大関・安青錦

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 大相撲初場所は新大関・安青錦が連覇を達成した。先場所は新関脇の場所で初優勝を遂げているが、新関脇、新大関での2場所連続優勝は、あの双葉山以来89年ぶりの快挙である。春場所(3月8日初日・大阪)での、朝青龍の25場所を抜く所要16場所、最速での横綱昇進(付け出しを除く)が現実味を帯びてきた。昨年3月の新入幕から勝ち越しを続けるどころか全て11勝以上という強さの秘密には、師匠・安治川親方(元関脇・安美錦)と、元グラビアアイドル女将の存在があった。

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三賞12回、金星8個

 安青錦はいい部屋に入った――。多くの相撲協会関係者がこう口にする。

大関・安青錦

 安治川部屋は令和4年、元関脇・安美錦が再興した。青森県出身の安治川親方は、祖父が出羽海部屋の元力士、父の従兄弟に元横綱・旭富士の宮城野親方、兄も元幕内の安壮富士という相撲一家の出である。高校卒業後18歳で安治川部屋へ入門。小兵だが技巧派としてならし、令和元年に40歳で引退するまで、22年間の現役生活で技能賞6回を含めて三賞を12回受賞。朝青龍からの4個を筆頭に、貴乃花、武蔵丸、白鵬、鶴竜と、対戦した5横綱全員から合計8個の金星を獲得している。軽量力士の宿命である大怪我を何度も乗り越え、最高位は関脇だが、関取在位は117場所と元大関・魁皇と並び歴代1位。技巧派だけに紙一重の勝負も多く、「行司さん泣かせでした。安美錦の取り組みは“差し違え“と隣り合わせなので担当したくないとよく口にしていた」(ベテラン相撲記者)。

 その技量は安青錦の取り口にも生きている。入幕してまだ6場所だが、既に技能賞を三回受賞。とりわけ得意技の内無双は切れ味抜群だ。

桑田真澄氏や原晋氏と同じゼミで

 安治川親方は異色の経歴の持ち主でもある。令和3年、早大大学院スポーツ科学研究科修士課程に入学。1年間、早大でスポーツビジネスを学んでいるのだ。指導教官は、平田竹男教授。内閣官房参与や東京五輪の推進本部事務局長を務めた大物で、教え子には、元横綱・稀勢の里の二所ノ関親方や、桑田真澄・オイシックスCBO、青山学院大学陸上競技部長距離ブロックの原晋監督などがいる。

 こうした経歴からも推察できるように、安治川部屋には、多くの相撲部屋にいまだにありがちな非効率な稽古や、非合理な指導はないとされる。

 部屋の最大のこだわりは、稽古場チェックモニターだ。稽古場に大きなモニターが設置してあり、撮影された動画で、土俵での動きをすぐにチェックできるようになっている。視覚情報に慣れた若い世代を意識した指導を心がけているのだ。「感謝する姿勢」「学び続ける意欲」「社会貢献する心」――これが部屋の3つの指針だという。

朝青龍や白鵬の師弟関係は

 安治川親方が活躍した平成中〜後期は、ハワイ勢、モンゴル勢など外国出身力士が隆盛を極めた時代でもある。彼らの存在が相撲人気を盛り上げ、国際化させたのは事実であるが、一方で、文化の違いから、親方と外国出身力士との関係が上手くいかないケースも少なくなく、多くのトラブルを生んできた。

「当時は外国出身力士のパスポートを親方が厳重に管理(現在は原則禁止)していたような時代です。自由もほとんどなく、外国出身力士はあまりの管理、監視に耐えられなかった。日本語やしきたりの指導も一切なし、それが相撲部屋の常識でした。特にモンゴル、ロシア出身の力士のトラブルが際立っていた」(同)。

 例えば、幕内最高優勝を25回達成した朝青龍は「横綱は勝てば何をしてもいい」というポリシーを貫き、師匠の高砂親方(元大関・朝潮)とは衝突の連続。親方のハンドリングがまったく効かない状態になった。

