BPOが問題視した番組「ニュース女子」について、制作したDHCは現在もネット上で配信をつづけている。

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沖縄の米軍基地反対運動を扱ったMXテレビの番組「ニュース女子」に対し、BPOが「重大な放送倫理違反があった」という意見書を出した。これまで「重大な放送倫理違反」と判断されたのは2例だけ。不名誉な3例目となったMXテレビに対し、ジャーナリストの沙鴎一歩氏は「もはや電波を使う資格はない」と喝破する――。

■もはや電波を使う資格はない

沖縄の米軍基地反対運動を扱った東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)の番組「ニュース女子」に対し、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が12月14日、意見書を公表した。

意見書は「重大な放送倫理違反があった」という手厳しいもので、事実の裏付けや表現などを自己検証するMXテレビの「考査」が機能していなかったと指摘する。

これまで「重大な放送倫理違反」と判断されたのは、不適切な演出を行ったフジテレビ系「ほこ×たて」と、やらせが指摘されたNHK「クローズアップ現代」だが、今回のMXテレビで3件目となる。

MXテレビの行為は、公共の電波の使用を認められた放送局としての自覚に欠けていると批判されても仕方がない。もはや電波を使う資格はない。

■完成版の納品を受ける「持ち込み番組」

「何でもあり、の情報たれ流しがまかり通ってはならない。一テレビ局の問題にとどめず、放送界全体が改めて足元を見つめ直す機会とするべきだ」

朝日新聞の社説(12月16日付)は冒頭からこう批判する。見出しも「放送の倫理が問われた」である。

問題の番組はMXテレビが1月2日に放送した。沖縄の米軍ヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設に対する反対運動を批判的に取りあげた番組だった。化粧品会社DHC系列の制作会社がつくり、DHC側から完成版の納品を受ける「持ち込み番組」で、MXテレビは制作には関与していなかった。

朝日社説は「事実関係の誤り、裏づけ取材の欠如、不適切な映像使用、侮蔑的な表現など、指摘された問題点は数多い。驚くのは、MXが適正なチェック(考査)をしないまま放送したことだ」と指摘する。

■考査は最後の「とりで」だった

さらに朝日社説は「公共の電波の使用を認められた放送局としての自覚を欠いていたというほかない」と批判する。

朝日社説によると、この20年、NHKや民放各局は考査に力を入れてきたという。その理由を朝日社説は「社会の目が厳しさを増し、コンプライアンスが重視されるようになったことが背景にある」と説明する。

それゆえ「企画が持ち込まれたときには、早い段階から点検し、収録にも立ち会う。最後は字幕スーパー入りの完全版を、他部局やスポンサーと見ることも多い」(朝日社説)のだろう。

しかしMXテレビは番組の内容をチェックせず、しかも根本的な事実関係の裏付け取材もしなかった。朝日社説は「やすきに流れてしまっては、存立基盤を掘り崩すことになる」と批判するが、まったくその通りである。

最後に朝日社説は意見書にあるテレビ局の考査の役割に言及する。

「意見書は、放送局の考査は、放送内容に対する外部の干渉を防ぐとともに、あいまいな情報も入り乱れるネット空間と一線を画し、誇りを守る『とりで』だと記す」

MXテレビは誇りを守るこの「とりで」を崩してしまった。

ネット社会では、事実と異なる情報や根拠のない情報が、拡散してしまうことが問題になっている。いわゆる「フェイクニュース」である。そうしたなかで、テレビや新聞は、「自分たちはしっかり裏付け取材をしている」といって価値を訴えてきた。

今回の問題で、MXテレビはSNSで拡散する真偽不明の「フェイクニュース」と同じレベルにまで自らの存在価値を下げてしまった。自分たちの信頼性を、自ら傷付けてしまった。

■「儲かればそれでいい」と考えていたのか

この朝日社説が出た翌日となる12月17日には毎日新聞も「放送業界の大きな汚点だ」との見出しを掲げ、冒頭から「(BPOの)事実の裏付けがないとの指摘は、裁判にたとえるなら有罪判決に等しい」と明確に批判する。

BPOは放送の言論・表現の自由を守るためにNHKと民放連が設立した第三者機関である。その役目は放送局に意見を述べるところにある。

毎日社説は「検証委は沖縄で現地調査し、基地反対派が救急車を妨害したとの放送は、事実が確認できないと述べた。反対派が活動の日当をもらっているのではないかとの放送も、裏付けられたとは言い難いと指摘した」と書く。

さらに「民放連とNHKが定めた放送倫理基本綱領は、報道に、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るための最善の努力を求めている」と指摘したうえで次のように書く。

「MXは抗議活動を行う側に取材しなかったことを問題とせず、番組の完成版をチェックしていなかった。多様な論点を示す以前に必要な事実確認を怠った責任は重大である」
「MXは問題を指摘された当初『捏造、虚偽は認められない』と、問題視しない見解を出していた」

問題の番組「ニュース女子」は、DHCが放送枠を買い取っていた。制作の手間はかからず、放送するだけ利益になる仕組みだ。だがネット局のなかには考査に通らず、放送を見送った放送局もあった。なぜMXの考査は機能しなかったのか。儲かればそれでいい、という魂胆があったのだとすれば、それは恥ずべきことだ。

■儲けのために倫理を失ったDeNA

ここで大手IT企業DeNA(ディー・エヌ・エー)の医療系まとめサイト「WELQ (ウェルク)」が、記事や写真の無断使用や不正確な内容が問題となり、閉鎖に追い込まれた事件を思い出してほしい。

2年以上前の2015年11月のことである。

このサイトは「肩こりの原因、幽霊のことも?」といった信憑性に欠ける記事を数多く掲載していた。しかも記事の多くは他のサイトの記事を盗用したもので、盗用を指示するマニュアルも作っていた。その目的は、閲覧件数を上げて広告収入を得るためだ。閲覧件数が増えれば、信憑性はどうでもいいという理屈だった。

DeNA側は「メディア事業をつくるうえでの著作権者への配慮や情報の質の担保などへの認識が甘かった」と弁解していた。その通りなのだが、DeNAの認識はかなり甘過ぎた。

情報を伝える仕事の基本は、その情報の信憑性を守ることにある。それを怠ると、受け手の信頼を失い、そのメディアの存在自体が危ぶまれることになる。

■既存メディアは信用の「のれん」を守れ

確かにインターネットの普及とともに新聞やテレビにかわる新しいメディアが次々と登場し、世界を変えている。これは間違いのない事実だ。

だが、新聞やテレビは情報をきちんと調べた上げたうえで報じている。それは新聞社には日本新聞協会、テレビ局にはBPOという「報道倫理」について検証する仕組みがあるからだ。

それではネットメディアにはそういった仕組みがあるだろうか。このサイト(プレジデントオンライン)のように雑誌社が運営していれば、信頼に対する相応の蓄積がある。蓄積がなければ、DeNAのまとめサイトのように「暴走」しやすくなる。事実よりも利益を追いかけてしまうわけだ。

もはや既存メディアが情報発信を独占する状況ではない。だが、既存メディアには裏付けのある事実だけを報じるという倫理がある。だから相応の信頼がある。存在価値が失われたわけではない。既存メディアはこれまで築き上げた信用という「のれん」を大切にして守り、そして育て上げていく必要がある。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)