「スクールセクハラ」と総称される、教師による児童生徒へのセクシュアル・ハラスメント。スクールセクハラの被害者の苦しみは、被害の渦中にある時だけでなく、成人してからも長く続く。ジャーナリストの秋山千佳さんが「文藝春秋」2019年9月号で取材した「いま、あなたの娘と息子が危ない! スクールセクハラ『犠牲者』たちの告発」を全文公開する。※肩書きや年齢などは掲載時のまま。(全2回の1回目/#2へ続く)

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 ブラインドを下ろしたビルの一室では、窓の外で降りだした雨の音も聴こえなかった。

 テーブルを挟んで向き合った彼女は、高校生だったおよそ10年前、信頼していた教師によって降りかかった悪夢をぽつりぽつりと語りだした。


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「恋愛経験も性的な知識もない子どもだったので、先生から大人の世界を急に持ち込まれてわけがわからなかったし、はっきり悪事として捉えられなかったというか……。今振り返れば、なぜ最初の段階で親にも学校にも言えなかったのかと思うんですけど、先生をかばいたくなる生徒の思いが悪用されたんですかね」

 伏し目がちに回想するのは、田村千尋さん(仮名、28)。札幌市の私立高校に在学中の2年時から3年時にかけて、当時30代後半の男性美術教師によって、下半身を触られるなどの性被害を受け続けた。「口止め」としてわいせつな写真も撮られている。

 その教師が接近してきたのは、1年秋のこと。校内行事の準備で下校が遅くなり、同級生の女子たちと学校を出ようとすると、決まって教師と鉢合わせた。暗いから車で送っていくという教師の申し出に皆で乗ることが重なり、時にはカフェレストランで食事をごちそうになることもあった。そうしたことが毎週のようにあり、女子生徒の下校を待ち構えていた可能性もあるが、当時の田村さんは「優しくて面白い先生だな」と疑いを持たなかった。

 2年になり、一人で下校しようとしていた田村さんは玄関先で教師に呼び止められ、いつものように警戒せず車に乗り込んだ。道中「ファミレスで食事していきますか」と言われて店に寄り、食事を終えると「こんな美術展が開かれているから休みの日に一緒に観に行きませんか」と誘われ、美術が好きだった彼女は無邪気に喜んだ。今なら40近いおじさんが高校生を誘うなんておかしいと思えるんですが……と彼女は言う。

「うちの父親は仕事人間で気難しく、すぐ手が出る人で、それを母が泣いて止めてくれるものの、何となく家に帰りたくない気持ちがありました。一方で先生と話していると楽しいし、恥ずかしい話ですが、森のなかのメルヘンチックなお屋敷で先生とのんびり暮らせたらいいのになんて子どもじみた空想をしたこともあります。要するに現実的な恋ではないのですが、漠然と憧れを持っていた先生とお出かけできるのは嬉しかったんです」

写真を口止めに

 その教師が他の生徒たちと休日にカラオケに行ったなどと聞くこともあり、田村さんは美術館などに連れて行ってもらう距離の近さを「特別」とも考えなかったという。

 しかし教師と出かけた休日の帰り、夜道を走っていた車は、いつしか港のような人気のない場所に入って停まった。シートベルトを外して無言で凝視してくる教師に田村さんは怖くなり、うつむいて体をこわばらせた。教師はため息をつくと、「君ってやつは。私のことが好きじゃなかったのか」などと責め立てた。好きだと口にしたことはなかったが、何も言えずにいる田村さんにしびれを切らしたように教師は腕を伸ばしてきて、こう告げた。

「失礼しますね」

 スカートをめくられ、下着の中に手を入れられた田村さんは、混乱した頭で「これって私のせいなの、私が悪いのかな」としか考えられず、されるがままになった。

「後からその教師に言われたのは、『これは普通の行為で別に悪いことじゃないと君に繰り返し教えた』『男性に警戒心を持たないように誘導した』ということでした。だからなのか、最初の怖さもだんだん麻痺していって。体を触られるのは男女の関係であって、教師と生徒の関係じゃないということを当時は認識できなかった」

 行為への嫌悪感はあっても教師を慕う気持ちがあり、田村さんはその後も教師に声をかけられれば従った。やがて「18歳になったから」という説明だけでホテルに連れて行かれた。教師は絵を描く資料にすると言いながら裸の彼女を縄で緊縛し、写真に収めた。しばらくすると、「高校生に手を出した話を彼女にしたら怒られたから終わりにしたい」という一方的なメールが来て、性的接触は止んだ。彼女は表情を歪めてこう語る。

「これも後から言われたんですが、写真は口止めという意味もありますよと。その教師は今も教壇に立っています。あんなことを生徒にして社会的に許されるのはおかしいと成人してから気づき、すべてをぶちまけてやりたいと何度も考えました。でも、そのたびにリベンジポルノ的に写真を流出させられるかもしれないとよぎって怖くなり、こんなことになった自分を責めて精神的にも生活もぐちゃぐちゃになりました」

発覚するのは氷山の一角

 今年6月、群馬県で私立中学の27歳の男性教師が、担任を受け持つ2年の女子生徒を乗用車内に拉致監禁したとして逮捕され、殺人未遂やわいせつ目的略取などの罪で起訴された。「好意があった」「わいせつ目的だった」と供述する容疑者の異常さは耳目を集めた。

