セラノスの醜聞(2)──世界最年少の女性ビリオネアについて知っておくべきこと

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ごく微量な血液だけで健康診断を行うサーヴィスを提供する医療スタートアップ・セラノスとその創業者、エリザベス・ホームズ。彼らの躍進はメディアによって喧伝され、またその凋落もメディアによって露わにされた。「有罪」と決まったわけではないが、近くその物語は大きく動きそうだ。

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[本記事は「セラノスの醜聞(1)──世界最年少の女性ビリオネアについて知っておくべきこと」の続きです。]


エリザベス・ホームズとTheranos(セラノス)について、各メディアはそれぞれ取り上げ方こそ異なるものの、似たような内容を繰り返した。

「パーソナル血液検査が医療に革命を起こす」「ホームズは第2ののスティーブ・ジョブズだ(彼女がいつも黒のタートルネックを着ているのも、このイメージが根付くのに役立っただろう)」、あるいは「セラノスの技術は素晴らしく、神秘に包まれている」…。

しかし、このテクノロジーがどういう仕組みなのかをホームズに語らせることができた者はいなかった。なにしろそれは「機密情報」で「企業秘密」だ。いや、もちろん、そうなのだろうが。

メディアがホームズをもち上げている間、セラノスはパートナーを増やしていった。Capital Blue Cross(米ペンシルヴァニア州の保険会社)は、セラノスの検査をペンシルヴァニアの患者が利用できるようにした。Cleveland Clinic(米国の非営利の学術医療センター)も参加した。薬局チェーンのWalgreensや大手スーパーマーケット・チェーンのSafewayもまた、検査センターを設立することに同意した。

セラノスには、ほかにも勝ち取ったものがある。2015年春、セラノスがアリゾナにおいて共同起草した法案は実際に法律となり、医師の診断書なしに患者が血液検査を受けることが合法となった。さらに同年夏、FDA(アメリカ食品医薬品局)はセラノスの「ナノテイナー」(セラノス独自の血液採取装置で、針で指を刺して血液を採取する)による単純ヘルペスウイルスの検査が安全であることを発表した

しかし、血液検査そのものにFDAの承認は必要ない。むしろ、臨床検査会社が開発する検査に対する承認は、別の規制枠組に従って下される(この枠組は臨床検査改善修正法案〈Clinical Laboratory Improvement Amendments、CLIA〉と呼ばれる)。

セラノスは上記のFDAの裁定を援用し、懐疑的な人間を黙らせようとした。彼らはセラノスの奇跡的な技術がピアレヴュー(査読)のプロセスを経ていないと申し立てていたが、こうしたピアレヴューは一般大衆向けの医療では普通のことだ。

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崩壊のはじまり

ジョン・カレイロウも懐疑的な人間の1人だった。彼は『ニューヨーカー』誌に掲載されたホームズの略歴を読み、セラノスのとにかく馬鹿馬鹿しいほどの秘密主義にいらだった。このピュリッツァー賞受賞経験をもつ『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)誌の記者は情報を集め始めた。そして数カ月で、多くの情報が集まってきた。

それらをまとめてわかったのは、セラノスの技術は思われているようなものではない、ということだ。

まず、セラノスの血液検査機器は「エジソン」と呼ばれていたが、正確な評価を行えるほど精密には血液サンプル中の細胞を検出できなかった。血液は少量では異なる振る舞いを見せる。それは液体というよりも、蜂蜜のなかのM&M’Sのようなものなのだ。カレイロウ記者は、エジソンでは正しい結果を得られなかったという情報を情報提供者から得た。セラノスはサンプルを薄めて、機器の中をうまく通過するようにしていたのだ。

さらに、エジソンをまったく使用していないケースもあったという。セラノスのラボはカリフォルニアとアリゾナそれぞれにあるが、カレイロウ記者の情報提供者によると、いずれのラボにもシーメンス製の血液検査機器が存在したという。この機器は、ほかの血液検査会社が所有しているものと変わらない。そして、実際にセラノスのほとんどのテストにこの機械が使われていた。

2015年10月15日、WSJ誌はカレイロウ記者の記事を掲載した。第1面の折り目の下に記載された見出しは「珍重されたスタートアップの困難」(A Prized Startup’s Struggles)。セラノスがCILAの求める技能テストにおいて不正を行った可能性についても記載していた。

その晩のことだ。ホームズはCNBCの「Mad Money」に出演し、WSJ誌の記事に反証を試みた。「物事を変えようとすると、こういったことは起こるものです。人々は、最初はあなたのことをクレージーだと言うでしょう。彼らは抵抗するでしょう。そして突然、あなたは世界を変えるのです」。そのように、ホームズは語りかけた。

