新型コロナウイルスの影響で打ち切りとなった今季のBリーグにおいて、シーズンMVPに輝いたのがアルバルク東京の田中大貴である。


日本代表でもシューターとして主軸を担うアルバルク東京の田中大貴

 日本代表にも名を連ねるシューティングガードは、ケガ人が続出する苦しい台所事情のチームを牽引。新型コロナウイルスの影響でリーグ戦が打ち切りとなったため、「優勝」の栄誉は手にできなかったものの、アルバルク東京を「リーグ最高勝率チーム」へと導く活躍を見せた。

「前のシーズンよりも役割を果たせたと思いますし、数字的にも上回れた。今季は馬場雄大選手(テキサス・レジェンズ)がアメリカに行きましたし、ケガ人もいるなかで苦しい状況だったんですけど、一番上の順位に行けたのは、やることをしっかりやれた成果かなと思います」

 MVPを獲得できた要因を、田中は「コンディション」に見出している。

「開幕前からいいコンディションを維持できたのが大きいですね。2試合だけケガで休んでしまいましたけど、それ以外は本当にずっといい状態を保てていた。コンディションさえキープできていれば、ある程度のパフォーマンスは見せられると思っていたので、そこが一番かなと思います」


 やれるという自信の背景には、昨年行なわれたワールドカップの経験がある。「史上最強チーム」と期待されながらも、グループリーグで3連敗。アメリカには手も足も出なかった。

「この経験を生かさないと意味がない」

 今季のBリーグ開幕前に、そう語っていた。世界で感じたその差をいかに埋めていくかが、田中にとっての重要なテーマだったのだ。

「世界を相手にして、フィジカルだったり、激しさだったり、全然違うことを感じました。その経験を持ち帰って、自分たちがBリーグのレベルを高めていかないといけない。そういう気持ちでプレーしていました」

 もちろん、世界と国内とでは、高さ、パワー、スピードとすべてにおいてレベルが違う。そもそも体格がまるで違うのだ。田中も世界相手には体格で劣るが、国内では上回れる。その時点で置かれた立場は違ってくる。

「簡単に、と言うと語弊があるかもしれないですけど、ある程度やれてしまうのが現状。そこは相手がいるスポーツなのでしょうがないところです。


 ただ、Bリーグでうまくやれていても、世界に行った時にどうなんだ? と常に考えていました。そこの意識を持ちながらプレーしたことが、少なからずMVPにつながっているのかなと思っています」

 周りのレベルに合わせず、常に高みを見据える。その意識を保ち続けたことが、田中をワンランク上のプレーヤーへと成長させた。その意味で価値のあるシーズンとなったことは間違いないだろう。

 もっとも、やはりシーズンが打ち切りとなったことで満足感は得られていない。3月、4月には宇都宮ブレックス、千葉ジェッツなど、東地区の強豪との試合を控えていた。そこで結果を出し、真のチャンピオンとなることが最大の目標だっただけに、その機会が失われたことに悔いは残る。

「3連覇がかかったシーズンでしたからね。ケガ人がいながらもいいシーズンが送れていたし、ここからが本当の勝負だと思ってもいました。優勝できる自信はありましたし、またみんなでいい想いをしたかった。その点においては残念でしたね」


 一方で、田中は「仕方ないこと」と受け止めている。状況を考えれば、試合を続けるのは難しいことだと早くから感じていたからだ。

「当初は再開できると思っていましたけど、日に日に状況が悪化するなかで、打ち切りを覚悟していました。一度無観客で再開しましたけど、体調不良者が出て中止になる試合もあった。その時点で公平性が保たれていなかったので、無観客でもきついかなと。

 試合がいつ再開されるかわからないなかでモチベーションを保つのも難しいですし、なにより試合をやって誰かが感染してしまったらと考えたら、これ以上やるのは難しいなと思っていました」

 結局、シーズンは打ち切りになってチャンピオンシップもなくなり、優勝チームはなしとなったが、田中が今季最も輝きを放った選手であることに変わりはない。

「MVPをいただけたことはうれしいし、栄誉なこと。でも、『優勝していないのに』と思っている人もいるかもしれない。それなら来年、もう1回取ったらいいんじゃないかなと。そこは新しいモチベーションになっています」


 Bリーグだけでなく、今夏に控えていた東京五輪も来年に延期となることが決まっている。当事者である田中はさぞ落胆しているのではないかと思っていたが、むしろ前向きにその状況を受け止めていた。

「延期になったことがすべてマイナスではなくて。自分もひとつ歳を重ねるけど、いいコンディションを保てる自信はあります。今の代表は若い選手も多いので、1年後にパフォーマンスが衰えてしまうこともないはず。

 やっぱり、去年のワールドカップを経験して、1年でこの差は埋まるのかなと感じていましたから。正直、ちょっと時間が足りないなという不安もありました。だから、1年延びたことをプラスに考えています」

 日本代表では、NBAでプレーする八村塁(ワシントン・ウィザーズ)とチームメイトとなる。本場で活躍する八村の姿に、田中も大きな刺激を受けているという。

「日本人がNBAで活躍している姿は、やっぱり誇らしいですね。あのレベルが出てくるのはなかなか難しいかもしれないですけど、若い世代から、自分もという感じで続いてくれればいいですね。


 Jリーグも今は海外組がたくさんいるじゃないですか。すぐにはそうはならないでしょうけど、バスケ界もそういう流れが生まれてくる可能性がある。その意味で、彼が与える影響力は大きいと思います」

 一方で今季のBリーグでは、三遠ネオフェニックスでプレーした高校生の河村勇輝が大きな話題を振りまいた。新たなスター候補生の台頭を、田中も歓迎している。

「対戦はできませんでしたが、映像を見て、高校生離れしていると感じましたね。バスケットをすごくわかっているし、センスがある。

 サイズがないので、大変な部分もあると思いますけど、プロでもやれる力は十分にあると思います。大学(東海大)では僕の後輩になるので、そこでの活躍も楽しみにしています」

 もちろん、田中にも日本のバスケ界を牽引する役割が求められている。MVP受賞の場で、大河正明チェアマンから「日本の顔になった」と賛辞を送られた。

 田中は常々、日本のバスケ界を盛り上げたいと語っている。まだ歴史の浅いBリーグ、そして世界に近づきつつある日本代表で、この男が果たす役割は小さくないはずだ。


「自分の立ち位置は、ある程度認識しています。もちろん僕だけじゃなく、ほかにもいい選手はたくさんいる。とくに代表に選ばれている選手は、強い覚悟を持ってやっていると思います。もっと国内のレベルを上げたいですし、そこは自分の責任でもあると思っています」

 クールな見た目とは対照的に、吐き出される言葉には熱が備わる。Bリーグ3連覇、そして東京五輪へ。コロナが終息した先に、田中は真のスタープレーヤーへと上り詰める。

【profile】
田中大貴(たなか・だいき)
1991年9月3日生まれ、長崎県出身。長崎西高校時代は3年連続でウィンターカップに出場し、2010年に東海大に進学する。2014年、トヨタ自動車アルバルク東京に入団してNBLルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。2017−18シーズンはファイナルMVPに輝く活躍でチームをBリーグ初優勝に導く。ポジション=シューティングガード。192cm、93kg。