(※写真はイメージです/PIXTA)

写真拡大

人生の前半戦、「資産形成」を優先してきた人は多いでしょう。しかし、人生の後半戦で本当に必要なのは「資産活用」への意識転換です。ところが、40年近く染み付いた「貯める習慣」を変えるのは容易ではありません。結果として、使うべきタイミングでお金を使えず、通帳の数字を守ることだけが目的になってしまうケースが後を絶ちません。努力して作った資産が、皮肉にも老後の幸福度を下げていないでしょうか。ある夫婦の気づきを通して、老後資金の適切な使い方を考えていきます。

収入は平均以下、それでも8,000万円貯められたワケ

サブローさん(仮名/65歳)と妻のトモコさん(仮名/65歳)。サブローさんは60歳で定年を迎え、その後5年間はアルバイトとして働き、先日完全にリタイア生活に入ったばかりです。トモコさんもパート勤めをリタイアしました。

一見、どこにでもいる慎ましやかな夫婦。しかし二人の家計状況を聞くと、耳を疑います。夫婦合わせた年金受給額は月額約19万円と平均よりやや少なめですが、預金残高には8,000万円もの大金が眠っているのです。

「若いころから、とにかく老後が不安でした」とトモコさんは振り返ります。

サブローさんは中小企業の事務職、トモコさんもパート勤務。二人合わせた手取り収入は、現役時代でも多いときで月40万円程度でした。しかし、二人の生活水準は驚くほど質素でした。

スーパーには閉店間際の半額シールを狙って行き、服は10年以上同じものを着回す。お風呂の残り湯は洗濯と掃除に使い切ります。外食は年に2回。トモコさんと一人息子の誕生日だけです。息子を国立大学まで出しましたが、奨学金は借りさせず、すべて家計のやりくりで捻出しました。

「収入が少なかった若いころは毎月10万円、増えてからは20万円の貯金。これを40年続けました。投資なんて怖いことは一切せず、ただひたすら定期預金に入れ続けたんです」

単純計算でも年間200万円×40年で8,000万円。複利効果もほとんどないまま、純粋な「我慢の結晶」として築き上げた資産でした。

訪れた「定年後の虚無」

65歳になり、完全に仕事から離れた二人。ここから悠々自適な生活が始まるはずでした。しかし、ある重大な問題に直面します。

「お金の使い方が、わからないんです」

ある日、サブローさんが「たまには美味い寿司でも食いに行くか」と提案しました。しかし、メニューの看板にある「特上3,000円」の文字を見た瞬間、トモコさんの手が止まりました。「スーパーなら半額で1,000円もしないのに……」。結局、二人は店にも入らず、スーパーでパック寿司を買って帰りました。

染み付いた節約癖は抜けません。月19万円の年金の範囲内で生活しようと必死になり、貯金を切り崩すことに罪悪感すら覚える日々。

「私たちはなんのために、あんなに我慢して貯めてきたんだろう」

リビングで半額の惣菜をつつきながら、ふと虚しさが込み上げてきたといいます。

お金を使うことを後押しした息子の一言

転機は、久しぶりに帰省した息子の一言でした。二人の質素すぎる暮らしぶりを見た息子は、呆れながらもこう言ったのです。

「父さん、母さん。俺にお金を残そうとしてるなら、いらないよ。俺は自分で稼いでるから。それより、もっと二人のいまに使ってくれよ。俺、二人が楽しそうにしてるほうが嬉しいんだよ」

その言葉に、ハッとさせられました。

「いつかなにかがあったときのためにと、40年間我慢し続けてきたけれど、その『いつか』は、永遠に来ないのかもしれない。いま楽しまなければ、私たちはただお金を持ったまま死ぬだけなんだ」

そこで二人が話し合って決めた、お金の使い道。それは、「家族全員参加の『完全招待旅行』を毎年主催すること」です。

息子夫婦と孫、そして自分たち。総勢6名の旅行費用、交通費から宿泊費、食事代、アクティビティ代まで、すべてサブローさんが「スポンサー」として支払うのです。予算は年間100万円。これまでなら考えられない金額です。

先日、初めての旅行で沖縄に行きました。孫がホテルのプールで大はしゃぎし、息子夫婦が「父さん、ありがとう! こんな贅沢初めてだよ」と満面の笑みを見せる。――その光景を見たとき、サブローさんは初めて「お金を使ってよかった」と心から思えたそうです。

「通帳の数字は減りましたが、代わりに『家族の思い出』という、決して消えない財産が増えました。8,000万円、使い切るつもりで、これからは孫たちの笑顔に換えていきます」

老後資金の使い方を可視化する

サブローさんとトモコさんのように、現役時代に過度な節約を続けてきた人にとって、貯金を取り崩すことは恐怖でしかありません。この恐怖を克服し、老後資金を適切に使うためには、次の4つのポイントを押さえましょう。

1. 「節約」という名の依存症

40年間続けてきた「節約」は、もはや生活習慣であり、一種の依存症に近い状態といえます。「通帳の残高が減る=自分の命が削られる」ような錯覚に陥っているため、理屈ではお金があるとわかっていても、数百円の出費に痛みを感じてしまうのです。この心理ブロックを解除するには、「これ以上使ったら危険」というラインと、「ここまでなら絶対に使っても大丈夫」というラインを、明確な数値として可視化するしかありません。

2. 「手を付けない金額」を先に決める

まずやるべきは、「最期まで手を付けないお金」を決めることです。一般的に、老人ホームの入居一時金や介護費用、葬儀代などを考慮し、1人あたり500万円〜1,000万円程度を確保しておけば安心といわれています。今回の夫婦の場合、かなり保守的に見積もって「2人で3,000万円」を死守するライン(防衛資金)と設定します。

総資産: 8,000万円

手を付けない金額: 3,000万円

使ってもよい金額: 5,000万円

このようにわけることで、「全財産が減っていく」という感覚から、「自由資金という枠の中で予算を消化する」という感覚に切り替えることができます。

3. 「何歳までにいくら使うか」をシミュレーション

次に、この「自由資金5,000万円」を、体が動く元気なうちにどう配分するかを計算します。現在65歳のご夫婦が、健康で旅行や趣味を十分に楽しめる「健康寿命」を80歳までと仮定します(期間は15年間)。

自由資金 5,000万円 ÷ 15年 = 年間 約333万円

つまり、年金19万円の生活費とは別に、年間333万円を使い切っても、80歳時点で資産はまだ3,000万円残っている計算になります。

4. 「使わないリスク」を直視する

多くの高齢者世帯が、長生きリスクばかりを懸念しますが、資産8,000万円の夫婦にとってのより大きなリスクは「お金を持ったまま、使う体力と気力を失うこと」です。

漠然とした不安を抱えたまま節約を続けるのではなく、一度自身の資産寿命をシミュレーションしてみることをお勧めします。「使ってもなくならない」という事実を数字で確認することこそが、長年の呪縛から解き放たれる唯一の方法です。