さらに翌日、WSJ誌はあるスクープ記事を掲載した。その記事には、FDAがセラノスのラボを訪れ同社にナノテイナーの使用を停止するように求めたと記載されていた。理由はその医療機器が許可されていないことにあったという。

10月21日、セラノスは再び反撃した。ホームズはWSJ誌主催のテクノロジーカァンファレンスに登壇し、さらにその翌日、長文のブログ投稿でWSJ誌の記事が指摘した点に対して、1つずつ反論を述べた。しかし、同社は報道を明確に否定できるデータを何も提供しなかった。

その月は、ほかにも多くの点が指摘され、他メディアはWSJ誌が取りこぼした点を報道し始めた。

『フィナンシャル・タイムズ』誌の報道によると、セラノスには、ファイザーやグラクソ・スミスクラインら製薬会社との100万ドルの取引の話は実は無かったとしている。『フォーチュン』誌はセラノスが調達したとする資金にギャップがあると報道している。『ニューヨーク・タイムズ』は、セラノスが役員陣のリストラを行ったことを報道した(役員陣には、元国務長官のヘンリー・キッシンジャーや前アメリカ合衆国上院議員のビル・フリストらが含まれていたが、リストラを経て5人にまで縮小した)。残ったメンバーには医療の経験者は誰もいなくなった。同月末には、FDAがWSJ誌による報道を裏付ける2つの文書を出した。1つはナノテイナーが承認されていない件を取り上げたもの、そして、もう1つはセラノスのラボでの業務がお粗末であったことを述べるものだった。

こうした報道は、セラノスの事業に影響を与えた。セラノスの技術の確かさが証明されるまで、Walgreensはセラノス・ウェルネス・センターをこれ以上運営しないことを発表し、Safewayは完全に撤退した。Cleveland Clinicは独自にセラノスの技術を検証すると発表した。

2015年の残りの2カ月は、セラノス周辺は決して静かではなかったが、同社は解説記事に対応し続けた。WSJ誌は引き続き追跡を続け、次に何が起こるかを誰もが待っていた。

明けて2016年1月24日、それは起こった。カレイロウ記者とWSJ誌のもう2人の記者らによって、メディケア・メディケイドサーヴィス・センター(米国保健社会福祉省の公的保険制度運営センター、CMS)の検査官がカリフォルニア州ノーフォークにあるセラノスのラボの業務に深刻な問題があることを発見したと報道された。メディケイド(国が運営する、65才以上の高齢者と障害者を対象とした医療保険)の患者へのアクセスを失うリスクがあるほどに問題は深刻だった。

さらに悪いニュースが続いた。セラノスは、実施している血液凝固テストに問題があると知りながら、80人を超える患者にそのテストを6カ月間継続して実施した。セラノスの検査は、医療的な判断を混乱させる。セラノスの検査は、最低でも3分の1が社内品質検査を通過しない。3月18日にセラノスはCMSからの文書を受け取ったが、この文書にはセラノスが問題を改善していないと記載されていた。この文書を書いた人間は、セラノスが規制の仕組みをはっきりと理解しているのかどうかわからないとも付け加えていた。もし、セラノスが問題を改善しなければ、ホームズとセラノス社長のサニー・バルワニの2人は血液検査ラボの所有・運営を2年間禁止されるのだ。

FDAとCMS以外にも、セラノスに関心をもつ連邦機関は存在する。4月18日、WSJ誌は投資家を保護する役割を担う証券取引委員会と法務省が、セラノスとそのビジネスパートナー複数に召喚状を送付したことを報道した。

彼らは「有罪」と決まったわけではない

セラノスは「有罪」となったわけではない。CMSは許認可を取り下げていないし、ホームズが血液検査事業を営むことを禁じたわけでもない。アリゾナにあるWalgreensの40拠点では検査キットを販売している。銀行口座には数億ドルあるだろう。しかし、現在ではその企業評価額が90億ドルだというのは議論の余地がある。

次に何が起こるかは2つに1つだ。セラノスが嘘をついたのか、あるいは誤解が長引いただけなのか。何が起こるにせよ、裁判が起きることが想定される。

もしセラノスが詐欺の罪に問われるならば、投資家たちは資金を回収しようとするだろう。弁護士がセラノスのサーヴィスを誤った治療だとして集団訴訟を起こせば、消費者も分け前に与かれるかもしれない。あるいは、もしセラノスが無罪放免となればWSJ誌を名誉毀損で訴えることになるだろう。

何が起こるにせよ、まるで映画のような、希有な話だ。

[本記事は「セラノスの醜聞(1)──世界最年少の女性ビリオネアについて知っておくべきこと」の続きです。]