「平成19年には巡業を欠席しながら、モンゴルで元日本代表の中田(英寿)氏とサッカーに興じました。最終的には協会から引退勧告をうけた朝青龍は“親方は最後まで、俺のこと守ってくれなかった”と話していました」(同)。

 また、横綱・白鵬も、師匠・元幕内竹葉山の宮城野親方との関係は、通常の師弟のそれとは異なっていた。

「竹葉山さんは現役時代の最高位は前頭13枚目。白鵬とは格が違う。入門させてもらったという恩義は感じているものの、親方を内心馬鹿にしていて、まったく言うことを聞きませんでした。白鵬は、勝負に勝手に物言いをつけたり、表彰式で万歳三唱や三本締めを行うなど、マナー違反を度々問われ、処分を受けてきましたが、これも親方がまったく制御できていなかったから」(同)

 挙句、横綱・日馬富士による暴行事件の現場にも同席。結果、史上一位の45回の優勝を遂げるなど数々の記録を打ち立てたにもかかわらず、一代年寄の称号を与えられず、昨年には角界を去っている。

 平成20年にはロシア出身の若ノ鵬が大麻取締法違反で逮捕。同じくロシア出身の露鵬と白露山の兄弟力士にも大麻の陽性反応が出た。どのトラブルも親方たちの指導力のなさが浮き彫りになった。

 安治川親方はそれを目の当たりにしてきた1人。だからこそ「風通しのよい部屋にしたい」という思いがあったという。

女将のサポート

 そんな安治川親方の最強のパートナーが、部屋の女将・(杉野森)絵莉夫人だ。女将も親方に負けず劣らず、異色の経歴を持つ。会社経営者の父を持ち、早稲田大学法学部を卒業したインテリである一方、「白井絵莉」の名前でグラビアアイドルとして活躍し、舞台などにも出演経験がある「才色兼備」の夫人なのだ。

 親方の早稲田での修士論文も、「相撲部屋におけるおかみさんの役割について」。

「部屋の経営に女将さんが如何に重要か、また、力士の心理的サポートや生活全般への支援についても、どれだけ重要かなどが論じられている。さらには、相撲協会が女将さんへの研修を行うことも提言しています」(相撲担当記者)

 戦火を逃れ、異国の地・ウクライナからやってきた安青錦に、日本語やしきたりを学ぶサポートをしたのも、女将だ。

「安青錦は国立ドネスク大学への進学が決まっていたほどの秀才です。日本語の学習スピードは非常に速かった。ただ、細かいニュアンスの徹底や、日本の数多くのしきたりなど、これまでの多くの外国出身力士がぶつかった壁はあり、そこを女将さんがしっかりフォローしている。今場所も優勝後の表彰式で、安青錦が君が代を歌ったり、インタビューの際に四方に礼をしたりしていたのが話題になっていましたが、これも教育の賜物でしょう。ちなみに、絵莉夫人自身、幼少期に海外経験があり、英語、フランス語に堪能で、今はウクライナ語も勉強中だとか」(同)

 さらには、女将はアスリートフードマイスターの資格も持つ。食事の管理も抜かりないのだ。

験かつぎの青マフラー

 昨年九州場所で安青錦が初優勝、大関昇進を遂げたが、部屋を開いてわずか3年でこの実績は、これもまた異例のことである。親方は一昨年、母校・早稲田への恩返しと、稲門相撲会を設立。この2月には、同大相撲部の川副楓馬主将の入門が決まっている。彼は他の部屋からも勧誘された有力力士である。

 今場所は、親方と安青錦の絆も改めて証明された。

「親方は初日の早朝に1人で明治神宮へ必勝祈願にいっています。また、験をかつごうと青いマフラーをして両国に通っていた」(同)。

 一方の安青錦も、12日目から締め込みを青から黒色のものに変えた。かつて師匠が着けていた廻しを譲り受けたのである。

 安青錦にとって来場所は、角聖・双葉山、照国の2人しか成し遂げていない2場所での大関通過、横綱昇進を狙う大切な場所となる。まだ21歳。異例の大躍進の裏に、安治川親方夫妻との出会いがあるのは間違いない。

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小田義天(おだ・ぎてん) スポーツライター

デイリー新潮編集部