元女子バレー日本代表・古賀紗理那「眞鍋監督からのある言葉を聞いて、キャプテンもバレーボールも辞めようと本気で考えた。それでも踏みとどまったのは…」【2025年下半期BEST】
2025年下半期(7月〜12月)に『婦人公論.jp』で大きな反響を得た記事から、今あらためて読み直したい1本をお届けします。(初公開日:2025年11月13日)********16歳で日本代表デビューを果たして以来、日本女子バレーボールを代表する選手として活躍してきた古賀紗理那さん。日本代表のキャプテンとして挑んだ2024年パリオリンピックを最後に、現役引退を表明しました。選手人生を通して多くの選択をしてきた古賀さんが語る「後悔しないための選択」とは?初のエッセイ集『後悔しない選択』より、一部を抜粋して紹介します。
着替えスペースのカーテンをいきなり開けて怒鳴る監督も…古賀が<理不尽なルールで囲い込む残念な指導者>に思うこと
* * * * * * *
本物とは何か
本物とはどんな人か。そして本物になれない人とは何が違うのか。
それぞれの道で、さまざまな定義があると思うけれど、私が思うのはひとつ。
挫折を挫折だと受け止めてそこから頑張ってきた人と、挫折を人のせいにしていたり、そもそも挫折を挫折とも思わずにただ何となくやり過ごしたりしている人。
この違いが、本物か、本物ではないかを分ける差ではないか、と私は思う。
人間誰だって、苦しいよりも楽しいほうがいい。
でもアスリートとして、成長するために、時に苦しむことは大切で、必要なことだった。どうして勝てないのか。どうしてうまくいかないのか。正しいと思って進んでいるはずなのに、誰もいないと感じる孤独感。そのたび、いつも苦しかったし孤独を感じた。そしてどれだけ努力しても報われないことがあるたび、なぜそうなったのか。
理由や答えはわからなくても、いつも悩んできた。
今思えば、その最中にいる時は苦しくて、不安で、嫌でたまらなかったその時間もすべて、私にとって必要な時間だった。苦しみ抜いた先に光が見えて、その光をたどって進んでいくことで、自信や強さを得られた。
正しいと思っていてもそれが正しくなかったのではないか。もっと別の方法があったのではないか。迷ったり、悩んだり、苦しい時間から逃げなかったから、何が自分の課題なのかを知ることができたし、少なからず、私は乗り越えることができたと思っている。
試合に出たくて、活躍したくてバレーボール選手としてのスタートを切ったのに、なかなかチャンスが与えられず「何がダメなんだろう」ともがいていた時間。試合に出るようになればなったで、思い通りのプレーができなかった、大事な場面でミスをしてしまった、ここぞという1点が決められなかった悔しさ。絶対に勝たなければいけない試合で負けた後に味わう、なんとも言葉にすることができないあの思い。
そのひとつひとつから目を背けることは簡単だ。でも、逃げずに苦しむ時は苦しむ。だから見える光は輝く。
苦しみ抜いた先に見える光こそが本物で、今は苦しいけれど「いつか必ず光がある」と信じて進み続けることができる人こそが、強い人だと私は信じている。

『後悔しない選択』(古賀紗理那:著/KADOKAWA)
笑えば、勝てるのか
ずいぶん偉そうなやつだ。好き勝手に周りに対しても言葉を発して、偉そうだ。
そう思われるかもしれない。
でも、少なからず言えるのは、私も苦しい時から逃げずにきたから今、こうしてたとえ偉そうと思われても自分の歩みを振り返ることができる。
特に日本代表のキャプテン古賀紗理那として過ごした3年間は、本当にきつかったし苦しかった。
常に周囲へ意識を向けて、そうじゃないよね、それじゃ勝てないよね、と思ってアプローチをする。でもすべてがうまくいくことなんてなくて、むしろ届かない、自分の考え方とは違うと思い知らされることのほうが圧倒的に多かった。
乗り越えられたのは、自分ひとりで抱えることなく、素直に「私は苦しい」「これがつらい」とありのままの自分の感情をぶつけられる人たちがいてくれたから。その縁がなければ、もしかしたらキャプテンどころかもっと早くバレーボールを辞めていたかもしれない。

