2025年度クマに襲われて死亡した人は13人にのぼり、過去最多の被害となっている(環境省まとめ)。クマ問題を取材するライターの中野タツヤさんは「クマなどの野生動物と遭遇した際は、慎重に行動したほうがいい。特に、海外では野生動物との『危険な自撮り』が問題視されている」という――。
左)写真=iStock.com/fongfong2、右)写真=iStock.com/undefined undefined
※写真はイメージです - 左)写真=iStock.com/fongfong2、右)写真=iStock.com/undefined undefined

■SNSを震撼させた「クマに食われる動画」

前回、TBS「どうぶつ奇想天外!」のロケ中に写真家の星野道夫さんがヒグマの襲撃で命を落とした事件についてご紹介した(参照〈なぜ伝説の動物写真家はヒグマに命を奪われたのか…星野道夫さんの悲劇を呼んだ「餌付けされたクマ」の怖ろしさ〉)。

野生動物の生態に詳しいプロの動物写真家であっても、ヒグマのような動物に接近して写真を撮るのは大きな危険をともなう行為だ。観光地などでクマなどの野生動物を見かけたとしても、絶対に接近して写真を撮ってはならない。

ただ、「SNSでバズりたい」といった動機から、危険を顧みない自撮りが横行し、死亡事故も発生しているのが現状だ。

こうした事故の中には、襲撃の一部始終が動画に撮影され、衝撃的な映像がインターネット上に投稿され今も視聴可能なケースさえある。

ヒグマとの自撮りがいかに危険かを示すためにも、今回、そうした事例について今一度ご紹介してみたい。

■車を停め、用を足そうとすると…

事件は2018年5月2日の夕方に起こった。以下、報道やSNS投稿などを元に事件の概要を追ってみよう。

インド・オディシャ州ナバランガプル地区で、タクシー運転手をしていたプラブー・バターラ(Prabhu Bhatara)氏は、客を乗せて車を運転している途中だった。

彼が運転するSUV車の後部座席には、その日結婚式をあげたばかりの新婚カップルが乗っていた。

運転の途中で、バターラ氏は急に尿意を催し、森のそばに車を停めて用を足すことにした。

と、その時、彼は近くに一頭のナマケグマがいるのに気がついた。

ナマケグマはクマの一種で、主にインドやスリランカに生息している。シロアリなどのアリを主な食料にしており、長い鼻で吸い込むようにして食べる。

体長は約140〜190センチ、体重はオスでも80〜145キロと、日本のツキノワグマと同じくらいのサイズだ。ヒグマに比べると小さいが、人間の住む地域の近くに生息していることもあって、人を襲う事故が後を絶たない。

インドではかつて「マイソールの人喰いクマ事件」という大事件が起こっている。死者12人を出し、観測史上最悪のクマ襲撃事件として有名だが、これもナマケグマによるものだ。

この事件は1950年代に起きたとされ、1957年に刊行されたケネス・アンダーソンの著書『Man-Eaters and Jungle Killers』の中で紹介されたことで、世界中で知られるようになった。

