東北大学総長・冨永悌二の「世界と伍して、成長していくための大学改革を!」
今後〝卓越大学〟の認定を受ける大学は、5、6校位になるものと思われる。
グローバル化のため、仏の 女性教育者をCGOに
AI(人工知能)が登場し、今は〝100年に一度の大転換期〟ともされる。
大学教授の年収1000万円位という報酬相場にも変化が出てきそうだ。
「わたしたちは、人に投資すると。成果を残す人にはもっと処遇を上げたい。例えば海外から人を雇うということは、その予備軍の一つだと思っています」
冨永氏は、「日本の研究者だけが市場経済ではない」と語る。
「海外は研究者のコミュニティにも市場原理が組み込まれているんです。秀れた研究をする人、すごく研究資金を獲得する人、そういう人の給料は高い。それは大学を経営する側にとっても、高い給料を払ったとしても、それに見合うだけの成果をあげているからです。東北大学は全国の中でもその先陣を切っていると思っています。わたしの給料は学内で10番目ですからね。わたしより給料の高い教授が9人もいるんです」
ガバナンスの面でも改革が進む。『運営方針会議』のメンバーは、計9人のうち冨永氏や副学長の青木孝文氏ら学内のメンバーは3人。他には、企業人の東哲郎氏(ラピダス会長、最先端半導体技術センター理事長)、英UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)の前副学長のDavid Price(デイビット・プライス)氏ら6人が構成員となっている。
この6人の中の、Marie Pierre FAVRE(マリー・ピエールファーブル)さん(フランス人女性)は、日本の国立大学では初めてチーフ・グローバル・オフィサー(Chief Global Officer)に就任。
「マリーさんは、フランスの国立応用科学院という工学系の研究体で副学長をされていた方です。東北大学が国際舞台でやっていけるような学外での国際化、そして学内の国際化を目指す上での人事の一環です」
そもそも国際化とは何か?
「国際化といっても、実質的ではない部分がかなり日本ではあると思います。日本という国は、いろいろな研究を日本語で勉強できるんです。これは歴史的に見てもそれが言えます。明治維新の頃から、フィロソフィといったら哲学という言葉を当てる。そういった形で、全ての研究分野をおよそ日本語で教育できるような環境でした。ですから、あえて英語でものを学ぶということを今までしてこなかったということがあります」
冨永氏は、「日本語で理解できるのに、なぜ英語でという考えもあると思いますが」と断りながら、次のように続ける。
「ただ、われわれがグローバルに世界で伍してやっていこうと思ったら、やはり英語をバリヤー(壁)にしては駄目だと。ですから、東北大学そのものの国際化を図ることが必要なんです」
『研究第一』、『門戸開放』と 『実学尊重』の伝統に加えて
東北大学は1901年(明治40年)、東京帝国大学(現東京大学)、京都帝国大学(現京都大学)に次いで、わが国3番目の帝国大学として設立された。『研究第一』、『門戸開放』、『実学尊重』を三つの柱に、「研究と教育は車の両輪」という理念の下、運営されてきた。
研究面では、八木アンテナで有名な八木秀次教授(1886-1976、後に東京工大、大阪帝大学長を歴任)、KS鋼(永久磁石鋼)を発明した本多光太郎(1870-1954)教授、さらには半導体デバイス開発の第一人者、西澤潤一教授(1926-2018、元東北大学総長)らを輩出。
また、戦前、当時の専門学校、師範学校や留学生にも早くから門戸を開放。物理学者で後に東京大学総長を務める茅誠司氏(1898-1988)や東海大学を創立した松前重義氏(1901-1991)も卒業生。中国の作家・魯迅も留学生として当時の仙台医学専門学校(現東北大医学部)で学んだ。
