDDING」と書かれている。隆一はあいさつで述べた。
「3年の中で色々ありまして……、すべて本当に乗り越えました。2人で闘って支え合って、何のことはない(拍手歓声)」
被写体と監督の信頼関係
この映画のもう一つの見どころは、家族3人の暮らしにとことん密着していることだ。これは被写体と監督の信頼関係なしには成り立たない。安楽涼監督と隆一は小学生のころからの幼馴染だ。隆一が監督に家族を撮ってほしいと持ち掛けた際のシーンがある。夜中に隆一が路上で車の運転席に座って監督を待っていると、監督がカメラを回しながら近づいていく。
「お前か?」
「うぃ〜ッ」
「俺を呼び出したのはお前か?」
「何で撮ってんだよ?」
「俺の日常を忘れてるだろ」
監督は助手席側に回り込んで車に乗り込む。
「おはようございます」
「うぃ〜ッ、ごめんね」
「ああ、ぜんぜん余裕」
深夜に呼び出されてもすぐに親しく言葉を交わせる仲だからこその撮影だろう。隆一はストリートダンサー、アーティストで、監督は彼のミュージックビデオの撮影もしている。その途中、監督が隆一に家族の撮影についてこんな話をしている。
「俺が言っていいもんなのかわかんないけど、時間は経っていくじゃない? ちゃんと撮り始めないと完成しないと思うから、あとあと後悔する気がする」
下町・西葛西に吹く風
珀久に残された時は限られているだろうという想定の話は、よほど近しい関係がないとできない。これが作品を生んだ背景にあると思う。そしてこの場面で流れる隆一の歌に「西葛西」という地名が出てくる。東京都江戸川区西葛西。東京東部の下町で彼らは生まれ育った。深夜、隆一と監督が待ち合わせた場所も西葛西だ。実は私が今住んでいる建物がこのシーンにチラリと映り込んでいる。監督がこの辺りに暮らしているなら、ご近所さんということになる。
西葛西はリトル・インディアとしても知られる。IT技術者の移住を機にインドの人が多く暮らすようになり、サリー姿の女性やインド系の家族連れなど、多様な人々が日常生活を送っている。地元を愛する若者たちの絆が深いことでも知られる。こうした西葛西のバックボーンが、全編を吹き渡る“爽やかな風”のような明るさを醸し出している。最後の珀久と隆一のシーンにもそれを強く感じる。清々しい余韻を残してくれる映画だ。
『ライフテープ』
監督・撮影・編集:安楽涼/出演:隆一、朱香、珀久、フィガロ/プロデューサー:大島新、前田亜紀/音楽:RYUICHI(EP「LIFE TAPE」より)/製作:すねかじりSTUDIO/制作協力:ネツゲン/配給:東風/2025年/日本/101分/©『ライフテープ』製作委員会/公開中
(相澤 冬樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