■「俺、あいつ(クマ)と自撮りしてくる!」

バターラ氏はSUV車に戻ると、後部座席のカップルに言った。

「すぐ横の小さな池でナマケグマが水を飲んでる! ケガをしていて逃げられないみたいだ。俺、あいつと自撮りしてくる!」

新婚夫婦は猛反対したが、バターラ氏は構わず斜面を駆け上がっていった。

ナマケグマまで数メートルの距離に近づくと、クマの様子がはっきり見えた。クマは怪我をしていて、動きがにぶく、体から血がにじんでいた。

バターラ氏はスマートフォンで撮影を始めた。ナマケグマと自分をフレームに入れようとスマートフォンの角度を調整していると、ナマケグマが急に動き始めた。

危険を察知し、バターラ氏が逃げようと一歩踏み出したところ、足が滑り転倒してしまった。

その瞬間、ナマケグマはバターラ氏に襲い掛かると、体を地面に叩きつけ、爪で肉を引き裂き、鋭い歯を何度も突き立てた。

新婚夫婦がSUV車の後部座席から「逃げて!」と叫び続けるが、ナマケグマは爪と顎でバターラ氏の体をがっちり捕らえ離さなかった。

バターラ氏が逃げようともがくほど、余計クマの攻撃を受ける。バターラ氏はすぐに動けなくなった。

SNSより
インド・オディシャ州のタクシー運転手、プラブー・バターラ(Prabhu Bhatara)氏 - SNSより

■野良犬が加勢し、クマに噛みついたが…

現場には周辺住民らが集まって、叫んだりクマに向かって棒や石を投げたりしたが、攻撃をやめさせることはできなかった。

そこに突然、野良犬が現れ、バターラ氏を助けようと思ったのか、クマに突進し、吠えかかって噛みついた。

しかし、体の大きいクマにとって、野良犬の攻撃などは大した問題ではなかった。クマは野良犬には構わず、バターラ氏を地面に叩きつけて、頭部と首に致命傷を負わせた。

やがてバターラ氏の動きが止まり、あたりは静寂に包まれた。

この時、群衆の一人がクマによる襲撃の一部始終を動画撮影しており、現地のローカルニュース局「kanak news」が放送している。

(この動画は現在も公開されているが、ショッキングな動画のため視聴はおすすめしない)

■ゾウに踏み潰される事故も多発

事件が起きたインド・オディシャ州ナバランガプル地区は森林の面積が約40%を占め、先住民が多く住む農業地帯だ。野生動物が多く生息し、クマやゾウ、コブラなどの毒ヘビとの遭遇事故が頻繁に発生している。

この事件の約半年前となる2017年12月には、ゾウとの自撮りを試み、踏み潰されて死亡するという事件も起きている。

このような地域で、野生動物との自撮りを敢行するのは、誰の目にも危険な行為と映るだろう。

事実、SNS上にはバターラ氏を批判する投稿が相次いだ。

「バターラ氏は馬鹿だった。彼の馬鹿さのせいで、ただ自分を守っただけの無垢なクマが鎮静化されなければならなかった」
「バターラ氏はダーウィン賞(愚かな行為で死亡、もしくは生殖能力を失った人を、逆説的に人類進化に貢献したとして表彰)の候補者だ。自撮りやYouTube動画のために命を失う価値はない」

SNSより
クマによる襲撃の一部始終が撮影された動画より - SNSより

■世界最多、インドで続く「自撮り死」

SNSの普及により、バズ目的で危険な撮影を敢行して命を落とすケースが世界中で増えているが、こうした行為を英語で「killfie(キルフィー)」と呼ぶことがある。

2016年にカーネギーメロン大学とインド工科研究所が発表した論文によると、2014年3月から2016年9月までの間に127件の自撮り死亡事故が発生しており、そのうち76件がインドに集中しているという。

また、米ニューヨークポストの報道によると、2014年3月から2025年5月の間に発生した自撮り死亡事故のうち、最多はインドで271件だったという。

なぜインドにおいてこうした危険な自撮り行為が後をたたないのか。

先ほどのニューヨークポストの記事によると、インドは人口が多く、密集していることに加えて、野生動物との遭遇機会が多く、また切り立った崖といったリスクの高い環境にアクセスしやすいという理由があるようだ。

近年はカムチャツカ半島やアラスカといったヒグマ生息地へ行くツアーもあり、お金さえ払えば、大自然の中で「ヒグマと自撮り」するチャンスを得ることができる。

だが、クマをはじめとする野生動物を見かけても、接近して写真を撮影するのは非常に危険な行為だ。

都会の人も十分注意して行動すべきだろう。

----------
中野 タツヤ(なかの・たつや)
ライター、作家
出版社で書籍・Web編集者として活躍したのち独立。ヒグマ関連記事を多数手掛けた経験をもとに、日本および世界のクマ事件や、社会・行政側の対応について取材している。tatsu_naka1226@ymail.ne.jp
----------

(ライター、作家 中野 タツヤ)