 しかし事件化しなければ明るみに出ないだけで、田村さんが経験したような事案は全国どこでも起こり続けてきた。

 こうした事案は、教師による児童生徒へのセクシュアル・ハラスメント、「スクールセクハラ」と総称される。私はこのスクールセクハラ問題をたびたび記事化してきたが、その都度「記事に出てくる話が自分とそっくりで驚いた」「何十年たっても昨日のことのように苦しい」といった当事者たちのやり場のない声が寄せられてきた。田村さんもその一人だ。

 文科省によると、平成29年度に性的行為などで懲戒処分された公立小中高校などの教員は、210人。このように発覚するのは氷山の一角であり、さらに群馬の事件のような私立学校は公的調査がなくこの数字に含まれておらず、実態も不明だ。

 森脇正博・京都教育大学附属京都小中学校教諭と榊原禎宏・京都教育大学教授が昨年発表した論文によると、公立教師によるわいせつ行為の処分件数は、全国の23歳以上60歳以下人口の発生率に対しておよそ1.5倍高い状況が続いている。年代は若手からベテランまで幅広く、校種でいうと小学校より中学、高校と発生率が上がる。森脇教諭はこうした傾向から「(小児性愛者といった)教師のパーソナリティーの問題以上に、中高特有の部活動指導など距離の近さが影響していると感じる」と指摘する。

「私、この教師の便器だったんかな、今思えば」

 兵庫県尼崎市の公立高校で被害に遭った小野香織さん(仮名、52)のケースは、まさに部活動から生じたものだった。

 家族連れで賑わう休日のショッピングセンター。その一角で小野さんは高校の卒業アルバムを開き、「真面目そうな子でしょう?」と体育会系部活動の集合写真を指差した。かつての彼女は、やや硬い表情で背筋を伸ばしている。少し離れた位置で直立する男性顧問が、加害教師だ。生活指導担当でもあり既婚者、子どももその頃生まれている。

 小野さんは遠い目をしてつぶやく。

「私、この教師の便器だったんかな、今思えば」。言葉に詰まる私に彼女はぎこちない笑みを向け、「かわいそうだと思わないでくださいね、そう思われると教師への憎しみがこみ上げるからしんどいんです」と続けた。

 小野さんの所属していた部は強豪として知られ、顧問教師は部員たちから恐れられる絶対的な存在だった。実力があった彼女は他の部員より大切に扱われ、親身に指導してもらえてありがたいと感じていたという。

 2年のある休日、小野さんは突然顧問に呼び出された。「車に乗れ。六甲へ行く」と指示され、走り込みにでも行くのだろうかと素直に従った。しかし車は目的のないドライブに終始し、その日はそれで終わった。

 後日、日曜日にまた同じような呼び出しがあった。何の疑いもなく顧問の赤い車に乗り込んだ小野さんは、やがて車が隣市のラブホテルの入口をくぐったことで混乱した。一部屋に一つガレージがあり、受付を通らず入室できる店だ。小野さんは振り返る。

部活の顧問はホテルの前で「断るんか」とすごんだ

「高校生ながらにどういう場所かはわかったので、部屋に入る前に拒んだんです。何なんですかって。そうしたらその人がものすごく怖い顔になって、『断るんか、ええんやな』と脅すように言われました。その後の記憶は翌日まで真っ白です」

 翌日、体育教官室に呼び出された小野さんは、にやつく顧問の顔と、まるで教え諭すような次の言葉が忘れられないという。

「なあどうや、股に何か挟んだ感じがするやろ。それが処女なんや。普通だから大丈夫や」

 それから彼女は毎日のように、教官室に呼び出されるようになった。体育倉庫に連れて行かれてはマットの上に「伏せろ」と指示され、レイプされた。教官室には外国のアダルトビデオがあり、「これ見てみ、先生方は皆見てるんや」と強要されたこともある。

「とにかく競技に必死だったし、続けるためには逆らえない。これも義務、練習の一環だと思って、行為の最中は頭と体の感覚を切り離すようにしていました。生身の人間じゃ生きていられなかったですよ。感覚を麻痺させてロボットになった感じです」

 そう話す小野さんは、当時まだ異性と交際したことがなかった。密かに思いを寄せる同級生はいたが、そんな思春期らしい心とは関係なく、健全な恋愛の段階をすっ飛ばして体の関係を強要されていたのだ。

 さらに顧問は、小野さんに対して「家から金を抜いてこい」と指示した。彼女が指示通りに親の財布から何枚かのお札を抜いていくと、その金でまたホテルに連れて行かれた。

 こうした行為は卒業まで続き、小野さんは大学でも競技を続けることになった。当時は顧問のおかげで進学できたとさえ思っていたという。「洗脳ですよね」と小野さんは言う。

 忌まわしい記憶に蓋をした彼女が、被害を明確に自覚した時には35歳になっていた。たまたま性的虐待の話を聞く機会があり、「心の奥底でもやもやしていた得体の知れないものが一気にマグマのように吹き出した」という。極度の不安感や対人恐怖に襲われ、駆け込んだ心療内科でPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。

 かつての顧問は、定年退職まで勤め上げた。そして今も、子どもたちに関わる立場にある。

「スクールセクハラ」の問題に関する当事者や関係者の方からの情報提供については、ジャーナリスト・秋山千佳さんのウェブサイトまでお寄せください。

教師からポケベルで呼び出し、夜間に“処理”させられて…スクールセクハラ被害者が声をあげる理由 へ続く

(秋山 千佳/文藝春秋 2019年9月号)