(写真はイメージ/写真:stock.adobe.com)
振り返ればあれもこれも、いいことも大変だったことも浮かんでくる3年間。
特にきつかったのはパリオリンピックの前年、23年の日本代表シーズンだった。
キャプテンになって、嫌われることなど厭わず、必要だと思うことは全部言ってきたし、行動に移してきた。
同じ「日本代表」なのだから、技術や体力の違いはあっても、意識の違いはどうにかして埋めたかったのに、訴えかけても届かず、がっかりしたこともある。
それでも、やると決めてここにいるのは自分だ。甘えるな。
オリンピック予選に向けて、その前に開催されるネーションズリーグは勝敗の大切さだけでなく、メンバー選考も兼ねていた。中でも精度を武器とする日本代表にとって重要なポジションがセッター。
当時の日本代表でセッターを務めたのがセナ(関菜々巳)。東レアローズ(現・東レアローズ滋賀)で正セッターとして長年経験を重ねて、日本代表にも選出された。真面目で、練習熱心。周りからの助言もちゃんと聞いてやってみようとチャレンジするので、周りの選手からも「助けたい」と思われる選手だ。
とはいえ、セッターは人柄が優れていて、真面目ならば全員が勝てるかと言えばそうではない。セナはいつも一生懸命だったけれど、その必死さや真面目さが裏目に出ることもあり、試合の競り合った場面で「早く決めさせたい」と思うがあまり、トスを突きすぎて力が入ってしまったり、速さを意識しすぎてトスが低くなってしまうこともあった。
低くて速いトスをうまく打つことを武器とする選手もいる。
でも私は真逆で、自分が跳べる一番高いところから打ちたいコースに打って勝負したい。そのために里(大輔)さんの厳しいトレーニングを重ねて、思い描く身体や動きを手に入れてきた。
トスが低くなってしまえば、ボールを点でしかとらえられないので打てるコースは限られるし、前に高さで勝るブロッカーがいれば攻めようがない。練習中からセナには「もっと高くしてほしい」と常に要求してきたし、「勝負所で低くなると、私だけじゃなくスパイカーはきついよ」と伝えてきた。
そして真面目で献身的なセナも、スパイカーの要求に応えようと、一生懸命練習を重ねてきた。チームとしての武器を活かせるように。私もチームの中のひとつのパーツなのだから、最大限自分の武器を発揮できるように、という一心だった。でも、そんなことを繰り返してきたある日、眞鍋さんにこう言われた。
「紗理那、そんなに要求ばかりしていたらセッターが怖がる。笑え」
一瞬、耳を疑った。
私の言い方が悪かったとか、日本チームでやろうとしているコンセプトに反しているから「修正しろ」と言われるならばまだわかる。そうじゃない。
「怖がる」
「笑え」
私は勝ちたいから、強くなりたいからアプローチしてきただけだ。否定したことなど一度もないし、嫌いだから、不満だから言ったわけじゃない。試合をするたび抽出される課題を根本から解決するための策として提案して、セナも自分の課題を課題だと受け入れて練習してきただけなのに「笑え」で済まされようとしている。正直な気持ちを言うならば、そのひと言でそれまで耐えてきたことや、頑張ってきたことが決壊してしまいそうなぐらい、すべてが壊れてしまいそうだった。
トスが合う、合わないというのは、スパイカーとセッターの相性も大きい。
でも、どちらか一方に問題があるかと言えばそうではない。
だからこそ、私は練習の中で合わなければ裏でコソコソ言うのではなく、その場で「もっとこうしてほしい」と伝えてきたし、それが個々を高め、チームを強くするための方法だとも思って実践してきた。
笑えば勝てるのか。
今乗り越えなければならない壁を乗り越えることができるのか。
その時に本気でキャプテンも、バレーボールも辞めようかと考えたのは事実だ。
でも私は辞めなかった。諦めたのか、と思われるかもしれないが、そうではない。
むしろどれだけ考えても理解できない発想の違いが、私に、私を変えるチャンスを与えるきっかけになったからだ。
※本稿は、『後悔しない選択』(古賀紗理那:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
